※本作品はpixivで公開した、【クラブ ピークアンドタッチ】のサイドストーリーとなります。本編をお読みいただいた事を前提にしておりますので、詳細等が省略されております。 本編を一読頂いたあと、お楽しみ頂けると幸いです。 ・・・ 私の名前は【成宮 天音(なるみや あまね)】。 とりわけ目立つ容姿を持つわけでもない、普通の女の子。 しかし、私には秘密がある。 その秘密…それは、着ぐるみを操演する【スーツアクター】なのだ。 スーツアクターといっても、テレビに出るような存在ではない。 イベント会場や、テーマパークなどで、戦隊物や、魔法少女物、フカモコ系のアニメ作品などのキャラクターショーの中身をやっている。 身長がそこそこあるおかげで、魔法少女物はもちろん、戦隊のピンクやイエローもやらせてもらっている。 かといって身長が高すぎる訳でもないないので、もちろんフカモコ系の衣装のショーもやらせてもらえる。 高校生の頃から始め、大学の最中も、キャラクターショーに熱中した。 そのキャラクターを演じるのが楽しいのはもちろん、ダンスやアクションも好きだ。 応援してくれている子供たちの声も好き。 そして、なにより、私は、着ぐるみの衣装を着る事が好きなのだ。 全身を完全に着ぐるみに覆われ、成宮天音という存在を消し、他の存在になり切る。 そういった意味での変身願望も強いのだが、この、着ぐるみに体を覆われるという所が、私の願望であったりもする。 全身を覆われている感じ…。 これが妙に心地よい。 衣装によっては、めちゃくちゃ暑い衣装もある。 それでも、その衣装に身を包まれている事に嬉しさを感じる。 だから、他のキャスト達より、無駄に衣装を着たがる傾向はある。 なので、私はこの仕事がやめられない。 大学を卒業し、社会人になった今も、スーツアクターを続けている。 そのため、仕事も、しっかりと土日祝休み、更には残業無し定時あがりの、きっちりとした仕事を選んだ。 とはいえ、今の会社は副業を認められているのかいないのかが、曖昧なため、キャラクターショーの仕事をしている事は、完全に隠している。 そして、社会人として真面目に働くある日の事だった。 私は会社の上のフロアの別の課に、資料を届けに行った。 (え!?あっ…あの人!?) 私の目に、ある人物が飛び込んで来た。 その人物は、【私が】良く知る人物だったのだ。 (あ…あの人…ショーによく来てくれてる人…だよね…) その人物、その男性は、私が出演するキャラクターショーをよく観覧しに来る、いわゆる大きなお友達の方だった。 何度も、来てくれている人の顔は、やはり中身の私たちも覚える。 しかも、その人は、見た目的には、ちょっとかっこいいと思ってしまう容姿。 キャラクターや会場に対するマナーも良く、握手会などに並ぶ時も、決して強引な事なく、少し照れている風で、いつも好感が持てるお客さんだ。 そんな、常連さんが、同じ会社にいる。 (やばっ…) 咄嗟に、自分がキャラクターショーをしているというのがバレると思い、少し焦る。 しかし、落ち着いて考えてみれば、こちらからはあの人の顔は分かっているが、向こうはこっちの顔は知らない。 よほど、ショーの撤収時にでも、隙間で張り込まれない限り、バレている事は無い。 うちのキャラクターショーチームは、その辺りも徹底しており、控室からの撤収時も、お客に絶対に中身がバレないよう対策をとっているのだ。 だとすれば、バレているというのは考えにくい。 (大丈夫…かな…。でも…気をつけなきゃ…な…) 同じ会社に、ある意味の関係者がいた事に驚き、バレないよう心掛ける事にした。 その後、その男性の方の事を調べていくと、どうやら名前は【坂下 守(さかした まもる)】さんというらしい事が分かった。 (坂下さん…っていうんだ…。まあ…バレないと思うけど…) 向こうは私の事など、気にも留めていないだろう。 顔も知られていないし、課も違うため、普段の仕事をするフロアも違う。 こちらが、下手にボロを出さない限り、大丈夫だろう。 そして、私は今まで通り、キャラクターショーの仕事を続けていった。 あるショーの日に、坂下さんが、また観覧に来ていた。 こちらからすると、同じ会社の人間が来ている事が認識できるが、向こうはそんな事は思わないだろう。 握手会の時は、妙に意識してしまったりもした。 バレるはずがないと思っているのに、何とも言えない緊張感が漂う。 なにせ、バレてはならない相手が、私のすぐ目の前にいて、私と握手をしているのだから。 (フフ…坂下さん…今日も少し照れちゃって…。可愛らしい…な…) 常連であるものの、未だにキャラクターと握手するときは、少し恥ずかしさを見え隠れさせる坂下さんが、可愛らしくも感じた。 そんな目線で見てしまっているが、衣装を脱いで、成宮天音に戻り、会社にいれば、彼は上司。 部署は違うものの、上の人として振舞わなければならない。 着ぐるみに身を包まれているかいないかで、立場が変わる不思議なギャップがそこにあった。 そして、坂下さんは気が付くはずもなく、いつも通り、ショーを終えていくのだった。 「お疲れ~~~天音。今日、あっちの日だよね」 私にそう声を掛けて来たのは、親友である【遥菜(はるな)ちゃん】。 一緒にスーツアクターをする、一番仲のいい友人だ。 「うん、そうだよ。っていうか、遥菜ちゃんも一緒なんだから、当たり前でしょ」 「へへっ…わ…私がスケジュール、曖昧だから…確認したんだったりして…」 「もうっ!!私は秘書でもなんでも無いんだからね!!」 「頼りにしてま~~す!!」 遥菜ちゃんの言う【あっち】というのが、実はキャラクターショーの仕事をしている事以上の秘密だった。 その秘密とは…【クラブ ピークアンドタッチ】。 私と遥菜ちゃんは、そこで働いているのだ。 遥菜ちゃんに勧められて、私も一緒に働く事になった。 そのお店…とても普通ではないお店。 しかし、その普通でない仕事内容が、私たちにとっては、とても向いた仕事内容なのだ。 そして、もちろん給料もよく、お金を稼がないといけない私にとっては最高の仕事。 そして、キャラクターショーの現場を後にした私たちは、二人でピークアンドタッチへと向かって行った。 「おはようございま~す!!」 お店の裏手にある、隠し通路のような所から、お店の中へと入って行った。 「おはよ、遥菜ちゃん、天音ちゃん。今日もよろしく頼むわね」 そう言って挨拶をしてくれたのが、ここの店長さんである。 「すいません、今日、現場あがりなので、シャワー浴びさせて貰っていいですか?」 遥菜ちゃんが店長に、そう言った。 「どうぞどうぞ、店の設備は、好きに使っていいわよ」 「ありがとうございます!」 そうして、私たちは、お店のバックヤードにあるシャワールームに向かい、今日の現場の汗を流した。 キャラクターショーの現場は、あれだけの汗を掻いても、シャワーを浴びれる現場など、ほとんどない。 なので、一応、ボディペーパーなどで体は拭くものの、やはり体を流したいものだ。 そして、私たちは汗と汚れをシャワーで洗い流し、きれいさっぱりとした体となった。 「んじゃ、せっかく脱いだんだし、このままスタンバイにはいっちゃおうか??」 遥菜ちゃんが裸のまま、私にそう問い掛けた。 「そうだね」 そして、私たちは裸にバスタオルを巻き、そのまま準備室へと向かって行った。 【ガチャ】 準備室に入ると、そこには様々な衣装が用意されている。 この衣装というのが、私たちの制服であり、仕事着になるのだ。 そして、遥菜ちゃんと私は、ある衣装の前に立った。 その衣装…それは、フカモコ系の着ぐるみの熊のキャラクターの衣装。 そう…私たちは、このピークアンドタッチという店で、着ぐるみの操演者として働いているのだ。 このお店が普通ではないといった訳の一つ、それは着ぐるみが店内にいるという、不思議なお店なのだ。 着ぐるみが店内にいて、愛想を振りまき、そしてダンスショーなどを繰り広げる。 私たちはキャストなのだ。 そして、私たちは体に巻いていたバスタオルを取り、生まれたままの姿になった。 熊の着ぐるみを着る前に、インナー用の全身タイツを着る。 裸の状態で、全身タイツを着ていく、つまり、インナー用のスパッツやブラなどは着用しない。 するすると滑り心地のよいタイツへと体を滑り込ませていった。 【ガチャ】 そんな準備をしていると、着替え室の扉が開いた。 「おはよ~~。遥菜ちゃん、天音ちゃん」 「おっ!おはよ【萌香(もか)】」 「おはよ」 扉から入って来たのは、私たちと同じキャストである萌香ちゃんだ。 萌香ちゃんもスーツアクターだが、私達と事務所は違う。 この仕事をして、仲良くなった友人である。 「二人とも早いな~。私も準備しなきゃ」 そう言って、萌香ちゃんもいそいそと準備を始めていった。 私達も準備の続きを進める。 インナー用の全身タイツを頭までスッポリと被っていく。 この全身タイツは、頭部まで覆う造りとなっており、中身の人間の身バレを防いでいる。 頭の部分、目は丸くくり抜かれており、目の部分はしっかりと露出する。 そして、口の所には細く切れ目がいれてあり、鼻の穴のところにも穴がある。 そこをしっかり合わせておけば、呼吸には問題ないつくりとなっている。 「じゃ、天音、背中閉めるね」 「よろしく」 【ジーーーーーー】 そうして、背中のファスナーを遥菜ちゃんが閉めてくれた。 こうやってお互いで手伝いながら、準備を進めていくのだった。 遅れて来た萌香ちゃんも、私たちに追い付き、一緒に着替えを進める。 そして、インナータイツを着た私たちは、熊の着ぐるみを着始めた。 熊の着ぐるみは、マスク、ボディ、ブーツ、手袋のパーツに分かれている。 まずは3人ともボディを着る。 分厚い素材で出来たボディ。 肩の付近は私たち自身の肩のサイズだが、腰回りにかけて、丸っと膨らんだ洋ナシのような体系のボディ。 ボディの中は比較的空洞がある作りとなっている。 ボディを着込み、お互いで背中のファスナーをしめる。 そして次はブーツ。 ブーツと呼ばれているが、着ぐるみの熊の足はかなり大きく、私たちの足の何倍もの大きさだ。 その中に、足を固定するベルトがあり、そのベルトでしっかりと足を固定する。 そして、ブーツ側の足首とボディの足首を、マジックテープでしっかりと固定し止める。 中のベルトが緩んでいたりすると、ダンスの時などに上手く体が動かせなくなってしまう。 なので、この作業が結構重要だったりもする。 「じゃ、今日は誰がラストにする??」 遥菜ちゃんが、そう質問してきた。 「私がラストにするよ」 すると萌香ちゃんが、そう答えた。 ラストというのは着替えの順番の事。 次の着替えの工程は、マスクをつける事。 そして、マスクをつけ終えたら、最後に手袋となる。 その手袋をつける際、他人に最後のマジックテープをつけてもらわないといけないため、3人のうち誰かが、最後まで自由な人間の手のまま、手伝わなければならない。 そして、ラストの子は、手袋を着用した状態で、部屋の外にいる他のスタッフに手首をつけてもらうのだ。 そして、私たちは自らマスクを被り、ベルトで頭部と固定していった。 (ん…よし…いい感じ…) マスクがしっかりと自分の頭に固定されていないと、中身の自分の動きに追従してこないので、自らで調整し、締め具いを決める。 マスクを被り終えると、遥菜ちゃん、私の順で、手袋をつけ、萌香ちゃんに手首の部分をしっかりとつけてもらって、着替え終了。 「遥菜ちゃんも、天音ちゃんも、大丈夫??問題ない??」 「大丈夫!!」 「全く問題なしだよ!!」 お互いマスクを被った状態なので、少し大きめに声を出し、会話をした。 「じゃあ、いこっか」 そして、手袋を仮付けした萌香ちゃんと私たちは、着替え部屋から通路へと出て行った。 店内に進む途中で、萌香ちゃんはスタッフにお願いして、手首をしっかりと固定してもらった。 【ガチャ】 そして、私たちは仕事場である、店内へと出て行った。 まだオープン前の店内。 もちろんお客さんはまだ一人もいない。 忙しそうに店内をオープン準備のため、スタッフが駆け回っている。 そんな中、私たちは、お客さんを迎え入れるため、入り口付近へ行きスタンバイをする。 出迎える立ち位置についたものの、まだオープンまでは少し時間があった。 その間に、手足を動かしたり、マスクを動かしたりして、衣装に不具合がないかをチェックしていく。 (うん…今日もしっくりきてる…問題ないかな…) この着ぐるみの衣装。 見た目はぽってりとしたフカモコ系の熊の着ぐるみだが、手や足はしっかりと固定されていて、私たち中身の動きにきっちりと追従してくる。 なので、私たちが動きたいように動ける衣装なのだ。 視界は、鼻のクリアパーツの部分と、口の細い斜幕のついたスリット。 口のスリットは細いので、主には鼻の部分で見ている。 正面しか見えないが、キャラクターショーで色々な衣装を着て来ているので、この衣装辺りは、極端に視界が悪いものではないと言える。 「よし、じゃあ、今日もみんな、よろしくね」 店長が私たちにそう、声を掛けて来てくれた。 その店長の言葉に、無言で、頷いたり、手でジェスチャーをする私たち。 私たちは、完全に着ぐるみに身を包んだ時点で、キャラクターになりきるため、店内スタッフ相手であっても喋る事はないのだった。 そして、私たちは開店の時間を待った。 ただ待っているだけ…。 着替え終わってから15分くらいたっただろうか。 既に着ぐるみの中には、暑さが籠り始め、じんわりと汗が滲み始めていた。 魔法少女系の衣装などとは違い、こういった厚手の衣装、更には表面を毛で覆われた衣装は、とにかく中に熱が籠り、暑い。 動かなくても、着ているだけで、かなりの暑さとなる。 (ふぅぅぅぅ…) この暑さ…着ぐるみに身を包まれているという実感でもある。 そのため、私はこの暑さが嫌いではない。 苦しくない訳ではない。 しかし、この暑さが私が着ぐるみに包まれているという満足感であり、暑さに苦しめられる事自体に私は高揚してしまう。 まあ…恐らく…マゾヒストの類だろう。 そんな暑さに身を包まれながら、ただ待ち続けていると、ようやく開店の時間となった。 【ガチャ】 「いらっしゃいませ!」 扉が開かれ、お客さんたちが店へと入って来た。 ここの店の特徴で、開店時間に一気にお客さんが入ってきて、入場が終わると、入口も一旦閉められる。 そして、お客さんの全ての人が、閉店時間までいて、また一斉に帰っていくのだ。 完全会員制の完全予約制の店だからこそ出来るスタイルだ。 開店待ちに並んでいたお客さんたちが、列をなして、店内へと入ってくる。 そして、私たち3体の熊は、お客さんが来るのをお出迎えする。 入ってくるお客さん達。 ハイタッチをするお客さんもいれば、握手を求めて来るお客さんもいる。 そんなお客さん達に、愛想を振りまき、店内に迎え入れる。 こんな特殊なお店に来るお客さんなので、もちろん、皆、着ぐるみのキャラクターが好きな人達ばかり。 なので、私たち着ぐるみに対する対応もこなれたものだ。 そして、その入店の列はどんどんと進んで行き、全てのお客が店内に入り切った。 お客さん達は、あらかじめ教えられている席についていく。 「よし、それじゃ【マリンちゃん】、テーブル周りにいこうか」 そう言って、私にアテンドしてくるスタッフの女性が私を誘導し始めた。 ちなみに、私のキャラクターは、青いリボンの【マリンちゃん】。 遥菜ちゃんは、ピンクのリボンの【サクラちゃん】、萌香ちゃんは、黄色のリボンの【レモンちゃん】だ。 そして、3体はバラバラに各テーブルまわりをしていく。 私はスタッフと共に、まず初めのテーブルへと辿り着いた。 「今日はご来店ありがとうございます。こちらがマリンちゃんです」 スタッフに紹介され、可愛らしい仕草で、ペコリと頭を下げた。 「相変わらず、可愛いね~~」 お客さんが、私の姿を見てそう言ってくれた。 その言葉に、はしゃぐような仕草で喜びを表現する。 褒められているのは、着ぐるみの事だが、やはり、褒められるのは嬉しいものだ。 「写真撮ってもらってもいいですか?」 「はい。もちろんです」 そう言って、お客さんが、スタッフに携帯電話を手渡した。 そして、お客さんは私のほうに向き直ると、私に向かって喋りかけた。 「マリンちゃん、ハグさせて」 その言葉に、大きく頷いた私は、両手を開き胸元を大きく開けた。 すると、そのお客さんはそのまま、私に抱き着いて来た。 お客さんの手が私の背中に回り、完全に抱き着く。 そして、私は自らの手をお客さんの背中に回し、こちらからも抱き着いた。 「う~ん…幸せだな~~」 「はい、じゃあ撮ります。はい、チーズ」 【カシャ!】 そうして、お客さんが私とハグをしているところをスタッフが写真に収めた。 正直な所、ハグをするのは、最初は少し抵抗があった。 キャラクターショーなどで、小さな子供たちとハグをする事はあっても、大の大人とする事は無い。 純真無垢な子供たちからすれば、キャラクターとハグをしているのだが、中身に人が入っている事を理解している大人からすれば、ある意味、キャラクターとのハグという側面もあれば、中身の女性とのハグという側面も出てしまう。 後者の考え方からすれば、知らない男性に抱き着かなければならないわけだから、抵抗がないはずもない。 しかし、この店、ピークアンドタッチは大人しか来ない店。 しかも着ぐるみ好きの大人ばかりが来る店なのだから、それは理解しないといけない部分だ。 そして、この店で働いているうちに、そこに抵抗も感じなくなった。 今は、成宮天音という女性ではなく、いちキャラクターになり切って、抱き着く事が出来るようになったのだった。 そうして、私たちは各テーブルを回って、全てのお客さんに挨拶して回っていく。 「オッケー、マリンちゃん。このテーブルで終わったから、ステージへお願いね」 スタッフにそう言われ、大きく頷いた私は、店内中央にあるステージへと向かって行った。 すると、先にテーブル周りを終えていた、レモンちゃんが、もうステージで待っていた。 (萌香ちゃん、早かったな…) すると私が来るのを見るや否や、私に対して【遅いよ~~】という仕草をしてくるレモンちゃん。 それに対し、私は【ゴメンゴメン】というジェスチャーでレモンちゃんに返した。 そして、そこからは無言のじゃれ合いが始まる。 私が到着して、すぐに、サクラちゃんも到着し、私たちに混ざって来た。 ここから暫くは、お客さんたちは、歓談の時間となり、飲食を進めてもらう。 その間、やる事のない私達3人は、ステージ上で、ただひたすらじゃれ合っているのだ。 キャラクターショーの時のように、決められたセリフが流れる訳でもない。 もちろん、着ぐるみを着ている以上、中身の人間が声を出すわけにはいかない。 無言で、ジェスチャーのみで、お互い、コミュニケーションをとりあい、じゃれ合うのだ。 このじゃれ合い方によっては、無駄に疲れてしまうが、お互い、消耗しない方が、この後のためなので、そこは理解しあっている。 じゃれ合い初めて暫くたった。 (ふぅぅぅ…暑い…なぁ…) 取り分け、動いている訳でもない。 しかし、もう着ぐるみに身を包まれてから一時間以上経っている。 着ぐるみ内の温度もかなりのものとなり、自らの体温も、かなり上がっている。 全身から汗が噴き出し、もう既に、インナーの全身タイツはかなり濡れているだろう。 しかし、私たちは、まだ着ぐるみを脱ぐことは出来ない。 休憩などと言うものも無い。 閉店まで、着続けなけれなばならない…そういう契約なのだ。 どんなに暑かろうが、苦しかろうが、私たちは着ぐるみの中身であり続けなければならない。 しかし、この暑さが増せば増すほど、私の心は高ぶりを見せてしまっているのも事実だ。 (はぁ…はぁ…暑い…暑い…) 体中が火照っている感じがする。 それは、直接的な着ぐるみの暑さによる火照りか、高ぶっている心からの火照りか、それは何とも言えない。 その暑さに耐えながら、私たちはしっかりと演技をし続けながらじゃれ合う。 どれだけ暑くても、演技に手を抜かない…むしろ抜く事が出来ない。 それが、衣装に身を包んでしまったスーツアクターの定め。 着ぐるみの衣装を身に纏い、自分とは別のキャラクターになった時点で、そのキャラクターに成りきる。 そして、人目がある以上、意識せずとも、そのキャラを演じるのだ。 そうこうしているうちに、お客さんの歓談の時間が終わりを迎えた。 「さて、本日お集りの皆様。ただいまより、ステージでダンスショーが始まります。ゆっくりとご覧ください」 (さあ…始まる…) アナウンスの通り、これから私たちのダンスショーが始まる。 このダンスショー、ぶっ通しで、何曲も踊る事になる。 ここまで長時間、着ぐるみを着続けた後での、連続のダンス。 本気で気合を入れなければ、とても最後まで持ちこたえられないのだ。 これから訪れる、激しい苦しさ。 それを体が知っているので、少し、恐怖に近い緊張感が身を包む。 しかし、私たちはスーツアクター。 与えられた事は、意地でもこなさなくてはならない。 (よし…がんばろう…) 私は気合を入れ直し、自らの立ち位置へと移動した。 サクラちゃんの中の遥菜ちゃん、レモンちゃんの中の萌香ちゃんからも、緊張感のようなものが滲み出ている。 3人がお互い、視線を合わせた。 そして、お互いを鼓舞するかの如く、三人同時に大きく頷く。 すると、1曲目の音楽のイントロが流れ初めた。 曲が始まり、その曲に合わせて、体が動き始める。 これまでも散々、踊って来たこの曲。 魔法少女アニメのスイートプリンセスのエンディングテーマ。 なんなら、今日の日中の現場でも、遥菜ちゃんと一緒にステージで踊って来た曲だ。 違いは、人型のスマートな衣装か、ずんぐりむっくりなこの熊の衣装かという所。 振りはしっかりと入っている。 しかし、この衣装では、スイートプリンセスほど、自由に動くことは出来ない。 かといってそれは言い訳には出来ない。 何故なら、私たちはスーツアクターだから。 どんな衣装であれ、全力で魅せないといけないのだ。 曲に合わせ、あたかもスイートプリンセスかのように、激しく踊り続ける。 そして、一曲目のダンスが終了した。 (はぁっ!!はぁっ!!はぁっ!!はぁっ!!) 恐ろしい程に呼吸が乱れる。 ダンスの最後でストップモーションをするも、あまりの呼吸の乱れに、かなり大きな動きで肩を上下させてしまう。 衣装が分厚く動きにくいせいで、普段のスイートプリンセスの衣装よりも、同じ動きでも多くうの力を使うのだ。 (はぁっ!!はぁっ!!はぁっ!!苦しいっ!!苦しいっ!!) しかし、どれだけ苦しかろうが、いつも通りステージは進行していく。 「そして、続いてはこの曲」 そして、次の曲が流れ始めた。 この曲も、プリンセスシリーズのエンディングテーマ。 私も、遥菜ちゃんも、そして萌香ちゃんも、散々踊って来た曲。 間髪を置かず、その曲が始まり、私たちは全力で踊り続けるのだった。 そして、何曲か踊り続け、ダンスショーの時間が終わった。 「熊ちゃんたちに、大きな拍手をお願いしま~~す!!」 「はぁっ!!はぁっ!!はぁっ!!」 (苦しいっ!苦しい!!苦しい!!) あまりの呼吸の荒れように、その激しい息遣いが、マスクの外でも聞こえるのではないかと思う程に思えた。 「さて、これよりお待ちかねの、ピークアンドタッチに入ります。準備がありますので、その間に、皆さま、お気に入りの投票をお願いいたします」 そのきっかけで、私たちはストップモーションを崩した。 呼吸の苦しさもそうだが、激しく動き続けた体は、尋常じゃない程に熱くなり、その熱気が着ぐるみ内に籠り続ける。 少し、頭が朦朧としているのは、この暑さと酸欠から来るものだろう。 すると、天井からワイヤーのついたベルトが降りて来た。 このベルト、私たちの両手を拘束するためのベルトである。 そして、タンス終わりで少し、フラフラとしている私たちの手首に、そのベルトが巻かれていった。 そのベルトを巻かれる作業を見ていると、ふと、最初の時の事を思い出した。 (最初の時は…このベルト…驚いたな…) ・・・ それは、この仕事を初めて引き受けた時の事だった。 遥菜ちゃんから仕事内容は聞いていた。 そして、この挑戦的な激しいダンスショーの事も聞いていた。 そのダンスショーを私は見事に乗り切ったのだった。 (はぁ…はぁ…はぁ…きつい…でも…なんとか…) 限界に近いダンスショーを乗り切り、なんとか呼吸を取り戻そうと、動かないよう必死に落ち着かせていた。 するとスタッフの人が私の手を取ったと思うと、急に手首にベルトを巻きつけたのだった。 (な…なに…このベルト…) そのベルトの先にはワイヤーのようなものが繋がっていた。 何が起きているのか全く理解できない。 遥菜ちゃんからは、このダンスショーの事までしか聞いていない。 この後の展開が、全く読めないのだった。 「さて、間もなく投票終了です。よろしいでしょうか??カウントダウンしますよ…5…4…3…2…1…終了で~~す!!それでは時間となりましたので、皆さま、ステージ上へ目を向けてください」 (と…投票…??…な…なんの…こと…) 進行のスタッフの言葉が全く理解できない。 「それでは、ピークアンドタッチの始まりです!!アップお願いします!!」 【ウイィィィィィィン!!】 その瞬間であった。 (あうぅぅぅっ!!) その機械音と共に、私の両腕が、突然上方に引っ張り上げられたのだった。 (な…何!?何が!?) 引っ張りあげられ、万歳をした状態で手を降ろす事を許されない状態となった。 すると、スタッフの人が、私の被っているマスクに顔を近づけ、私にだけ聞こえる声で言った。 「天音ちゃんだっけ?これからの時間、決して、お客から逃げたり、拒否したりしたらだめだよ。そんなことしたら、大事になっちゃうからね」 (逃げたり、拒否しちゃ、ダメ…??な…何が…起こるの??) 本当に何が始まるのか分からない。 しかし、スタッフのいう事は、この店の絶対だろう。 「じゃあ、頑張って」 そう言ってスタッフの人は私の傍から去って行った。 残された私は、両手を上方に拘束され、逃げ出す事も出来なくなっていた。 周りに視線を向けると、私を誘った遥菜ちゃんも、もう一体の熊に入った女の子も同じ格好をしている。 (ん??あれ…マスクの中…明るくなってる…) 気が付くと、いつも真っ暗なはずのマスクの中が薄っすらと明るくなっていた。 マスクの中に照明があるとしか考えようのない明るさだ。 「それでは、最初のお客様。端末に1番が表示された方からどうぞ!!」 すると、お客さんが3人ステージ上へと現れた。 (何…何…何が始まるの…??) すると徐に、ひとりのお客さんが私の傍までやって来た。 そして、そのお客さんはスッと私の横側にまわり、私の視界から消えた。 次の瞬間、着ぐるみのマスクに触られた感触が私の頭に伝わって来た。 (え!?何?…マスクを持たれた…!?) すると、マスクの横の方から、聞き覚えのある音が聞こえて来たのだった。 【ベリベリベリベリ】 (え!?こ…この音…マ…マジックテープ!?) その聞きなれた音は、着ぐるみの衣装によく使われているマジックテープの音。 そう…何かが剥がれた音なのだ。 しかも、その音はかなり近い所で聞こえた。 (え??…じゃ…じゃあ…今の音…マスクから…) 音の聞こえた方を見ようとしても、私の頭部とマスクは固定されている。 つまり、音の方を見ようとしたら、マスクも回ってしまい、マスクの横は見る事は出来ない。 横目で可能な限り目線を向け、確認しようとした。 (あっ!?) するとその、横目で見た視界の端、はっきとは見えないが、そこに穴が開いているように見える。 その位置は、恐らく熊の着ぐるみの耳がある辺り。 (あ…穴…??) そして、マスクの横側から、あからさまに外の空気が入り込んで来ているのが感じられる。 先程の音と合わせて考えると、そこから導き出される答えは…。 (耳が…外された…!?) マスクの耳が外れる様になっているとは全く思っていなかった。 その事実にも驚いたが、なにより、お客さんによって、耳を外されたという事だ。 外された耳の場所には穴が開いている。 そこには耳を外したお客さんがいる。 ここのお店に来るお客さんは、着ぐるみ好き、そして着ぐるみの中身にも興味のある人達。 (え…じゃ…じゃあ…今…お客さんに…マスクの中を…覗かれている…ってこと!?) 体中に震えが走った。 スーツアクターにおいて、着ぐるみの中身を見られるというのは、恐ろしく恥ずかしい行為だ。 小さな穴から覗かれるレベルではなく、今、そこそこの穴から、被った状態のマスクの中を見られているのだ。 緊張と恥ずかしさで、心臓の鼓動が恐ろしく早くなる。 今、汗だくのタイツに包まれた私の横顔が凝視されているのだ。 目しか出ていないタイツに包まれているのだから、身バレはしないだろうが、この中を覗かれているという事実が、やはり、耐えられない。 (いやぁぁぁ…み…見ないで…) 両腕を上に吊られている私は逃げる事は出来ない。 しかし、お客さんが凝視できないよう、体と頭を揺らして、逆らう事は出来る。 その瞬間、先程のスタッフの言葉が頭を過る。 【決して、お客から逃げたり、拒否したりしたらだめだよ。そんなことしたら、大事になっちゃうからね】 (こ…こういう事…だったの…) つまり、お客さんに何をされたとしても、抵抗はしてはいけない。 中を覗かれても、ひたすら耐えるしかないという事。 契約書にもサインをして、高額の給料も貰える以上、私もお店側のいう通りにしなければならない。 どんなに恥ずかしかろうが、嫌だろうが、従うしかないのだ。 (うぅ…恥ずかしい…恥ずかしいよぉ…中を…中を見られてる…恥ずかしいよぉ…) 中身の素顔を晒しているような恥ずかしさ。 先ほどまで、激しくダンスをしていたため、呼吸は荒れているが、その呼吸音も、中の人間を晒しているかのような感じがして、必死に押し殺す。 スーツアクター人生で、経験した事のない恥ずかしさに包まれる。 こちらから見えてはいないが、向こうから向けらる視線が痛いほど、よく分かった。 (うぅ…恥ずかしい…よぉ…) そして、暫くその状況が続いたが、再び、マスクを掴まれる感覚があった。 それと共に、視線が感じられなくなり、先ほどまで感じていた空気の流入がなくなった。 (あれ…穴が…閉じられた…) 穴が閉じられ、中を覗かれるのが終わったと感じ、少し安堵してしまう。 しかし、それは始まりでしか過ぎなかったのだ。 【ジーーーーー】 これまた聞きなれた音、共に、上部に腕を吊り上げられ、露となっている脇付近に触られた感触があった。 (え…今の音…ファ…ファスナー…だよね…) そして、そのファスナーの音と共に、ボディの中に外気が入ってくる感覚があった。 まさかと思い、少しだけ首を動かし、脇のほうへと視線を向けると、口のスリットの覗きから、お客さんの姿が見えた。 お客さんの肩口しか見えないが、その肩の位置から察するに、お客さんの視線の位置は私の脇付近にある事が分かった。 私に伝わった情報、そして、今までの事を照らし合わせる。 外から入ってくる空気…それは開口部がある事。 そして、お客さんの目線はそこにある。 先程は、マスクの中を覗かれていた…。 つまり、今、お客さんは、私の脇に開けられた開口部から、着ぐるみのボディの中を見ているという事だ。 (うそ!?えっ!?え!?そんな…いやぁぁぁぁ!!見ないでェェェェェ!!) お客さんの見ている場所、それは恐らく、私の胸付近になるだろう。 マスクの中も照明が灯されていたという事を考えると、ボディの中も同じ状況だろう。 つまり、今、お客さんの目の前には、着ぐるみの中に隠されている、全身タイツに包まれた私の体…そしてそれも、目の前には胸が晒されている事になる。 インナー用の下着も付けていない。 恐らく乳首まではっきり分かってしまうだろう。 着ぐるみに包まれ、暑さに苦しめられる事に高揚してしまっている私なのだから、その乳首も更にはっきりとしている事だろう。 ただでさえ、着ぐるみの中が見られるのは恥ずかしいというのに、全身タイツに包まれた体を視姦されているというのだ。 (いやぁぁぁぁぁぁ!!恥ずかしい…恥ずかしすぎる…やだぁぁぁぁぁ!!) しかし今の私に、そのお客さんの行為を拒む事は出来ない。 ただひたすらに、曝け出した全身タイツの体を見られ続けるしかない。 むしろ裸を見られるより恥ずかしいかもしれない。 そんな恥ずかしさから、逃げ出したいという気持ちにも駆られる。 しかし、お客さんを拒んではいけない、体を捩って嫌がってはいけない。 その葛藤に私の体は、小刻みにプルプルと震える。 (見ないで…お願いだから…見ないで…) 恥ずかしさにグッと耐え、ひたすら見ないで欲しいと願った。 しかし、現実は非情なもので、更に衝撃な事が起こった。 体をプルプルと震わせ、ただひたすら終わるのを待っていると、予想外の事が…。 「んあっ!!」 あまりにも唐突な事に、つい声をあげてしまった。 スーツアクターとして、着ぐるみの中身である以上、声を出すのはご法度。 しかし、そんな私の意志をも、ぶち破る程の事が起きたのだ。 (あっ…うそ…そんな…さ…触られて…る…) それは、私の無防備に晒された胸に伝わる感触。 確実にタイツに包まれた胸を触られている感触だったのだ。 (んあっ!!いやっ!!そんな…やめて…いやぁぁぁぁぁぁ!!) 恐らく、脇のファスナーの開け口から、手を突っ込まれているのだろう。 そのお客さんの手は、中身の私の胸を捉え、優しく揉み始めたのだった。 猛烈な暑さにより、汗でビショビショになったタイツに包まれた、私の胸。 その胸を堪能するように、お客さんの手が揉みしだく。 (いやぁぁぁ!!こんなのぉぉ!!聞いてない!聞いてないよぉぉ!!やだぁぁぁぁ!!) 流石に見ず知らずの人に、胸を揉まれるなどというのには、嫌悪感を感じる。 さらには、自らの汗でビショビショになったタイツ越しなのだ。 そんなタイツを触れることにも嫌悪感がある。 両腕を拘束され、強制的に胸を揉まれている…それは正に強姦に近いものがある。 しかし、聞かされていなかったとはいえ、私はこのお店と契約をしてしまっている。 つまり、これは、強姦ではなく、私自らが認めて承諾している事。 それ故これは、お客さんにとっても認められた行為なのだ。 とはいうものの、やはり、見ず知らずの男性に胸を揉まれるのを、仕事だからと割り切れるものではない。 (いあぁぁぁぁ!!やめて!!んぅっ!!さわっ!触らないでぇぇぇ!!ぁんっ!!) 痴漢を受けているような感覚にも見舞われる。 しかし、そのお客さんの手が与える刺激には、嫌悪感も感じながらも、その刺激に反応してしまっている自分もいた。 触られるのは嫌だ。 しかし、着ぐるみに包まれ、暑さに苦しめられる事で、興奮してしまっている私には、そのお客さんの手から与えられる刺激が、快感にもなり得るのだ。 嫌だけども、感じてしまう…そんな不思議な矛盾が、私の中に生まれていた。 (そんな!!んぁっ!!汚い!!汗だくで汚いからぁぁ!!触らないでェェェェ!!) まさか、スーツアクターをやっていてこんな事が訪れるとは思ってもみなかった。 魔法少女系などをやっていて、スパッツ越しにお尻を触られるとかはあるかもしれないが、今の状況はまるで違う。 着ぐるみの中身…そう完全に中身である状態で、その中身を他人に触られているのだ。 こんな事、有り得るはずもない。 (んあぁぁ!!いやぁぁぁぁぁぁ!!んっ!!やめてぇぇぇぇぇ!!) 私は逃げる事も拒むことも出来ず、一方的に触られ続ける。 時間にしたら、ほんの短い時間だろう。 しかし、私にとっては、とても長く感じられ、壮絶な恥ずかしさと嫌悪感…そして快感に包まれたのだった。 そして、その後、尻尾を開けられ、お客さんの手は、汗だくのタイツに包まれた、私のお尻も堪能していった。 何人ものお客さんに触られ続ける。 そして、私の火照った体は、どんどんと高ぶり続け、その快感も増して行ってしまうのだった。 最後のお客さんが終わる頃には、頭ではやめて欲しいと懇願しながら、体は絶頂を迎えてしまった。 最後のお客さんが終わり、私たちはステージ上で両手を拘束されたまま立たされ続ける。 しかし、今までに私を蝕み続けた暑さと、快感に染まってしまった私の体には力が入らず、足がガクガクと震えていた。 (…ぁ…も…もう…ムリ…) 最初の時は、こうして最後のお見送りは、立っているのが精一杯の状態となってしまった。 その日が終了した後、この事実を私に言っていなかった遥菜ちゃんに、猛クレームをしたのは言うまでもない。 しかし、言わなかった事にクレームをしただけ…。 結局、私はその後も、この仕事を自らの意志で続けるのだった。 ・・・ しかし、段々と慣れと言うものは出来てくるもので、今では、最後のお見送りまで、しっかりとこなせるようになっていた。 慣れたとは言え、見知らぬ男性に体を触られるのは、やはり抵抗がある。 慣れたというのは、触られて快感に溺れないようになったというだけ。 着ぐるみに身を包まれ、暑さに責められる事で高揚するのは変わりようのない事。 その高揚した体で、与えらえる刺激に耐えられるようになったのだ。 今日も、遥菜ちゃんと萌香ちゃん、私の三人は、ピークアンドタッチの時間を終え、お客さんのお見送りに立つ。 毎回の事だとはいえ、この頃には、体は暑さや色々な意味で限界だ。 (はぁ…はぁ…はぁ…) 最後の気力をふり絞って、帰っていくお客さん達に愛想を振りまく。 見た目には、元気のよい可愛らしいキャラクターだが、実際の中身の私たちは、倒れる限界という状況。 しかし、私たちはスーツアクター。 お客さんの目があるうちは、最後までキャラクターであり続けなければならない。 先ほどまでは、私たちの体を触っていたお客さんたち。 しかし、そんな事は関係ない…今の私たちは、キャラクターなのだから。 キャラクターとして、愛想を振りまき、お客さん達を見送る。 そして、最後のお客さんが店を出て行った。 【ガチャ】 「お疲れ~~。もうハケても大丈夫だよ」 店長が私たちにそう声を掛けてくれた。 その声に、私たちはヨロヨロとしながら、着替え部屋へと戻っていくのだった。 着替え部屋に辿り着くと、着いて来てくれた女性スタッフが、すぐさま、両手のマジックテープを外し、背中のファスナーを開けてくれる。 「背中、開けるわよ」 【ジーーーーーー】 その瞬間、着ぐるみ内に籠っていた熱気が、外に流れ出していく。 (は…はやく…マ…マスク…を…) 自由になった両手をマスクの中に突っ込み、マスクを固定していたベルトを外した。 【ガバッ】 マスクを外す三人。 皆、顔はタイツにより隠れているので分からないが、きっと茹でだこのような、真っ赤な顔になっているだろう。 【ドサッ】 そして、マスクを外し、両手をボディから抜き出しながら、上半身を着ぐるみから解放させた私たちは、3人ともその場に崩れ落ちた。 「はぁ…はぁ…はぁ…」 体の限界を迎えていた3人。 動く気力すら残っていない。 暫く、そこに会話は無い。 着替え部屋の中には、3人の【はぁ…はぁ…】という呼吸音だけがこだましていた。 (…ぁ…今日も…きつかった…な…でも…やっぱり…やめられ…ない…) これが、私たちの秘密。 そして、その秘密に、まさかの人が現れる事になる。 それはまた、別のお話。 ---------------------------END------------------------------------------