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烏川
烏川

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エロで理解する修辞技法 擬人法 

先日の擬態法ですが、結局「ニコニコ」がどうして「ニコニコ」なのかとか「ドキドキ」がなぜ「ドキドキ」なのかというような根本的な事は分からずじまいです。 分からないというか分かりようがないというか。 日本語にしろ英語にしろ、それを使っている人達の中で漠然と印象づいている語感というものがあります。 例えば「ザン」という全く無意味なカタカナ2文字からなんとなくほの暗い攻撃的な雰囲気を感じたりするのは、単純にその音から斬ったり叩いたりを連想する他、残虐・残飯とかの「残」なんかを思い浮かべてしまうとか色々理由はあるでしょう。 そんな中、たまたま誰かが笑顔を表現するときに「ニコニコ」とか「ドキドキ」とか無意味なカタカナに表した時に、多くの人から共感を得られたものが後世にまで伝えられてきた。そんなとこなんでしょうか。 人々の心の海の中で「おっ、「ニコニコ」って笑顔の時にしっくりくるじゃん。今度からニコニコで行こうぜ!ニコニコで!」というように多数決で決定された感じと言うか。 それは多数決で決められているので、もしかしたらニコニコから笑顔っぽさを全く感じられないなんて変わった人もいるかもしれないですね。 いずれにしても、ニコニコにしろドキドキにしろ、そういうのを初めに考え付いて口に出して使った創造性のある人というのは憧れます。 アヘアヘなんていうのもバカエロっぽさを感じられて素敵な擬態語ですね。遡ると創造者は間寛平だったとかいうことになりそうでちょっとイヤですが。 こないだpixivチャットで「少年や青年の前立腺をひたすら叩いて突いたりして泣かせてイかせる太鼓の達人的なゲームとか出ないかな。」という話をしたんですが、全然共感を得られなかった上にこれは頭に思い浮かべただけで実際には創造したわけではないので、私が創造者というわけではないですね。 あと男の子のお尻をモチーフにした自動鉛筆削りとかも考えたんですが、どこに鉛筆を刺すのかは言わずもがなですが、これも賛同を得られませんでした。 そしたらこないだ東急ハンズでクレヨンしんちゃんのケツだけ星人型空気清浄機というのが実際に売られていて度肝を抜かれました。やっぱり本当に創造してしまう天才にはかないません。 というわけで、もしこの先どこかの誰かが「男の子の前立腺を叩いてイかせる太鼓の達人的なゲーム」を実際に発明してそれが世に出た時に、「それ前に烏川が考えてたよな」とどなたか一人でも覚えていて下さったりすると、私はそれだけで嬉しいです。 さて、それでは今回は擬人法に行こうと思います。 擬人法とは「比喩の中でも特に、人でないものを人格化し、人に例える手法を擬人法(ぎじんほう、活喩)という。その場合、読み手に対し、例えられる「人でないもの」に対する近しさを抱かせる効果が生まれる。」という技法だそうです。 「お日様が笑ってる」とか「鳥が歌ってる」とか、とにかく「人でないものを人っぽく表現する」のが擬人法で、書いてあるとおり対象物をより近いものになぞらえる事で親近感を持たせるという効果があるようです。 これもよくエロには使われる表現だと思います。 何に近しさを抱かせたいかといえば、勿論男の肉体でしょう。 先日の漫才師BLの時に書いた「ベルトを外して、ズボンと下着を引きずりおろすと、そこから奴のモノがビヨンと飛び出してガッツポーズをきめる。」というのも正に擬人法です。 男性のオチンチンのやんちゃぶりを表現するのに、例えばバンザイをしていたとか得意げに胸を張っていたなんていうのは結構使っちゃいます。 あとは「彼の鍛え上げられた逞しい筋肉が俺を見て笑っていた」とかいえば、若干気色は悪いですが躍動感が出ると思うし、逆に「優希のまだ皮かむりの白いウインナーが、俺の前で心細げに震えていた。」なんて言えばお兄ちゃんの前で恥ずかしそうに裸を晒している可愛い男の子のオチンチンの愛らしさだけでなく、その子の心境までも表現できたりしそうです。 人間は目の前のものを無意識に人格化してしまうというのは結構やるので、例えば道端の花に話しかけちゃうおばあさんとかもたまにいるし料理番組なんか見れば「今からニンジンさんを入れまーす。」なんてあからさまに人になぞらえたりしています。 擬人法というのはそういう人の習性を逆手に取って、あえて最初から人格化してやることで相手の懐にするっと入り込むという技法なんだと思います。 ただまあ、そんな人の懐に滑り込むという擬人法の特徴は良いところでもあり、たまに良くない事もあります。 最近修辞技法について調べていてぼんやりと思うのは、修辞技法はあくまで文章表現を彩豊かにして自分の伝えたいニュアンスを伝える方法であって、事実を正しく伝えるための技術では無いという事です。 「お日様が笑ってる」という比喩表現にしたって、それはあくまで青空に浮かんだ太陽が優しい光をさんさんと放っているとかそういうことを言いたいのであって、本当に太陽が目をカッと開いて歯を見せて笑っていたりしたら私は何をおいても逃げます。スーパーマリオ3みたく。 比喩もそうですが、倒置法にしたって文法をあえてぐっちゃにしていますし、反語は分かってる結論をあえて分かっていないかのように表現しています。 言葉巧みに言いくるめる、じゃないですけど修辞技法にはそういう弁舌という意味での狡猾さがあるように思います。 まあ何が言いたいかというとそんな口八丁の一種である擬人法のそういうところを自覚せずに使ってしまうと非常に鼻もちならないことになりがちなのです。 例えば「貴方のそのフォアグラの一口のためにガチョウが泣いています。」とかいう動物保護団体の人達とか。 私は喫煙者ではありませんが「貴方のその一服のために森の木々が泣いています。」とか言われたら、もし私が喫煙者だったらきっといやらしいものを感じるだろうなと想像できます。 「僕のお父さんは桃太郎という奴に殺されました。」という鬼の子供のポスターとかも厳密には擬人法でしょう。何が言いたいのかはなんとなくわかりますが何かイヤな感じです。 彼らは要は誰かの代弁者を装って自分達の正しいと信じて疑わない正義を相手に押し通す為にこういう表現をしているのです。 懐にするっと入り込める擬人法なら素敵ですが、懐に入り込もうとしている擬人法はイヤです。 泣いているのはガチョウでも木々でもなくお前らだろうと看破された日には。 口がきけないと思って実在しないと思って他人をかさに着て言いたい事を言うなという印象をどうしても受けます。しかも彼らには自分達が嘘を突いているという自覚すらありません。 そんな彼らの歪んだ擬人法の在り方が私をムカつかせるのです。 私には「勝手にお前らだけで泣いていろ」というガチョウや森の木々や鬼の子供の声が聞こえています。って、やってる事が同じだよこれじゃ。ただ、私は自分がウソを突いている自覚はあるので、私のウソは綺麗なウソということで。 話がエロから逸れましたが、擬人化のエロって今では結構定番になっていますね。あれはきっとヘタリアの影響でしょう。 国々を擬人化して楽しい漫画にするという発想も創造者のそれだと思います。 ただ歴史を勉強するだけでは分かりづらいそれぞれの国の相関関係とかも擬人化すると分かりやすいです。 私もヘタリアで、ドイツとイタリアの関係についてとかフランスとイギリスの仲が微妙とか、そういう国同士のあれこれというものを知りました。 そしてそういう擬人化による相関関係の明確化というのはBLカップリングと非常に相性が良いのでしょう。 良いところも悪いところもある擬人化ですが、こうして改めて考えてみるとこれまでよりちょっと好きになったような気がします。悪いのは擬人法を悪趣味な使い方する人達であって、擬人法そのものではありません。 さて、今回はこのあたりで。 次があるならどうしようかな。擬物法にしようか、どうしようか、ちょっと迷っています。 とにかく、次があるならまたよろしくお願いします。それではまたー。


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