「次の方どうぞ!」 そう声を掛けて入ってきた患者さんを見てギョッとした。 なぜなら、頭の天辺から足の先まで全身薄いゴムのようなものに包まれていたから。 それだけではない薄いゴムは透けており中が見えるのだが、全身が黒くノッペラボウのようになっていて顔は分からなかった。 動かなければ人かどうかも分からないレベル。 だが、苦しそうに肩で呼吸をしているので人で間違いないだろう。 そして、この薄いゴムに包まれた黒いノッペラボウが言葉を発した。 「朝起きたら、こんな姿で… 脱げないです」 声はくぐもっているが確かに女性の声だった。診察室に入ってきた時から分かっていることだが、胸の膨らみや括れ等々から顔は分からないが、かなりスタイルのいい女性であることは間違いなかった。 「何かこころあたりは?」 「ありません!とにかく脱がせて下さい」 そう言われてもどうしていいか分からない。 「ここへうつ伏せで寝てもらえますか?」 「はい」 女性は力なく答えると診察用のベッドにうつ伏せで横になった。 全身一体型のスーツを誰かに着せられたならば、背中にファスナーがあると思ったのだが見当たらない。 「触ってもいいですか?」 「はい」 女性の了承を得て体に触れてみた。 やはり感触はゴムのようだった。 改めて見て分かったことは全身ピッタリとしたゴムで覆われているということだけだった。 女性がどうしてこんな姿になってしまったのか、さっぱり分からない。 それにどうやって脱がせればいいのかも分からなかった。 「申し訳ないのですが、私には手の施しようがありません」 「そうですか」 女性はくぐもった声で苦しそうに呼吸をしながら力なく言った。 「こんな姿では仕事にも行けません」 そう言って肩を落とす女性を不憫に思い、仕事を紹介することにした。 2カ月後、女性から[仕事にも慣れました]と1枚の写真と報告の手紙が一通届いた。 そこには全身ウエットスーツ姿で海女漁をする女性の写真が添えられていた。 「お疲れ様です!」 そんなスタッフの声とともに撮影が終了した。 俺は竹内 晴人(たけうちはると)、役者をしている。 今日は奇妙なショートドラマの撮影で診療所の先生役だった。 俺が今しがたドラマで共演し診察した全身ゴムで包まれた女性が声を掛けてきた。 「お疲れ様でした」 患者としての彼女は苦しそうにしていたのだが、撮影が終わるとそれほど苦しそうにはしていなかった。 「お疲れ様です、苦しくないんですか?」 俺がそう聞くと、彼女は答えた。 「見た目は苦しそうに見えますよね、でも以外と苦しくないんですよ!」 くぐもった声であったが、楽しそうに答える。 「そうなんだ、ところで見えてるの?」 「はっきりとは見えませんが、ぼんやりとは見えてますよ」 そう言って可愛い仕草を見せた。 「本当にどうなってるか分からないんだけど」 そう言うと彼女は首元に指を入れるとそのまま半透明のゴムのマスクを脱いだ。 その下から現れたのは黒光りしたノッペラボウ。 俺はそれに驚かされて思わず尋ねる。 「そのマスクもゴム?」 近くで見ているので布製でないことはすぐに分かった。 「そうですよ!ラバーマスクっていうそうです」 彼女はそう言って自分の顔を触って続ける。 「気持ちいいんですよ!触っている感覚が敏感になり、人に触られているみたいで」 そう言いながら顔を触る彼女を見ていたが、呼吸穴も覗き穴も見当たらない。 “本当にどうなっているんだろう?” そう思っていると自然と彼女の顔に近寄っていた。 『チュッ!』 突然、俺の唇に彼女の唇が触れた。 驚いた俺は彼女から少し距離を取った。 「ごめんなさい、私以前から竹内さんのファンで、顔を近づけてきてくれたからつい… 」 積極的な彼女だが、なぜか嫌悪感は抱かなかった。 「ごめん、こちらこそ近かったね」 そう言うと彼女が返す。 「マスクも取らないで失礼ですよね」 そう言うと、先ほどと同じように彼女は首元に指を入れると黒いラバーマスクも脱ぎ始めた。 黒いラバーの肌の下から彼女の白い肌が覗いた。 共演した女性の顔は気になっていたのだが、見ることができるとは思ってもいなかった。 ドキドキしながらラバーマスクを脱ぐ彼女を凝視する。 ラバーマスクが取り除かれ、長い髪がマスクから溢れてきた。 そんな彼女の顔を見て俺は驚き体が震えた。 「町田 伊織(まちだいおり)さん!」 町田 伊織はグラビアアイドルから女優に転身し、今ノリにノッている若手女優だ。 そして、俺は伊織ちゃんがグラビアアイドルデビューした時からの大ファンだ。 伊織ちゃんが女優になり、俺も役者を続けていれば、いつかは共演できる日が来ると思っていたのだが、テレビ局やスタジオでも会うことはなかった。 それがまさかこんな形で共演するとは… 。 驚きで固まる俺に伊織ちゃんは言った。 また、共演できるのを楽しみにしています。 そう言って握手を求めてきた。 もちろん、俺はそれに応じる。 握手をした時に違和感を感じた。 「失礼します!」 そう言って迎えに来たマネージャーと共に引き上げていく伊織ちゃん。 そんな伊織ちゃんの背中を見送った。 まだ、俺はさっきまでの撮影、そしてその後の会話が夢のようで信じられなかった。 ただ、俺の手の平にはメモが残されて、そのメモには伊織ちゃんの連絡先が記されていた。 おしまい