SamuZai
烏川
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エロで理解する修辞技法

ウィキによると、修辞技法って英語では「figure of speech」と言うらしいです。そのまんまです。


それに対して元々の日本語ではそういう技法の事を「文彩(ぶんさい)」とか彩(あや)とか言っていたそうです。


そういえば、相手の不興を買うような言い方をした後に「言葉の綾(あや)じゃないか」とかいうよなぁ、と思って調べてみたらこちらの「綾」も本来は「しゃれた言い回し」とか「巧みな表現」という意味で使われていたみたいで、ちょっと意外でした。


ただ言葉の綾というと今ではもうそれだけで「ちょっとしゃれた言い方しすぎたみたいだね、メンゴメンゴ」みたいな嫌味なニュアンスがあるので、あまりいい印象は無いですが。



さて、今度は直喩法に引き続いて隠喩法について調べてみました。



相も変わらずウィキ頼みで定義を見てみると、隠喩とは「比喩である事が明示されていない比喩」だそうで。


直喩のように「まるで」「ごとし」「ようだ」といったあからさまな表現を用いない分直喩より洗練されていると言われているようですね。


まあ比喩としての優劣や好き嫌いは別として、直喩が野暮ったいと感じる人がいるのはなんとなく分かります。


「屈強な羆のような肉体を誇る彼の体はその陰部の逞しさもまた野生動物のようだった。」って言われるよりも「彼はその頭の先端から雄の象徴まで、全てが正に屈強な羆であった。」っていう方がまだ洗練はされている気は私もします。


修辞技法を研究している学者さんとか文筆家みたいな人達からすればより巧みに表現されている文章の方が「上位」と考えるのは当然だとも思います。



ただそれはあくまで文章としてという話であって、エロとしてはそれほど大した優劣は無いのではとも思いました。


実際さっきの文章でも、前者の野暮ったさの方が泥臭くて良いという方もいるかもしれないし。


それに、冒頭の言葉の綾じゃないけど、あんまり凝った表現というのはやりすぎると時にしゃらくさいような印象を与える温床になるようなこともあるし。



「屈強な羆は本能のままに自らの雄の象徴で天を衝いたかと思うと、衝動のままに自身の『野性』を解放した。」



なんて言われてももはやエロいんだか文学なんだか動物奇想天外だかわかりませんし。ちょっと卑怯な例だったかもしれませんが。


隠喩のように巧みで洗練された表現というのは知性や品性というものをより感じさせるので、エロに知性や品性がいらないとは思いませんが使いどころを間違えると「別に直喩でいいじゃん」と却って頭が悪そうな事になるな、とちょっとドキッとしました。



「その日から彼は毎夜、ベッドの上で彼自身のトランペットを熱心に奏で続けた。」



エロどころか知性すら感じさせないかもしれない。笑わすつもりなら別にいいけど。


まあ自分が表現したい世界観や雰囲気のためには例えに何を持ち出すべきかを選ばなきゃというのは直喩も隠喩も一緒だと思います。


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なんだかここまで直喩法上げ、隠喩法下げみたいな事ばっかり言ってしまってますが、隠喩法だって簡単にエロを楽しもうと思えば出来そう。というか隠喩に限らず、気付かないうちに修辞技法を使っていた、というのは結構あると思いました。


男性器1つとってみても「イチモツ」「ムスコ」「愚息」「肉棒」「雄竿」「雄のシンボル」などなど色んな表現が使われてますし。

そんなにチンポが好きか、とチンポだけに突っ込まれそうな言葉の羅列ですが、そもそもチンポが嫌いな人は私のところには来ないでしょう、と開き直ることは出来ます。

もし仮に「チンポなんか見たくも想像したくもないけど、修辞技法の事を知るために俺はここに来てやってるんだ!」という強気なガチノンケの人がいたら、そういう人は割と好物なので後で名乗り出てください。


冗談はともかく、例えば「ムスコ」という言葉を使うなら



「うっかり野暮用を思い出した俺が慌てて相棒の部屋に戻ると、奴はお宝資料を前にムスコを熱心に励ましている真っ最中だった。」


友達の家に忘れ物を取りに戻ったら彼がエロ本片手にオナニーしてた、というのをもうちょっとだけ下世話にしたという感じでしょうか。


書きながらちょっと前時代的っぽくもあるなあと思ったので、「秘蔵映像」を「お宝資料」に変えて、おじさんの中学高校時代の思い出風みたいにしてみました。


隠喩というのは定型化しているものも結構あるので、悪い言い方をすると使い古された表現というものも結構ありますね。


じゃあ前立腺のことを「おとこのこスイッチ」と呼び替えてみるのはどうでしょう。そこまで使い古されてる印象も無いし、これも隠喩です。


「男の子の快感スイッチのような前立腺」という直喩を隠喩に変えたものです。



『あっ…きゃ…ふぁ…っ…やぁん……せんせ…ぇ…そこ、だめ…っ…あん……。』



「『先生』のごつごつした節くれだった指の腹が少年のへそ裏にあるおとこのこスイッチを何度もノックする。すると、そのたびに少年の口からは飴色の声が飛んだ。そんな少年の反応に『先生』は気を良くすると、そのまま男児をまるで電池のいらない玩具かのように胸に抱え、ひたすら彼を鳴かせ続けたのだった。」



先生というのはもしかしたら少年の担任教師かもしれないし、悪いお医者さんかもしれない。

社会的には先生と呼ばれる身分ですらない誰か若い男とお医者さんごっこと称していたずらされているのかもしれない。


色々なシチュエーションが考えられますが、ここでは「おとこのこスイッチ」という暗喩は単に少年の前立腺の事を示してる以外にも少年の幼さを強調する効果もあるし、置かれている状況のいかがわしさも表してる、と思います。


あと、飴色の声というのも隠喩ですが、キャンディボイスという言葉とは関係なく単に聞き心地の良い少年の嬌声というのを連想して適当に付けました。

隠喩は洗練されている巧みな文章、と言われてるみたいですが、機能的に言い換えると、「少ない文字数で沢山の情報を読み手に与える事が出来る」表現ということかもとここまで書いてきて思いました。それは隠喩法の利点の1つかもしれません。


ただ、まあ一度に沢山の情報を送るというのは読み手に想像力や解釈の手間をかけさせるという事なので、あまり羅列すると良くないですね。


「電池のいらない玩具かのように」というのは直喩ですが、これは可愛い男児をまるでモノのように扱う悪い大人のイメージを出そうと思って作ったものです。


これを例えば「その電池のいらない玩具を~」という言い方にしてしまうと、それが男児そのものであるという事を理解してもらうのにタイムラグが生じそうですし、何より読んでて疲れそうなので、ここは「野暮ったい」直喩で十分と思いました。


やはり、直喩だけでも暗喩だけでもダメということですね。



とりあえず、幼い男の子の可愛い前立腺という印象で「おとこのこスイッチ」という言葉はそこそこ使えそうです。


さて、じゃあこれをそんなに可愛くない前立腺に使ってみましょう。



『あっ…てめ…ざけんな…っ…これっ…解けよ………っ…あと、息がくせえんだよ、オッサン…!!』



『ぶひひwww怒ってる顔も可愛いねえ哲也くんは…wwwそんな可愛い哲也くんのおとこのこスイッチは、ここかな?それとも、ここかなぁww?』


『う、あっ……ぐっ…あ、やめっ…あっ…あは、あっ……くっ…くそ…っ…ああぁ!…』


不良男子高校生、キモいストーカーのモブおっさんに監禁レイプ、みたいな感じで書いてみました。

こんなふうに使えば、体だけは成熟した男子高校生に恥辱を与える表現として使えそうですね。


同じ暗喩表現でも状況次第でいろんな味を発揮できるというのは面白いな、と思います。


さっきの「その日から彼は毎夜、ベッドの上で彼自身のトランペットを熱心に奏で続けた。」にも同じことが言えます。


これは少年の性器をトランペットに捉えている暗喩なわけですが、これは『自慰を覚えてしまった思春期の少年がその羞恥と罪悪感に苛まれながらそれでも快楽には逆らえない姿』みたいに想像してしまうから間の抜けた表現になってしまっているだけです。


もしどうしても少年の性器をトランペット呼ばわりしたいなら



「杉岡は、歓喜の表情を浮かべながら彼自身のトランペットを忙しなく奏で続けた。となりの木村も、同様にそうしていた。彼ら二人は常日頃から仲良しらしいから、そんな二人の愉快な二重奏を見ている俺の目にもそんな彼らの姿は微笑ましく映った。」



ちょっと近所の男子吹奏楽部にお邪魔して催眠おじさんになってきました。

こんな感じにすると、男子の若いチンポを高尚な楽器に例えるマヌケさが、逆に状況の異常さを表現できる道具になるのではないかな、と思いました。



なんだか隠喩の事を考え出すと色々と言ってみたいことが浮かんで収集が付かなくなってしまいそうなので、このあたりで締めようと思います。


次があるなら「換喩法」になると思います。それではまた。

 



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