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烏川
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悪魔の追想4.5

20??年?月?日



幼い頃から、うちが他の家とは何かが違うという自覚はうっすらというには随分濃厚に持ち合わせていた。


自分が5歳になるかならないかという年頃だろうか。

親戚のおばさんが家に来たある日、家には自分しかおらず、母とそのおばさんに連れられて近所のデパートに遊びに行った。


特に用事のあるわけでも無かったおもちゃ屋で、当時の背丈で見上げていると、2人は私に向かって好意に満ちた笑顔で言った。

何か1つ、ぬいぐるみを買ってあげるから、選んで?と、そんなような事を言っていた。


後から聞いたことだが、ごくたまにしか来ることの出来ないそのおばさんは私の2人の兄にも同じように思い出作りも兼ねて高価なぬいぐるみを買ってあげていて、それが習慣になっていたそうだ。

長兄の大輝お兄ちゃんには勇ましいワニのぬいぐるみ、次兄の智希お兄ちゃんにはクマとウサギのぬいぐるみを買ってあげたそうだ。

それらのぬいぐるみは、今も全部智兄の部屋にある。


「どのぬいぐるみが欲しい?」


改めてそう聞かれた当時5歳の私は首を横に振った。

本当に必要なものを買ってもらうために、お金は使ってほしい。

当時の私の語彙で、そんなようなことを伝えたはずだ。

別に、ぬいぐるみに興味なんか無かったし、「むだづかいはしちゃいけない」と常日頃から母にも言われていたものだから、その答えは私としても模範解答のつもりだった。

実際、母も叔母もそんな私に対して感心したように息を突いて、お互いに目を合わせていた。


「なっちゃんはまだちっちゃいのにすごくおりこうさんね。」


感心するおばさんの傍で、母は笑いを噛み殺したような顔をしていた。


そこからさらに数年前。

智兄が同じように問いかけられたときは、それはそれは苦労があったそうだ。

何か1つ、ぬいぐるみを買ってあげる、と言われた智兄は大はしゃぎで、真っ先に大好きなウサちゃんとクマさんを両腕に抱えて決して離さなかったそうだ。

ウサちゃんとクマさん、どっちも大好きだから決められない、と涙ながらにさんざん駄々を捏ねて結局は母が折れ、おばさんが2つを買ってあげて事なきを得たそうだ。

そんなエピソードを聞いた当時の私の5歳の脳みそも、智兄というのはしょうがないコだと既にそういう認識でいたと思う。

反面教師、という言葉をその頃の私が知っていたわけでは無いけれど、私にとっての智兄というのはそういう存在に近かった。

私はあんなヘタは打たない。

大人に愛される、いい子でいよう。その方が絶対に人にも好かれる。今の今までもそう思って生きてきた。


けれど、そんなしょうがないはずの智兄のことを、周りの大人はうざったく扱うでもなく不思議と可愛がっていた。

うちの兄妹で一番お母さん似の智兄のことをお父さんが可愛がっていたのはまだ分かるけれど、大輝兄ちゃんは何かというと智兄はどこだと探し回っていたし、そんな大輝兄の連れてくる友達も次々智兄にメロメロになっていった。

親戚のおじさんもおばさんも、みんな智兄のことばかり可愛がっていた。

親戚中で評判のケチなクソジジイも、智兄のことだけは膝にのせてあれをやるこれをやると可愛がっていたのは印象に残っている。

彼らがくれるお土産の数や、ひどい時にはお年玉の額も智兄だけ桁が違ったことがある。

流石にその時は私がその事を進言して、お母さんがうまく采配をしてくれた。

そんなお母さんに私は益々尊敬の念を抱いたものだ。


私にとって、智兄という存在は理不尽という言葉を煮詰めて濃縮して形にした、そういう人だった。

私の方がいい子なのに。私の方がしっかりしているのに。

なのに、気が付けば周りの人達の寵愛を智兄一人が全部かっさらってしまう。

クラスのちょっと気になる男の子が家に来た時も、智兄にだけは絶対に会わせなかった。

会ってしまったが最後、一緒にゲームをやろうとかバカみたいな話をしよう、という流れにされて、しまいにはその子も智兄の虜になって終わり、というエンドが目に見えていた。

目に見えていた、というより昔からそういう事は何度か実際にあった。経験からの学習、だった。


小学校も高学年になると、そんな智兄を疎んじる気持ちと一緒に、自分自身の在り方にも嫌気がさすようになった。

自分がしっかりした子に見せよう、とかいい子でいよう、という考えは突き詰めればその方が愛してもらえるからという理由から来ていることに気付いてしまったから。

しっかりもしていない、別にいい子でもない智兄を前にして、いつまでもそんな考えを持ってはいられない。

愛される子、というのは結局しっかりもしていなければいつも誰かの助けを欲している、何も知らない、教えてほしい、そんな可愛らしい弱者の事を言うのだ。

けれど、今更そんな考えに至ったところで、これまでしっかりして生きてきた私が、今更しっかりできない私になる事なんて出来ない。


あの日も、昼も過ぎた時間帯に智兄が家に電話をかけてきた。

またどんなワガママを言うのかと思って半笑いで聞いていると、どうやら友達を夕食に招きたいということらしかった。

あの智兄の友達だ。

どうせ躾の悪いワルガキがそのまま大きくなったようなのとか、初めから智兄にメロメロな輩か何かだろう。

そう思って極力意識せずに過ごしていた。

それから夕方になって、やってきたその友人に私はこれまで経験したことの無いほどの衝撃を受けた。


なんて綺麗な人なんだろう。

これまで男性に対してそんな印象を受けた事なんて、一度も無かった。

立ち居振る舞いも洗練されていて、とても横にいる子ザルのような次兄と同じ学年とは思えなかった。


食事中も、兄の他の友人のようにバカみたいな話をするでもなく、黙々と食べ物を口に運びながらその味を堪能している、まさに大人の振る舞い、と思った。

どうしてこんな人が智兄の友人なのかなんて理解できなかったけれど、この人は今まで出会った人とは何かが違う、とそう確信した。

どういう経緯があったのかはわからないけれど、この人と私をめぐり合わせてくれた次兄の存在に、私はその日初めて感謝の意を持った。


それから食事を終えた後も、あの人───黒田圭輔さんは私がその時悩んでいた国語の問題や、読書感想文のコツについてなんて質問にも的確なアドバイスをくれた。


「自分がどう思われたいとかそういう考えは捨てて、とにかく思ったことを書けばいい。そうすれば自然と文章自体は出来る。感想なんだから、それを否定する方がおかしい。あとは提出しやすい文体に変えていけばいい。」


彼のそんなアドバイスは私にとって目から鱗だった。

私は、それこそ物心ついたときから人からこう思われたい、と思って生きてきた人間だった。

それがどうだろう。私の周りの人達は一度だって、私の思うように私の事を見てくれたことがあっただろうか。


そんな私の苦しみを、黒田さんは初めて真正面から受け止めてくれた。そんな気がした。

それから、智兄が彼を家に連れてきてくれる度に、私は彼の事がどんどん好きになっていった。


これまではうっとうしかっただけの智兄に、今は感謝してあげてもいいという気持ちにまでなっていた。


人から可愛いと思われたい、という気持ちはもう以前よりも感じられなかった。

それよりも、ただ、この人に見合うくらいにかっこよく聡明な女性になりたい。可愛くなんて、なくてもいい。


いつか、それが果たされた、と思った時にこの思いを彼に伝えよう。


遠い未来、大人になった黒田さんと私が睦まじく並んで歩いている。

そんな光景を想像しながら、私は今もシャーペンを手に、日々、机に向かっている。


Comments

見方を変えるとそうなりますねw。姫原智希という名前はみんなから姫扱いされる可愛い男の子という意味でつけてます。トモというのも、みんなの、圭輔のトモダチと言う意味です。

烏川

魔性の男子…

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