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オスケモがいろんなとこでおしっこするだけのSS②

 傾けた酒杯に映る月は滅法丸い。  乳白の月光が溶け込む透明な水面をぐいと一息で呑み下し、壮年の鷹人――衝羽(つくばね)は熱い酒気を嘴の奥から漏らした。  時刻は既に夜半を過ぎ、人々の営みの音はとうに途絶えている。静けさの中、耳を打つのは初春の風の音くらいのもので、縁側に吹きぬける涼やかさが薄灰染めの着流しをはたりと揺らしていた。  夕餉のころから呑みはじめ、真夜中。意識は散漫とし、拝む満月は僅かにぶれている。  頭部の芯からじんわりと広がる疲労感を伴う熱に、なんとも老いたものだと衝羽は自嘲した。自分があと十年若ければ、朝日を拝むまで呑んだとしてもまるで平気な面をしていただろう。年を経るにつれ、醜悪に肥え太らないようにと身の回りには気を使っていたが、どうあがいても肉体そのものの老化から目を背けることは難しい。  妻や子供、小間使い達はとうに寝入っていて、屋敷の中で動くのは自分の影一つのみ。  酔気からくる眠気に絡め取られるように床に就きたいという衝動もありつつ、何一つとして自身の振舞いを遮るもののいない、解放された時間帯である今を見過ごすのは少々勿体ないという気持ちの方が強かった。誰もが寝静まった頃合いに散歩に繰り出すのが、このごろの衝羽の趣味の一つだった。  寝入りを覚まさないよう静かに屋敷の玄関を抜け、外へ出る。冬を抜け春に差し掛かりつつあるとはいえ、夜の屋外はまだまだ薄寒い。衝羽はぶるりと肉体を震わせる。蓄えられた羽毛のお陰で他の種族より熱を蓄えられるといえ、羽織も着ないで外に出るのはいささか早計だっただろうか。酒の火照りが体温感覚を狂わせていたらしい。  屋敷に羽織を取りに戻ろうか、と考え、衣服棚のある寝室には妻が寝入っていることを思い出す。下手に物音を立てれば起こしてしまうだろうから、やはり戻る訳にはいかない。 (仕方あるまい)  長い旅が始まる訳でもない。酔い覚ましに少し歩くだけだ、と結論付け、衝羽は着流しのまま道を歩き出した。 見事な満月の下、淡い光の降りしきる大通りは奇妙なほどに明るい。普段は人の往来と喧噪、活気に満ちたこの通りは、全てが寝静まった今、まるで異世界にでも迷い込んだかのように一変していた。しじまと冷涼、月光の当たらぬ影の黒々しさばかりが支配する空間に、通り沿いの葉桜が一勢に並んで頭を垂れている。夜帳の降りた舞台裏とはこのようなものか、と、衝羽は昼間の光景を思い出しながら考えていた。 さて、緩やかな足取りでしばし歩けば、衝羽の眼前に朱塗りの見事な一本橋が見えてくる。街の東西を隔てる百瀬川を渡す為の架橋で、衝羽の何代も前の当主が建設の音頭をとったのをはじめとし、代々その管理を任されてきたものだ。十年ほど前、衝羽が橋の修繕用の費用を捻出したことは、未だに鮮明に覚えている。衝羽を含めた代々の当主の名を刻んだ碑を建てよう、という周囲の提案を丁重に断ったことも。 鳥人特有の軽い脚音が、木製の橋を踏むたびにとつとつと小気味よく響く。水気を孕んで湿った川風が、夜気に交じって滅法ひんやりとしている。先週の豪雨の日の勢いが嘘のように、緩やかに流れる川面のせせらぎが耳に心地よい。 橋のたもとを見やれば、黒々しく広がる暗闇が口を広げていた。忙殺される毎日の中で忘れかけていた冒険心のままに、衝羽は対岸まで足早に歩き通した。 ふもとの欄干に体重を預け、ぼんやりと空を眺める。煌々と照らす月の明るさを、まじまじと見つめたのは果たしてどれほどぶりだろうか。地主として、家長として、気の抜けない時間ばかりが続く日々。威厳ある振舞いを要求される以上、こうして肩の力を抜いて独り気楽になれる瞬間というのは、とても貴重なものだった。 (瓢箪のひとつでも持てばよかったか)  美しい川のせせらぎと見事な満月に囲まれれば、少々の口寂しさが気になるというものだった。風流を肴に月見酒というのも悪くはないだろう、と、次は帯に引っ提げられるような小さな瓢箪を持参することを頭の片隅にとどめておくことにする。 (少々冷えてきたな。……戻るか)  川辺の冷たい風に吹かれ、衝羽は酒気が完全に冷めてきたのを感じていた。これ以上の長居をすれば、ともすれば風邪を引きかねないだろう。しかしそれ以上に、衝羽には足早に屋敷に戻らねばならない理由が生まれていたのだった。 (出る前に厠に行っておくべきだったか)  思いの外強い衝動に、衝羽は太腿を擦り合わせた。 酒気が覚め、ぼんやりとしていた感覚が引き締まることで、衝羽は自分の中に生じていた欲求が思いの外肥大化していたことに気付いた。たらふく飲んだ酒、冷えた外気によって下がった体温、そして川のざあざあと流れるせせらぎ、それらがすべて合わさり、強い尿意となって下腹部の存在感を増していたのだ。 年を経るたびに、尿意を実感してから限界を迎えるまでの時間が次第に短くなっている。鳥人種は元々他の種族と比べ“近い”らしく、なおさらである。普段ならば屋敷の厠がすぐそこにあり、自覚してから急げば問題もなく間に合うのだが、今日ばかりは厠が遠い。 (不味い、な……)  橋の半ばほどまで戻った頃には、もう既に下腹部の張りは酷く強いものになっている。思い返せば今日は酒を飲む手が進んだこともあり、普段より厠に寄る回数も少なかった。どうして小刻みに行っておかなかったのか、そも出かける前に済ましておかなかったのかと後悔するも、おしなべて後悔とは先立たないものである。  屈辱的な感情を噛み締めながら、衝羽は着流しの上から両の翼腕で股をきゅっと抑え込んだ。鳥人特有の排泄腔というのは、陰茎を持ち合わせる他種族の雄と比べ、尿道の距離が短いために堪えにくいのだ。しっかり押さえこんでいないと、弾みで漏れ出しかねない。 (い、いかん……本当に、堪え切れん……)  はちきれんばかりに溜め込まれた温水をこぼさぬよう、そろりそろりと緩慢な足取りで進まざるを得ない。しかし緩慢な足取りを続ければ続けるほど、厠にたどり着くまでの時間はどんどん長くなっていく。  橋から屋敷までに寄れるような厠でもあればよいのだが、生憎とそんなものはどこにもない。なんとしても屋敷の厠まで辿り着かなくてはならないのだが、橋のふもとまで戻ってきたころには、それがとても困難であることを衝羽は確信していた。 (も、漏れる……)  ここから屋敷まで、急いでも十分弱はかかる。対して己の膀胱は既に悲鳴を上げており、あと数分の内に出し切らねば無理やりにでも放出されてしまうだろう。そうなれば、着流しの内側に締められた木綿の赤褌も、着流しそのものも、非常に情けない痕跡を刻み込まれることになってしまう。そしてなにより、衝羽の誇りがそれを許さない。  となればもう、方法は一つだった。幸いにして夜はさらに更け、人の気配などひとかけらも感じられない。もう一つ幸いなことに、衝羽は幼子のころからこの街で育っており、同年代の子供達との遊びの最中、催したときに都合のいい場所を熟知している。まさか老年も手前になって、その時の叡智が役立つとは皮肉なものだが。  緩やかな土手を下り、河原へと降りる。滑りやすい丸石で転ばないよう細心の注意を払いつつ、衝羽は川岸へと寄って行った。本来ならば一本橋の真下の茂み辺りが人目に付きにくく、子供の頃は水泳に勤しむ前に同じ年頃の男児達と連れ小便をしたものだ。他種族の男児達が小便の飛距離を競っている傍ら、女児のようにしゃがみ込んで済ませるしかない自分の体構造が少しだけ憎らしかったことを思い出し、少々懐かしさを覚える。  しかし今はなつかしさに浸っている暇はない。じわり、と嫌な熱を持った液体が褌に染み始めているのを感じ、焦燥感に駆られる。足首が川の水に浸るくらいの浅瀬までようやくたどり着くと、衝羽は慌てて帯を緩め、着流しの内側に手を突っ込む。 腹周りの真白い毛並みによく映える、きっちりと締め上げられた穿き古しの赤褌。僅かに黒々しい染みが浮かび上がり、布地に触れる指先にしっとりとした感触を感じるそれの前袋に指を差し入れ、強引にずらす。もじもじ、くねくねと情けなく身を捩りつつ、どうにか前裾を両手でたくし上げる。 「っ、ふうっ……」  羽毛の薄い股間部には小さな縦筋が走り、即ち衝羽の局部だった。  本来なら屋外の空気に晒されることのない、衝羽の身体の中でもっとも過敏な感覚を持つ箇所。そこに夜気の手が撫ぜ上げ、気恥ずかしさに衝羽は顔を赤らめた。引っかからないよう大股を広げ、局部を突き出している様子など、誰かに見られていたら一巻の終わりである。  本来なら無為に飛び散らさぬようしゃがみ込んで事を済ませるのだが、今はもうその一瞬さえ惜しいものだ。というより、局部を露わにした瞬間に臨界点を超えたらしい。下腹部からぐっと込み上げる熱いものを感じ、その刹那。 「くっ……ああ……っ!」  びゅうっ、とさきがけが一滴ほとばしり、それを皮切りにして溜まりに溜まっていた小便が勢いよく放出される。世の男性のように放物線を描くわけではなく、足元に叩き付けるような散水が始まる。 ――じゅうっ、じょぼぼぼぼぼ……。  夜の川辺に、放尿音が無体に響く。我慢に我慢を重ねたこともあり、その勢いは驟雨を思わせるような激しさである。音を抑えるような遠慮は出来ず、緩む括約筋のままに衝羽は小便を川面に突き刺した。水泡の立ち昇る浅瀬に浸かる足首が少しずつ温くなり、熱を孕んだ小便の噴き出す筋周りはもうもうと湯気が立ち昇っている。 「はー……っ」  衝羽は深く、深く息を吐いた。しばし味わうことのなかった、驚異的なまでの解放感に、普段は険しい鷹のまなざしをこれでもかと緩め切る。なおもじゃぼじゃぼと叩き付けるような水音と、局部から外へ放出されていく感覚を味わいながら、目を閉じて快感に浸り続けていた。 時間にして一分と少しほど。 自分でも末恐ろしくなるほどの放尿量だった。幸いにして何かしらの事故が生じることもなく、衝羽は自身に蓄えられた小便の最後の一滴まで絞り出すことに成功する。  むわり、と鼻を突く小便の香りに顔を顰めつつ、衝羽は褌を直した。体が軽くなり、思考が冷静になったことで急激な気恥ずかしさが襲ってくる。幾ら人気のない真夜中といえど、遮るものの一切ない川辺で局部を晒し、大きな音を立てながら盛大に立ち小便など、思い返せば返すだけ情けなさが込み上げてきてしまう。 (……帰るか)  土手を上がり、足回りの水気を払う。今日の出来事は墓場まで持っていくことを強く決心しつつ、衝羽は月明りの照らす街並みを身軽な足取りで歩き出した。


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