悪魔の追想16 先行配信
Added 2019-06-28 14:48:06 +0000 UTC2013年11月2日 最初の出会いから、半ばメル友と化した村上弟を智希が自宅に招いたのはその週の土曜日の事だった。 あの弟から何か実姉攻略の糸口が見つかれば、というような下心はハナから持ち合わせてはいなかったし、実際にそんな情報が得られることも無かった。 ただ、智希は村上弟の境遇が純粋に可哀想に思えてしょうがなかった。 両親にも顧みられず、姉はあの村上愛優美であるというだけで可哀想な要素があまりにも多すぎた。 智希の部屋に入ったとたん、村上弟は目を大きく見開いてただただそこに佇む大きなベッドとか、面白そうな漫画の詰まった本棚とか大きなテレビモニターとかを口を開けたまま両の瞳に映していた。 「え?ここ、先輩一人の部屋なんですか?リビングとかじゃなくて?」 「ち、ちがうよ…っ……ていうか、リビングは下にあっただろ!」 思わず赤くなって、智希は適当にクッションを床に置いてそこに彼を座らせた。 友達を家に入れると大体彼と似たような反応をするので、その度に智希はなぜだか恥ずかしい思いがした。 恵まれている。 智希一人に限らないが、この家の人間を評するのにこれ以上ぴったり来る言葉があるだろうか。 恵まれていることそのものは智希には何の責任も無い事だし、それが当たり前になっているのも彼からすれば仕方のない事ではある。 だが、いざこうして外部の人間の視線に晒されたときにその感想をぶつけられると、智希はなんだか自分がすごく甘やかされたダメなお坊ちゃまの烙印を押されたような気がして、居心地の悪さを感じた。 「いいですね………自分の部屋があるって。」 ため息混じりに出てきた優男の言葉に、智希はさらにえっと声が漏れた。 村上弟の名前は村上優男(まさお)といった。 「お前、自分の部屋無いの?」 智希が尋ねると、優男は軽く小首を傾げた。 「そういうわけじゃないんですけど…ただ、お姉ちゃんが自分のものを置く倉庫が欲しいからって、クローゼットとか段ボールとかを置いてて、そこに僕のベッドが置いてあるだけ…のような。お姉ちゃんが着替える時は、部屋には入れないし。」 「なあ、前から聞きたかったんだけど、お前の姉ちゃんってジャイアンか何か?」 流石に智希からも皮肉交じりの言葉が飛ぶと、優男は頭と両腕をぶんぶんと左右に振った。 「俺もそこまではひどくない」とジャイアンも泣いて怒るという意味かと思いきや、優男の意図はそうではなかった。 「でも、そんなに言う程悪いお姉ちゃんじゃないんですよ。お小遣いだってちゃんと毎月僕の分もどうしても必要な分は渡してくれるし、ご飯の時も、僕が食べるのが遅い時はお皿を交換してくれるし…。」 「もういい。もう聞きたくない。」 気が付けば口から突いて出たその言葉は紛れも無い本心であった。 優男があの姉の元で可哀想な立場にあるということは、今の智希には既に十分すぎるほどよく分かっていた。 だが、かといって彼を今の境遇から救い出す術が無い以上、聞いたところで胸が苦しくなるだけである。 家族や周囲の人間から普通以上に愛されてきた智希からすると、そんな優男の境遇を不憫に思う一方、実感を感じられなかった。 子供の事をそんな風に扱う親がいる事も、弟にそんな仕打ちをする姉の事も、本当の事を言うと信じられない。 たとえ自分が信じられなくとも目の前に存在する以上、そのありのままを受け入れるしかないが。 日頃、人をぬいぐるみかのようにベタベタに可愛がって来る父や兄の事を鬱陶しいなぁ、なんて思う事もあったけど、そんな自分の事を智希は少し反省した。 やはり、自分はあらゆる点で恵まれているのだ。 それがたとえ世間に対して恥ずかしさを感じるほどであっても、その事に感謝の心を持ち続けなければいけない。 「何やってんの?」 用意されたケーキとジュースを目を輝かせて口に運んでいたと思うと、懐から出した小さなメモ帳に何かを書き始めた優男に、智希は怪訝な顔で尋ねた。 「ご馳走になったものとか、人から貰ったものとか、全部お姉ちゃんに報告しないといけないんです。」 それを報告して、一体何がどうなるというのだろう。 なんでそんな事をするのか。 聞きたいようで、聞きたくなかった。ろくでもない答えが返ってくるであろうことは目に見えていた。 「そんなの黙ってりゃ分かんねーだろ!なんでそんなに素直になんでもかんでも従ってんの?」 智希の疑問は当然のものだった。 が、その疑問に対しても優男の顔は、なぜそんな事を聞かれるのかと不思議に思う気持ちを隠せていない。 そんな優男の態度に、智希はため息をついた。 確かに自分は色々恵まれていて、彼は色々恵まれていないのかもしれないが、だからこそ自分が彼に教えられることもある。そんな気がした。 「正直言ってさぁ。今のお前の状態ってなんかおかしいよ。もっと自分の幸せ考えなよ。そんな、家族だからって、なんでもかんでも従ってないでさ。」 そう言って、やはり自分よりも体格の良い後輩の肩を気力を分けるようなつもりで両手で撫でてやると、優男は感情の読み取り辛い、けれど決して悪意や敵意の無い顔でそんな智希の事を見てきた。 「おれに出来ることがあったら、してやるからさ。そりゃ、おれに出来る事なんか、そんな、無いかもだけど。あっ、でも、勉強教えるとかだったら出来るし!こうやって一緒に遊んだりとか、うまいもの食いに行ったりとか。時々だったら、おごってやるし!」 もし自分が優男の姉、ではなく兄だったら、そんなふうにしてやるのにな。 そんな事を思いながら智希は言葉を紡いでいた。 すると、それをじっと聞いていた優男は、どこか寂しそうな笑みを浮かべつつ、俯いて言った。 「姫原先輩が、僕の本当のお兄ちゃんだったら良かったのに。」 心底から湧き出た、という印象の優男のその言葉は、智希のハートをがっちりと掴むのに十分すぎるフレーズであった。 思わずぶるぶると小さな体を震わせた智希は、気が付けば優男の頭をその胸にかき抱いていた 「ホントのお兄ちゃんにはなれないけど、それぐらい仲良くってのは出来るよ。いっぱい仲良くしような。嫌な事吹き飛ばせるくらいにさ。」 今にも坊主頭にキスをしそうなほどの智希の張り切ったスキンシップに、気が付けば優男の方もうっすらと笑みを浮かべていて智希を見上げていた。 その日はお菓子だけでなく2人でゲームもたっぷり楽しんで、安らかで楽しい時間を楽しんだ後、優男は「兄」に手を振って帰宅していった。 きっとおうちに帰った後はまたあの姉や両親と顔を突き合わせるのだろうが、それは自分にはどうしようも出来ない事だ。 それよりも、そんな生活で歪んでしまった優男の感性を少しでも矯正する手伝いがしたい。 智希はすっかり優男の兄になった気分で、彼が帰った後もそんな事を思っていた。