まぁ、これはもちろん、ひとつの見解に過ぎませんが、
縛られたい
その理由のひとつとして
「すべてを委ねてしまいたい」
こういった想いが潜んでいるかもしれないなぁと。
ちょっと前に、友人と話していて
氣がついたことなんですけどね。
そして、僕は男だし、
縛られたいより、縛りたい人なので ('-'*)b
ほんとかどうかなんてわかんないけど。(ぇ
でも、ただ、単に、漂う存在として、
いま、やるべきこと、しなきゃいけないことを
すべてほったらかしにして
身を委ねる
身を預ける
そんな風になるときがあるのも、
なんとなく、わからないでもないというか。
そして、これは、
相手との相当の信頼関係がなければ
できないことでしょうしね。
この、自暴自棄的な
なんだか、矛盾、相反する、
(相手への)愛情表現は、
女性特有な表現、感情であるような、
氣がしなくも・・・ない。
なんとなく、百合えっちの
縛りプレイはこっちなのかなー
とか思ったりしたわけです。
タチ・ネコ、攻め・受けの関係において
自立と依存
ポジティブとネガティブ
この相反する存在が、絶妙にバランスを取ってる二人の関係。
昔はね、
なんとなく、縛るほうって、悪い役というか、
いじめてるみたいなイメージがあって、
あんま、(縛りプレイに)いいイメージを持ってなかったんだけど・・・
委ねたい
という相手の欲求に
どう、全力で応えられるのかなーって、
好きな人を、
愛する人を、
どう縛りますか。
どう料理しちゃいますか。
イヤと言いながらも、
ほんとに嫌なら止めるけど、
どこかに存在する
「この人なら・・・」
の許容範囲というか、
ここまでなら許せるという、、
その、一線の探り合いもまた
楽しかったり、どきどきするものなのかもねー
なんて、思ったりもします。
縛りプレイは、
(僕が)話してると、結構みんな”引く”んだけど 笑
躰を使ったコミュニケーションとして、
その他のコミュニケーションと、
なんも変わらんと思うんだけどなー。
攻め側も、
完全なる相手からの信頼に於いて
身を委ねてくれているという
またひとつの愛の形を
忘れてしまえば、
この、繊細な、バランスも、また、
いとも簡単に崩れてしまうわけで。
双方にある、
相手への想い、想いやりって、
やっぱり、
縛りプレイに於いても、
なんも、変わらず、存在してると
僕は思ったり。
という、独り言でした。 笑
では、またね!