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幼なじみが俺で、俺が俺の妹で(26)『残り一年の四月』

 すでに四月も後半で、俺たちのこの入れ替わり生活も残り一年を切っている。  俺は二度目の中学二年生を楽しみながら、瑠璃との兄妹生活も満喫していく……つもりだったのだけど。 「みっくん、どうしたの?」  今日はもう、家に帰ると、俺は外での取り繕いを維持できなくなった。  晩ご飯を作る時間まで部屋にこもって、食事の準備中に瑠璃に話しかけられても、ついつい顔を背けてしまう。  不機嫌を抑えきれない。  だから、ひと段落ついたところで、瑠璃が問いただしてきたのは当然の流れで。 「わたし、何かみっくんを怒らせるようなことした?」 「…………」  少し迷ったけど、こくりと肯く。 「ごめんなさい。でも、何がよくなかったのか自分じゃわからないから、説明してもらえないと改めることもできないよ」  切々と訴えられると、口を開かざるを得なかった。 「……苑田(そのだ)さん」 「え? 新入部員の?」  よほど意外だったのか、訊き返された。  自覚がないことに、安心すると同時に、苛立ちも募る。 「仲良くし過ぎ」  それだけ言って、そっぽを向いた。  ルーを入れる前のカレー、玉ねぎや肉が煮えていく音と匂いだけがその場に充満していった。 *  先生に言われて始めた文芸部だけど、一年続けると愛着は湧くし欲も出てくる。  三年の瑠璃はもちろん、俺も元に戻ったら来年の春にはここに関われなくなってしまう。でもこの部には長く続いてもらいたい。  俺と瑠璃が、おかしな状態であっても、これまでの一年とこれからの一年、合計二年間をいっしょに過ごした大切な場所となるのだから。  二人の意見が一致したので、去年はちっとも考えていなかった部員募集についても今年は取り組んでみた。瑠璃が『光彦』で俺が『光莉』という関係にもだいぶ慣れていて、ここで素の自分たちに戻れなくても問題ない。  その結果、今年は数人の新入部員が入ってくれたのだけど…… * 「それは、苑田さんとはけっこう話してるし色々教えてはいるけれど……彼女から積極的に訊いてきてるからだよ?」  瑠璃の説明は俺への苦し紛れの言い訳ではなく、事実。  物静かな子が多い新入部員の中、苑田さんはにぎやかな子で、わからないことがあればどんどん訊いてくる。一応副部長の俺だけど、部活のあれこれについても読む本や文章を書くことについても、部長の瑠璃に比べると全然頼りなくて、だから彼女が瑠璃によく訊ねるのはおかしくない。  けれど。  瑠璃があの子といっしょにいると落ち着かない。  その思いは彼女が入部した日から次第に積もっていって。  今日の部活中に、彼女が読んでみたいと前から言っていた本を瑠璃が貸してあげた時、感極まったように瑠璃に抱きついた姿を見て、限界に達した。 「彼女は別に、わたしに恋してるわけじゃないよ」  わかってる。 「周囲の人間関係に恵まれた子って、意外と幼さを残したまま大きくなることがあると思う。それを装ってる可能性もなくはないけれど、だったらもう少し効果的なやり方を狙ってくる気がするし」  わかってる。 「でも……やなの……」  こんなの、わがままだ。  正月に光莉が来た時のあれよりももっと明白に。  あたし、苑田さんに嫉妬してる。  でもこの気持ちって、何なんだろう?  光彦が瑠璃を取られると思ってのもの? けど、来年元に戻ったら瑠璃は『瑠璃』に戻るんだから『光彦』として女の子と付き合ったりするわけない。あわてず騒がず一年待っていればいい。  妹がお兄ちゃんを取られると思ってのもの? けど、俺、かなり染まってはいるけれど、心の底から『光莉』になりきったわけじゃない。  それとも……女が男を取られると思ってのもの? 理屈とか立場とかを超えた、もっと原始的な気持ち?  口に出せるものではない思考だけど、一人で頭の中で考えているうちにわからなくなってくる。  沈黙も重くて、言い足した。 「それに……今はそうでなくても、そのうち好きになっちゃうかもしれないでしょ」  誰が誰を、について、はっきり言わなかった。  瑠璃が中に入って、『光彦』はそれ以前よりずっとかっこよくなった。成績が良くなったし、体育も前よりできるようになって、見た目にも気を遣うようになった。誠実で物腰は柔らかく、女子とのコミュニケーションも得意になって、クラスの中心で活躍するような存在になっていると、学年が違う俺の耳にまで届いてくるくらい。  俺は瑠璃が好き。こんな入れ替わりが起きて、身体と関係がねじれてしまって、今の身体に心が少し染まってきている今だって。  でも、瑠璃は?  コトコトという音と、おいしそうな匂い。平和な生活の象徴のようなものに囲まれているのに、この台所では月並みなメロドラマが展開している。  普通の兄と妹ならまだ可愛いものなのに、あたしは本当はお兄ちゃんで、お兄ちゃんは本当は俺の好きな女の子で。  何やってるんだろうと思うけど、言ってしまったことをなかったことにもできない。  うつむいて立ち尽くしていると。  背後から、そっと抱きしめられた。 「ボクが一番大事なのは、いつだって君だよ。絶対に」  一番聞きたい言葉が、耳元でささやかれる。  男の人の、たくましくなりつつある腕が包んでくれている。  今日は少し暑かったからだろうか、汗の匂いも。でもこの匂いは、嫌じゃない。『俺』の、男の匂いなのに。 「……わかった」  その一言で、この一件はおしまいとなった。  おいしくできたカレーを食べながら、さっきの瑠璃の言葉を思う。  あれは、女の子の瑠璃が男の俺に言った言葉なんだろうか。  だったらもう、これ以上ないほどうれしいけれど。俺と瑠璃が両思いなんだと確信もできるけど。  もし、『光彦』が『妹』に言った言葉だとしたら?  その疑いは拭いきれなかったから、俺は瑠璃に対してさらに踏み込むことまではできなかった。 「でも、みっくんだって人のこと言えないよね」  カレー大盛りを二杯食べ終えた瑠璃が、ほんのり不機嫌そうな声で俺に言う。 「な、何が?」 「二年から同じクラスになったっていう植岡くん。三年でも評判になってるくらいのイケメンで、今は同じ班なんでしょ」 「あ、あいつとは別に何にもないってば! 『光莉』は、あいつのことは小三くらいから知ってるけど、昔は奇声上げて廊下走り回ってたようなバカで……」


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