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『ウサギ王子が馬車の上で我慢できなくなる話』

 未舗装の砂利道を、馬車が駆けてゆく。  がたがたという無秩序な振動に揺られ、時折兎人の少年の華奢な身体が軽く跳ねる。少年はその度に、歯を食いしばり、脂汗を流しながら、身を蹲らせて小刻みに震え続ける。吐く息は荒く、その整った顔立ちは酷く歪んでいた。  馬車戸の窓から眺める青い空の美しさも、見下ろす崖下に広がる大地の雄大さも、今の少年にとっては無味無臭のもののようにしか感じられない。少年の意識はある一点に集中されており、つまるところ切羽詰まった状況に陥っていたのだ。 「じいよ。……あと、どれぐらいで馬宿に着くのだ」  隣の席に座る壮年の竜人に、少年は弱り切った視線を流す。じいと呼ばれた竜人は口元の髭を弄りながら、平然とした様子で答えた。 「そうですな、あと三時間といったところでありましょう。辛抱されよ、ヘンリー王子」 「さ、さんじかん……」  三時間。言葉にすれば大した重みを持たないその数文字が、兎人の少年――ラビタニア王国第一王子のヘンリーの華奢な肩へと圧し掛かる。ヘンリー王子にとってその三時間は、いつもの何倍もの重みと長さとを持っていた。 「じ、じいよ。頼む、馬車を止めてくれ。本当に、もう我慢が――」  石でも踏みつけたか、がたんとひときわ大きく馬車が跳ねる。 「……っ、うっ!」  ヘンリー王子の小さな両手が、毛色によく似た純白のズボン越しに自らの股間をきゅっと握り締めた。しばらく微動だにせず蹲っていたが、やがて顔だけ上げて視線を隣の竜人へと向ける。 「お、お願いだ、じい。……おしっこ、させてくれ。もう、本当に、限界だ……!」  ヘンリー王子は、尿意を堪えていた。  朝早く馬車に乗り、今までおおよそ四時間程度の旅路。馬車を引く御者や、じいと呼ばれた壮年の竜人のような大人たちであれば、馬車に揺られての三、四時間の旅路は大したものではない。  しかし、まだ齢十になったばかりの、年端もいかない子供であるヘンリー王子にとって、初めての長時間の馬旅は酷く苛酷なものだった。慣れぬ馬旅での酔いや疲労を誤魔化すために普段より多くの水を飲み続けた結果、王子の膀胱には強烈な負荷がかかっていた。加えて馬車の与える不規則な振動が、次第に張り詰めていく膀胱に強烈な揺さぶりをかけてもいて、とにかくヘンリー王子は酷く追い詰められていた。  出立して以降、一度の休憩もなく馬車は走り続けている。当然、その間に用を足せるような時間は一切与えられていない。つまるところ、起床してすぐに用を足して以来、ヘンリー王子は一度もトイレに行けていない。そして馬宿に着くまでのあと三時間程度も、我慢し続けることを強制されていた。  失禁していないのが奇跡、とも言えるぐらいに追い詰められたヘンリー王子。馬車の走る道沿いには荒原が広がっており、小用を足すこと自体は不可能ではないのだが、じいと呼ばれた竜人は頑なにヘンリー王子の排尿を許可しようとしない。 「いけませぞ、ヘンリー王子。貴方様は将来ラビタニア王国を背負って立つ御方なのです。高貴なお方であるが故に、行動もやはり高貴でなければならないのです。トイレでもない場所で用を足すなど言語道断でしょう」 「そ、そんな……! 後生だ、頼むから……もう、漏れそうなんだ……!」 「我慢なさい。貴方様ももう十歳、子供のように甘やかされる歳はもう終わったのです」 「うう……」  必死の形相での訴えも、じいと呼ばれた竜人にはまるで歯が立たない。  じいの言い分はこうだった。年端のいかない子供ならともかく、もう大人になった王子が野外で立小便など許されない、と。  実際先月、ヘンリー王子がまだ九つの齢の頃、鷹狩りに出かけた王家管理の森で尿意を催した時、ヘンリー王子はその辺りの茂みで小用を足すことを許容されていた。  だから、今回も大丈夫だろう――と高を括っていた、のだが。結果はこのざま、じいは無慈悲にも首を横に振り続けるばかりだ。  きりきりと痛む膀胱をさすり、一瞬の弾みで温かいものが溢れ出しそうになる竿をズボン越しにぎゅっと握り締め、ヘンリー王子はくねくねと身をよじった。限界がもう寸前まで迫っていることは誰が見ても一目瞭然だが、だからといってどうしようもない。  後、三時間。  地獄のような旅路の終着点ははるか遠く、ヘンリー王子は青ざめた顔で馬車の進みゆく道先を睨みつける他なかった。   ◆ 「お呼びでしょうか、父上」  ラビタニア王城、謁見の間。  立ち並ぶ大窓から洩れる麗らかな春の日差しが、大理石の床に敷き詰められた絨毯の赤を輝かせていた。  広く、静まり返った空間に木霊するのは、質実剛健を地で行くような、爽やかで若々しい少年の声。その声こそまさしく、謁見の間入り口に立つ、ラビタニア王国の第一王子ヘンリーのものである。  背筋を凛々しく伸ばし、兎人特有の大きな長耳をぴんと張り、兎人のヘンリーは返答を待つ。  その紅顔の美少年と呼ばれるにふさわしい顔つきと、小柄ながらもしっかりと鍛えられ、バランスよく整った体つきは、さながら著名な芸術家の手より生み出された彫像のごとき美麗さを醸し出している。  少年の、一点の曇りもない緋色の双眸は、謁見の間の最奥に座するラビタニア国王バルザスへと注がれていた。  国王バルザス。ラビタニア王国の国王にして、王子ヘンリーの父である。華奢な体躯の者が多い兎人族の中では、際立って逞しい体つきを持っており、短く生え揃った純白の被毛は息子ヘンリーへと受け継がれている。 「よく来たな、息子よ。さあ、こちらへ参れ」 「はっ、失礼いたします!」  豪勢な玉座へと腰掛けたまま、王バルザスは謁見の間の入口に立つ王子へと視線を向ける。  言葉に促されるまま、ヘンリーは凛々しい足取りで歩を進め、王の前へとひざまづく。年端もいかない少年のような出で立ちでありながら、その所作は完璧と呼ぶ他にない。齢十にして、城内外問わず方々から敬愛の眼差しを向けられる存在であるというのも納得の優雅さだった。  そんなヘンリーの姿を愛おし気に眺め、王バルザスは口を開いた。 「息子よ。先日お前は齢十の誕生日を迎えたそうだな。いよいよお前も、成人の仲間入りという訳だ」 「はい。未だ若輩者ではありますが、昨日成人の儀を済ませました」  寿命の短い兎人族は、十の誕生日を持って、国内では成人として扱われる。第一王子ヘンリーもまた、昨日の儀礼を持って大人の仲間入りをしたのだった。 「だが息子よ。王家に連なる男子であるからには、それに足る器が必要となる。齢の上では成人を迎えたお前だが、まだ足りぬものばかりだ。それは分かるな?」 「お言葉、甘んじて受け入れます。学業に武道、毎日研鑽には励んでおりますが、王家を継ぐものとして不足ばかりであると自覚しております」 「うむ。殊勝であるのは良い心がけだ。――して、今日お前をここに呼んだ理由なのだが、まさしく話した通りだ。お前には王家を継ぐものとして相応しくなるよう、見識を広めねばならない」 「見識……」  呟くように放たれたヘンリーの言葉に、王バルザスは深く頷いた。 「知っての通り、我が国は鉱山資源に恵まれている。小国でありながら大国と経済的に渡り合えるのは、各地に存在する炭鉱や鉱山のお陰に他ならない。お前も統治者としていずれその地を治めることになるだろう。――そこで、お前にはある鉱山の視察に出向いてもらう」 「鉱山の、視察ですか」  この国が豊富な鉱山資源を有することについては、ヘンリーは既に学んでいた。しかし、実際にその地を訪れたことはない。主となる鉱山地帯は王城からやや離れた場所にあり、馬車でも片道三日は掛かるためだ。  ヘンリーは十の齢になるまで、王城と眼下の城下街、王家所有の森の他に足を運んだことはなかった。つまり、これがヘンリー王子にとって人生初の遠征となるのである。 「うむ。既に話は通っている。詳しくは現地で説明を行うが――とにかく、行ってくれるな?」 「はい、勿論です!」  王バルザスの問いに、ヘンリー王子は一も二もなく頷いた。例え実父であろうと王からの勅命を断る事など不可能であったし、そもそも年若き少年ヘンリーにとって、城の外の未知なる世界というのは憧れであったのだ。 ◆  ――それがまさか、こんなことになるなんて。  後悔というと少し違う。どちらかといえば、予期せぬ方向から与えられた苦難に驚き半分、絶望半分というものである。  馬車旅が苛酷であるというのは、図書館で隠れて読んだとある冒険譚に色濃く描かれていた。しかしそれは変わりやすい天候への苦難であったり、或いは悪路への苦難であったり、或いは盗賊や野盗といった悪役に対峙してもたらされる筈の苦難であった。  しかしこれはまるで違う。こんなのは思っていた苦しみではない。そしてそれ故に、とても苦しいものだった。 「もれる、もれる、もれる……っ」 「王子! お言葉がはしたないですぞ!」 「っ、うう……」  おしっこがしたい。下腹部をぎゅうぎゅうと叩き続ける強烈な欲求を口に出すことすら許されず、じいの叱責にヘンリー王子は身を縮めた。 「よいですか、王子。あなたはもう立派な大人です。誰が見ても立派だと感じられるような振る舞いをせねばなりません」 「わかって、いる……けど……っ」  溜息を吐くじいの姿に、ヘンリー王子は強烈な情けなさを感じて唇を噛んだ。  先日十の齢を迎え、成人の儀を執り行ったあと、ヘンリー王子は国民に向けて演説を行った。即ち、「大人としての自覚を持ち、誰が見ても恥ずかしくない姿でいること」を宣言し、幼くとも立派な王族であることを方々に誇示していた。王城の家来たちや国民たちからの称賛を受け、すっかり自分は大人になったと思い込んでいた、のだが。 「うううう……!」  尿意に呻き、身を捩り、股間を揉みしだく自分の姿のどこが、果たして大人なのだろう。ヘンリー王子は情けなさに泣きたくなった。  いま、この状況を打開するには、耐えねばならない。この狂いそうになるほどに強烈な尿意を堪えたまま、あと三時間。そうすれば、もし耐え抜くことが出来れば、自分は立派な大人として、王族の自覚を持つ者として胸を張ることが出来る。  だが、もし耐えられなければ? 堪え切れずに、万が一にでもおしっこをお漏らししてしまう――なんてことがあれば、それはヘンリー王子にとっての最悪に違いなかった。純白のオートクチュールに粗相などすれば、さぞかし目立つ真っ黄色の跡が残るだろう。それを見れば、王子のやらかした失敗が何なのか、誰が見ても一目瞭然というものである。 「じい……っ、たのむ、もれちゃう……っ!」 「全く。仕方のない御仁ですな」  はあ、と深いため息をつくじい。観念したかのような口ぶりに、ヘンリー王子は期待を浮かべる。――馬車を止めて、おしっこをさせてくれるかもしれない、と。いくら厳格なじいとはいえ、まさか本当に王子に粗相をさせたい訳ではないだろう。本当の本当に追い詰められた時には、じいは王子を助けてくれるに決まっている、と。 「では、これをお使いください」  しかし、その希望は半分以上が裏切られる。じいは馬車を止めようとはせず、懐から小さなガラス瓶を取り出し、王子へと差し出したのだ。 「……え?」  呆気にとられたように透明なガラス瓶を見つめるヘンリー王子。それは水差しのように見えたが、注ぎ口は太い。 「こ、これは?」 「尿瓶でございます。これに、堪え切れぬ分だけお済ましください」  尿瓶。寝台から起き上がれないような怪我人や老人が排尿を行うときに使う、排尿補助器具。しかしそれは一般的な尿瓶と比べてかなり小さく、ヘンリー王子の下腹部に溜まった大量の温水を溜めるには、いささかどころでなく頼りない。 「こ、これにしろというのか!?」 「左様でございます」 「む、無理だっ! こんな小さいのでは、溢れる……っ」  じいの両手の平に収まり切るぐらいに小さな尿瓶。これで尿意を晴らせるのは赤子ぐらいのものだろう。  しかし、使わないという選択肢は王子にはなかった。ぱんぱんに張り詰めた膀胱は収縮を繰り返し、黄金色の温水は今にも尿道をこじ開けて溢れ出そうとしていた。今は未だ、王子が自身の括約筋を締め上げることで抑え込んでいたが、それももう風前の灯火でしかない。少しでも、少しでも出さなければ、待っているのは盛大なお漏らしだ。 「使われないというなら仕舞いますが」 「使う! 使うから、っ……よこせ……っ!」  平時ではありえない程切羽詰まった様子で、ヘンリー王子はじいの手から乱暴に尿瓶を奪い取る。 「んっ、うう、ああっ……!」  きつく締められたスラックスのベルトを乱暴に引き抜き、ズボンとパンツを一緒くたに足首まで下す。パンツに押し込められていたヘンリー王子の陰茎――体毛と同じく真っ白の皮を被った、限界まで縮こまったかわいらしいモノ――が弾みでぷるんと震え、冷たい大気に晒されたことで急に堪えが利かなくなる。  ぴゅうっ、と数滴の雫が迸る。王子は咄嗟に開いている方の手で陰茎を握り締めた。抑え込んだにも関わらず、掌にはじわじわと暖かい液体が広がっていく。 「あっ、ああっ」  泣きそうな王子の口から悲鳴が上がる。がたがたと揺れる馬車の上で、陰茎の先端を片手で持った尿瓶の注ぎ口に合わせるのは至難の業だった。しかし、握り締めた片方の手を離せば、その瞬間におしっこが溢れ出てしまうだろう。 「じい、助けて……」 「王子。あなたが大人になるのは、もう少し先のようですな。――御者、馬車を止めなさい!」  じいが前方で馬を牽く御者に命じると、御者は手練れた仕草で馬車の速度を急激に落とした。強烈な急制動で馬車の内部は嵐が訪れたように一瞬荒れ乱れ、振動の弾みで王子は尿瓶を床に取り落としてしまった。 「王子、失礼しますぞ」  振動が収まり、馬車が止まる。手早く馬車戸の鍵を外したじいは、両の手で股間を握り込んで蹲ったまま動かない王子の身体を抱っこの要領で抱きかかえ、馬車の外へと出る。王子の伸びた足先から、ぽたりぽたりと雫が垂れていた。 「うう、ううう……」 「もう少しだけご辛抱を」  剥き出しの股間に、吹き抜ける風が酷く冷たい。自分が裸を晒していることを理解して、王子は酷く赤面した。  下半身を丸出しにしたままじいに抱きかかえられ、しかも堪え切れなかった尿をぽたぽたと滴らせているなど、これではまるで分別のつかない子供のようだ。しかしもう王子にはどうしようもない。今の王子にできることは、たまりにたまったおしっこを臆面もなく放出することだけなのだから。 「さあ王子、ここでお済まし下さい」 「……っ!」  王子が股間を握り締めた手を放したのとほぼ同時に、我慢の限界が訪れる。  小さく可愛らしい、皮のすぼまったモノの先端がふるりと震え――      ――ぷしゃああああああああっ~……      透き通った黄金色の細い水流が勢いよく放出され、綺麗な放物線を描いて崖下へと吸い込まれていく。  相当な量を我慢していたせいか、その勢いは尋常ではない。支えられていない小さな陰茎は放尿の勢いでぷるぷると忙しなく震え、さながらスプリンクラーのようにおしっこが撒き散らされていた。崖下から吹き上げる風に煽られて尿は散らばり、降り注ぐ太陽光を受けて黄金色の粒子はきらきらと輝いていた。 「はー……っ」  ぱんぱんに張り詰めていた下腹部がしぼんでいく。  我慢の苦痛とお漏らしの恐怖に苛まれていた心が解れていき、王子は心からの安堵の表情を浮かべた。  放尿の快感に浸り、完全に蕩け切ったその顔はなんとも腑抜けている。じいに抱えられたまま下半身を丸出しにし、傍から丸見えの場所で放尿に耽るその様子に、残念ながら王族らしい凛々しさなど欠片もなかった。 ◆ 「王子」 「……」  放尿はあれから三十秒ほど続き、やがて止まった。崖下に吸い込まれていったおしっこは影も形もなく消え失せ、残されたのは縮こまった竿の先からぽたぽたと残尿の雫を垂らして立ち竦む王子と、それを呆れたような怒ったような視線で見つめるじいである。 「今のお姿を、国民や王様に見せることは出来ますかな」 「だ、だって……我慢できなくて……っ」  王子は自分の様子を恥じ、頬を真っ赤に火照らせた。両手で握り締めて股間を隠し、その小柄な体を縮こまらせる。 「よいですか、王子。耐え忍ぶことこそが王たる素質なのです。幾ら窮地に立たされようとも、貴方は堂々と立ち続けなければならない。恥ずかしいところや弱いところを見せるなど言語道断なのですぞ」 「ご、ごめんなさい……」  長い兎耳をぺたんと倒し、王子は己の情けなさを恥じた。王族であることで為すべき責任、その重大さを漸く自覚したのである。 「こ、ここからはちゃんとする! 王族の名に恥じないよう、ちゃんと我慢するから!」 「ほう、言いましたな。では夜寝る前までしっかりと我慢してくだされ」 「当然だ! ……いや待ってくれ、夜までは、ちょっと長くないか?」  空は青い。丁度空の真上に太陽が昇っていることから、時刻は未だ昼を回ったくらいだ。いまから夜寝る前までの我慢となると、少なめに見積もっても七時間から八時間、それ以上はトイレに行かせてもらえないことになる。 「馬宿にて、王子をもてなすためのささやかな歓迎パーティを計画しております。それが終わるのが大体夜の九時ぐらいですから、そこまで我慢して頂く必要があるのです」 「き、聞いていないぞ……」 「王族たるもの、どこへ赴いても手厚い歓迎を受けるのは当然のことでありますからな。当然いくらか飲み物の誘いを受けるでしょうが、決して断ってはなりませぬぞ。もてなしを拒むことほど無礼なこともありませぬ」 「……」  王子の、一度血色を取り戻した顔がどんどん青ざめていく。自分の想定より遙かに長い時間の忍耐を要求されてしまったのだから、その反応は当然というべきものだった。 「大衆の面前で粗相をしないよう、お祈り申し上げておきますぞ、王子。では馬車に戻りましょう、そのようにさらけ出していては、風邪をひかれてしまいますからな」 「……あ、ああ」  じいの、気持ち底意地の悪い笑みは、これから王子に起こり得るだろう苦難を見透かしているようだった。  じいに背を押されながら、王子は強烈なまでの嫌な予感に包まれていた。今の出来事だけでなく、この視察の旅の方々で降りかかるだろう困難が、馬車へと戻る王子の足取りを重くさせていくのであった。      その夜。  馬宿で催された王子の歓迎会において、嫌というほど杯に果実酒を注がれた王子。  結局堪え切れずに大衆の面前で盛大なお漏らしをしでかしてしまったのだが、それについてはまた別の話。


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