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人生トレード魔法――セレナ皇女の場合(女神に獣化の呪いを受けた聖女ルート・一)

 目を覚ますと、豪華な部屋の中にいました。  先ほどまでいた王宮の庭園とは違います。わたしはその部屋の中央にある大きなベッドの中にいて、上半身を起こして両手を祈るように握り合わせていました。 「わたしの故国と同程度の文化でしょうか」  周囲を見渡して呟きます。口から出るその言葉は、これまで聞いたこともなく、けれどすんなり発することができました。入れ替わりに際しての、ある程度の記憶の引き継ぎというものはできているようです。  ベッドから出て、姿見の前に向かいながら新しい『自分』の記憶を探ります。必要な情報がすんなりとは出てきませんが、それでもあれこれ思い出せました。  わたしはアンナマリー。地方都市で活動する豪商の家で働く使用人夫婦の娘として生まれました。  ここは、わたしのいた世界とは異なる世界。あらゆる国も、世界地図も、わたしのいた世界とは大きく異なります。大陸の形が変わるほどの過去あるいは未来という可能性も、なくはないですが。  基本的に宗教国家であるこの大きくない国では、十歳になった春にすべての女子は聖なる力を測られます。そして上位十名が五年後に聖女として、首都にある国教の総本山に招集されます。その後五年を過ごすとお役御免となり帰郷、安定した年金をもらえるという寸法です。  聖女の役割は、奉ずる神々に日々祈りを捧げたり、聖なる力を使って人々の病や傷を癒やしたり(しかし魔法のように劇的な効果はなく、少し直りが早くなる程度のようです)、時に地方へ赴いたりして、国教への国民の帰依を促すというもの。広告塔というところでしょうか。わたしの出身世界における邪教やカルトのようなものなら大変ですが、この国教はそれほど過激なわけではないようです。  今のわたしである『アンナマリー』は十七歳。二年半が経過したこの秋、この仕事を、熱狂的にではなくとも順当にこなしていたようです。二十歳になれば地元へ帰り、ぜいたくしなければ生涯安泰なくらいの年金が得られます。聖女は多少は血筋にも左右されるようで、結婚にも困らない。しかしどうしても結婚しろという圧力がかかるわけでもなく、男女平等にかなり近い社会なので好きな仕事をして一人で生きていくことも難しくなさそうです。  ……元のアンナマリーは、なぜこの立場から逃げ出そうとしたのでしょう?  嫌な記憶は簡単に思い出せないようで、記憶が浮かぶより先に、わたしは新たな身体を鏡に映していました。  元のわたしの長い金髪とは違い、燃えるように赤く長い髪。顔立ちはあどけなさがやや優る感じ。スタイルはなかなか。今後一生を過ごすには悪くない身体です。  病気などになっているわけでもありません。他の四十八人の聖女たちや周辺のお偉いさんらに虐待やいじめなどを受けているという記憶もまったくありません。何かの陰謀を見聞きして命を狙われるなんて大衆小説みたいな事態にもなっていません。  それでも彼女は人生交換の魔法を使いました。地元からこの首都までわざわざやって来た祖母から三日前に教わった呪文を、逡巡の末に今しがた唱えて、わたしにこの身体を譲り渡したのです。  つまりポイントは祖母が出発を決意するに至った理由。地元と首都の距離や交通などを考えれば、地元で五日前くらいに、あるいは首都の『アンナマリー』の身に七日ほど前に起きた何か。  思い出そうとして思い出せず、その代わりに先ほどの記憶の中におかしなところを見つけました。  わたし以外の四十八人の聖女。  一年に十人、五年で引退、ならば毎年五十人がいるはず。なのになぜ、一人足りないのか?  それについて考えるうち、引き出されてくる記憶がありました。  一年前、二年上の聖女の中から一人現れた、『女神に見初められた者』。  そう告げられた彼女は激しく動揺し、数日後には家族がやって来て部屋からは泣き声が響き……そのさらに数日後には、どこへともなく移送されていきました。それも、逃亡を防ぐような護送車めいた馬車で。  それら、あれこれを思い出すうちにようやく導かれてきた記憶。  七日前、『アンナマリー』も『女神に見初められた』と告げられたのでした。  この世界には、神々が実在します。  この国に関わる神は十柱、いずれも女神でそれぞれに動物――鼠・牛・猫・兎・鹿・馬・羊・猿・犬・豚――の化身とされています。しかしすべての女神が常に関わっているわけではなく、気まぐれなのか居眠りでもしているのか、その降臨は数年から数十年に一度のこと。  降臨の際、女神は国土を富ませるという話です。  そして女神は、聖女を好みます。どの聖女を気に入ったか、この総本山で法王に託宣が下るそうです。  具体的に何が起きるのか、上層部はともかく当のわたしたち聖女は何も知りません。  けれど『見初められた』聖女が決して戻ってこないことだけは知っています。  わからないこと、教えられないことが不安と恐怖を倍増させます。かなり低確率なので普段は無視していられますが、的中したら避けられない破滅。  ……後宮という檻から逃げたのに、今度は水中で網がじわじわと狭まっていくような寒気を感じました。  人生交換の魔法を、面白半分で使う人はあまりいないでしょう。だから『セレナ皇女』の立場から逃げても、次は次で何かしらつらいことになるかもとは覚悟していたつもりでした。  それにしたって、これは。  どうにか逃げ出す術はないものか、模索しようとした矢先。 「アンナマリー様、お迎えに上がりました」  法王直属の護衛騎士が、扉の向こうから猫なで声で言いました。  アンナマリーは本当にぎりぎりのぎりぎりまで迷っていたのだなと知りました。 *  鉄格子で囲われた馬車に乗せられ、首都を去ります。  数日の旅の後、夕暮れに、国内の辺境としか言いようのない場所で降ろされました。  目につくのは鬱蒼と茂った森です。しかし平野部との境界線でもあり、人里へ通じる道もあります。平野部の彼方では、羊飼いが数十頭の羊とともにいるのがうっすらと見えました。  馬車を降ろされたわたしは着の身着のままでした。 「そんな気分にはならないと思いますが、今後人間とは関わりませんように。あなたも狩られはしないよう近隣に布告しておきますので」  護衛騎士は、こちらの予想もしていなかった台詞を言いました。  そのまま去っていこうとするので、呼び止めます。 「あ、あの」 「何か?」  首都から連れ出す時の甘ったるい声とは違う、冷たく突き放す声でした。 「食事などは、その……」 「その辺に色々ありますので。今はまだ疑問がおありでしょうが、夜になればおおむね理解できると思います」  言うべきことは言い尽くしたとばかりに、足早に馬車に乗り込むとそのまま彼らは遠くへ消えていきました。  わたしは、手近な切り株に腰を下ろします。  東の空に満月が昇り始めるのが見えました。


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