悪魔の追想15 先行配信
Added 2019-06-13 17:32:04 +0000 UTC2013年10月28日 その日の放課後も、いつも通りにユニフォームに着替えて体育館を駆けまわっていると、智希は沢山の男子部員に声をかけられた。 「姫ちん先輩っ!お土産食ったぜー。あんがと。」 「せんぱ~い、藤子展行ったんだ。楽しそうだよな~あれ。俺も行こうかな。」 後輩達に明るい声をかけられると、智希の方もすっかりご満悦で何度も何度も頷いていた。 彼らの自分に対する言葉遣いも、智希としてはちょうどいいところに落ち着いていた。 先輩として傅かれるよりも、これぐらいの気安さで接してくれる方が智希の性にも合っている。 「ひーーめちゃんっ…俺もお土産食ったぜ~。姫ちゃんの愛情感じたなー。」 そして、終始変わらない気安さで後ろから抱きすくめてくる似鳥の顎の重量を頭上で感じて、智希は途端に顔を顰めた。 「あっそ。よかったな。」 彼に限っては先輩呼びをする約束もしたはずだったが、そのあたりは既になし崩しにされていた。 ただ、相変わらず似鳥の自分にじゃれつく感じは自分の父親や兄を彷彿とさせるもので、内心で苦笑するくらいの余裕は智希にも生まれていた。 「つーか、姫ちゃん、黒田先輩と遊びに行ったんだ。いーなー。姫ちゃん、今度俺とも遊びに行こうよ~?」 似鳥の明るい発言に智希は殆ど反射的に「何をバカな」と返しそうになったが、よく考えれば後輩と仲良く遊びに行くというのは別に変な事ではない。 似鳥は困った奴だが、別段嫌いな後輩というわけでは無いし。 「んーー、別にいいよー。でも、なんか面白いとこある?」 意外に快い返事を返した智希に、似鳥も色めき立ってみるみるテンションを上げた。 「えーーマジでっ!?それだったら、俺、なんか面白いイベント無いか探しとくよ!!!」 可愛い後輩の盛り上がりぶりに、智希もご機嫌で頷いた。 この間は色々な事情で果たせなかったが、何か楽しいイベントがあるのなら後輩達だけでなく圭輔も誘って、彼らの交流を深める事も出来るのではないかと智希は考えていた。 圭輔にはただ先輩として恐れられるのではなく、やはりどうしても、彼らに慕われてもいてほしい。 今や大好きな親友の事を、智希はそんな風に思っていた。 「あ、そういやさ。さっき姫ちゃんに用があるって奴がそこ立ってたよ。坊主頭の奴が。」 嬉々とした表情で携帯で何か検索していた似鳥が不意に顔を上げて言ったので、智希はぎょっとした。 「先に言えよそういうことは!!」 どこの誰かは全く心当たりは無かったが、慌ててその足で似鳥の指した体育館の入口へと急いだ。 外へ出てきょろきょろとあたりを見回していると、おそらくそれと思われる生徒の姿はすぐ傍に見つかった。 似鳥の言う通り、ひょろりと背の高い坊主頭の男子がこちらと目が合うなり会釈してきた。 雰囲気から一年生である事は察したが、一瞬、野球部だろうかと思いつつやはり見覚えは無い。 「姫原先輩ですよね?あの、僕、村上です。お姉ちゃんから言われて、黒田先輩の電話番号と、アドレスを教えてもらいに来ました。」 姫原先輩、なんて呼んでくれる後輩の存在に一瞬感動しつつも、その先の言葉に軽く仰け反った。 もらいに来ました、と言われても。 いや、それよりも、目の前で自信無さげにこちらの機嫌を伺うようにしているこの後輩が、まさかあの村上愛優美の弟だと? 「いや………ちょっと、待ってよ…。」 ついさっきまで想像もしていなかった相手からのコンタクトに、頭の整理の為の時間を要した。 「どんな事言われてきたのか分かんないけど、おれ、お前のお姉ちゃんとそんな約束してないんだけど…。」 「はい。」 「いや、『はい』じゃなくって~…」 特に意外そうな顔もせずに頷くこの弟に、智希は姉の方とはまた違う何とも言えない不気味なものを感じた。 智希はしばらく唸って考えた後、改めて胸を落ち着けてから話をつづけた。 「だから、おれのならともかく、無断で友達の番号とか、アドレスとか教えらんないの。わかるっしょ?」 これがもし、ごく親しい友人同士のやりとりならば自然に伝えてしまうこともあるかもしれないが、今回は場合が違う。 特に、あの村上愛優美に対して利する理由は智希としては微塵も無かった。 智希だって人の恋路を邪魔するような無粋な人間にはなりたくなかったが、しかしあんな危険人物を大事な友達にわざわざ近づけさせないというのも1つの友情の表れではないだろうか。 けれど、村上弟の方も首を横に振ってさっきよりも少し強めの口調で返してきた。 「でも、そう言われても、ちゃんと教えてもらってこないと、僕もすごく困るんです………。」 そう言われても、というのはそっくりそのまま智希の気持ちでもあったが、相手の言葉には何気に切羽詰まったものが籠っていた。 「手ぶらで帰ったら、またお姉ちゃんにすごく怒られるし…。」 確かに、言いつけを守らなかった弟に対してあの村上がどんな態度に出るかと思うと智希にも若干同情の余地を感じさせた。だがそれとこれとは話は別だ。 それに姉の命令だからと何を考える事も無くロボットのように使いにやってくるこの弟の態度も、智希はおかしいと思った。 「なぁ?れーせーに考えておかしいだろ?なんで姉ちゃんの好きな人の番号ゲットするために弟のお前が、しかも友達のところに聞きに来てるんだよ。断りゃいいじゃん、お前も。」 自分と違って姉と殆ど体格も違わない弟がなぜそんなに従順に従ってるのか理解は出来なかったが、けれどそう言われた弟の態度もやはり芳しいものでは無かった。 「でも、断ったら断ったですごく怒られるし、すごい罰があったりもするし……。」 すごく怒っている村上、というのも想像するだに恐ろしい。すごい罰というのも気にはなった。 ちゃんと自分を主張しないこの弟の様子も智希には好ましくなかったが、大人しそうな彼が姉に強く出られないのも仕方ないのかもしれない、とも思う。 「じゃあ、もうおれが言いに行ってやるよ。言いたい事あるならちゃんと自分で言えって!」 智希とて村上は怖かったが、だからといってそんな村上のいいように大人しく動かされるというのも性に合わない。 「や…っ…やめてください、先輩!!そんな事言ったって聞く耳のある人じゃないのは、先輩だってお姉ちゃんに会ったんなら知ってますよね!」 背を向けた自分に縋りついてくる弟の腕に、情けないが力づくで引き留められてしまっていた。 しかし、それならどうすればいいというのだろう。 智希がすんなりと圭輔の携帯番号とアドレスを教えれば、任務を達成できたこの弟は安心して堂々と家に帰ることが出来るのだろうが、それは智希の立場上絶対に出来ない。 かといってこのまま何も与えずに弟を返せば、かなりの高確率で彼にはすごい罰とやらが待っている。 どう転んでも誰かが不幸になる、八方ふさがりともいえる状況にあった。 「お母さんとかお父さんに言って、あの姉ちゃん何とかしてもらったり出来ないの?」 「だめです………お父さんもお母さんも、基本お姉ちゃんの言う事しか聞いてくれないので…。」 智希が聞くも、やはり良い答えは返ってこなかった。 というか、そんな両親に育てられたからこそあの姉はあんな風に育ってしまったのではないのだろうか。勿論本人の素質もあるにしても。 そして、生まれて10数年間、ずっとそんな家族の元で育ってきた目の前の弟が途端に可哀想に思えてしまって、智希はまたうっかり涙が滲みそうになってしまった。 「じゃあ………こうしよう。おれが直接お前の姉ちゃんに話しに行くって言っとけよ。アドレス教えに行くわけじゃないから、そうは言うなよ?」 「え………でも。」 今度はそこまで否定的ではないまでも、戸惑った顔で自分を見る弟に、智希はにっと笑う。 「まーーー、時間稼ぎみたいなもんだけどな。でも、おれもやっぱり友達は売れないし。お前がひどい目に遭うのもいやだしさ。それであとはなんとかしろよ。」 智希の言葉に、弟はそれ以上は何も言わず、小さく頷くだけだった。 一方、智希はというと一応取り繕った笑顔は浮かべつつ、内心ではため息をついていた。 これでまた、あの村上と関わる用事が出来てしまったと思うと、彼のそんな心境にも無理は無かっただろう。 もうとにかく悩んでいる暇があったら力技でも何でも駆使して乗り切るしかない。 当たって砕けろである。みすみす砕けたくはないが、そういう心持ちでいた。 それから、圭輔のアドレスではないが、自分のアドレスを村上弟と交換してその場は別れることになった。 体育館に戻ると、待ってましたとばかりに、似鳥がウキウキ顔で傍に寄ってきた。 「なーー、姫ちゃーん。藤子展みたいのはないけど、球場跡でスイーツフェスタっての今度やるらしいぜ!?一緒に行かね?」 ウキウキとは程遠い顔色をした智希に対して、似鳥はそれを全く察する気配も無く楽し気なお誘いをかけてくる。 その能天気ぶりが少し癒しをくれつつ、さして思慮深いというわけでもない智希ですらそんな後輩の性質の事を素直に「羨ましい」と感じられたのだった。