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肉の日の喪女01「喪女の憂鬱」

「ただいまぁ・・・っと」

私は、誰も居ないとわかっている自宅の鍵を開け、そう独り言ちた。


「今回もダメだったぁ・・・」

半年ばかり在籍した会社に出勤するのも、今日で終わり。

有り体に言って、“クビ”だった。


「はぁ~~」

つい、大きな溜め息が漏れる。


・・・グニュ。


「・・・あ」

私の手の中で、鉄製の鍵がグニャリと『U字型』に折れ曲がっていた。


「“また”、やっちゃったぁ・・・」

もう何度目か、わからない。また、大家さんに怒られてしまう。


「ん、っと」

無理矢理、指で戻そうとするも上手く行かず。

鍵の先端が、波を打ったようにグニャグニャ。


「まぁ、いっか」

どうせ盗られる物も、無し。当面は鍵なしで良いだろう、と。

一人暮らしの独身女性らしからぬ思考をしてしまう。


「取り敢えず、晩酌・・・っと」

堅苦しいスーツの上着を脱ぎながら、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。


「無職祝いに、カンパーイ」

一人空しい、乾杯の音頭。


「んっ、んっ。んくっ、くっ・・・ぷはぁっ」

『350ml』缶を一気飲みすると、ホンの数秒で空っぽになる。


私はおもむろに、空き缶の飲み口に中指を掛け、底を親指で押さえる。

そのまま一呼吸で、縦方向にクシャッと“圧縮”した。


あっという間に、厚さ数ミリの“アルミ煎餅”の出来上がり。

こうやって薄く圧縮すれば、『瓶・缶(ゴミの日)』の手間が少なくなるのだ。


「種も、仕掛けも。なーんにも、御座いませ~ん」

誰も居ない、無観客な一人部屋。只一人、喪女な演者が居るだけ。


「・・・なんちゃって」

お道化る様は最早、空しいだけ。何だか、やってて悲しくなって来る。


いわゆる『スプーン曲げ』みたいな、手品をやる高等技術なんて持ってなくて。

テコの原理なんて一切働いていない、万力要らずの純粋な力技。


「だって、ねぇ・・・」

私からすれば、アルミ缶なんて紙細工も同然。

文字通り、“片手間”でパッとやれちゃう。


でも、実は。これでもまだ、手加減していたりする。


以前、缶コーヒーのスチール缶を、両手の平で挟んで圧縮したところ。

厚さ1ミリまで薄くなってしまい、お手製『コンパクトディスク』が完成。


ゴミ出しの時に、『どうやったらこうなるんですか?』と気味悪がられてしまった。



「何を頑張って、“こんなの”着てたんだろ」

私はスーツの下に、男物のワイシャツを着ていた。

全く可愛げのないデザインで、サイズは【XL】。


私の身長は、一般的な成人女性の平均より少し高い、『170cm』。

それでも、女物のブラウスは入る・・・と思っていた。社会人になるまで、は。


「どうして、“こう”なんだろ・・・」

ビールを飲み干して、手持ち無沙汰になった右手を握り込み。

肩の高さで、右腕をグググ・・・と折り曲げて行く。


「・・・ん」

少し“力(リキ)む”とグモモッ、とワイシャツの袖が急に膨らみ始め。


「・・・んぅっ」

そこから更に力を籠めるとモリリィッ、と砲丸と見紛うような大きな力瘤が盛り上がり・・・。


・・・ビッ、ビリィッ!


袖を引き裂きながら、ゴツゴツとした上腕二頭筋が姿を現した。


「女の腕・・・じゃ、ないよねぇ」

一見すると女性的な太さの上腕にドンッ、と砲丸が乗ったような状態。

男物とは言え、伸縮性の乏しいワイシャツでは抑え切れる筈もなく。


「何か、普通に脱ぐの面倒になって来た・・・」

正装勤務の会社だったので、仕方なく着ていたスーツにワイシャツ。

私が“その気”になれば、脱ぐという動作なんて必要ない。


「こう、かな・・・?」

昔、テレビか何かで観たボディビルダーを思い出し、『ポーズ』を真似る。


身体の前で両腕を『くの字』に曲げて、力を籠める。

首から背中に掛けて、一気に力を開放するイメージ。


「んんぅっ!」

首(僧帽筋)から背中(広背筋)に掛けての筋肉が、地殻変動した地面のようにモリィッと隆起。

私の背中は一回りどころか、二回りは大きくなり。


・・・ビリ、ビリビリリィッ!!


と、ワイシャツの背面を完全に弾き飛ばしてしまった。


「こんな事出来たって、何の得にもならないよね・・・」

二十代も半ばを過ぎた喪女による、秘技。


『筋肉シャツ破り』。


履歴書の特技欄に書こうものなら、引かれるか、気味悪がられるかのどちらか。

サーカスか雑技団を紹介されそう。今なら、動画配信者って線もあるのかな。


「単純に筋肉が凄いってだけなら、まだマシだったんだけどなぁ」

筋肉が凄いのは、あくまで間接的な原因。

会社を“クビ”になった直接の理由は、『備品の壊し過ぎ』だった。


意識せず、鉄製の鍵を圧し折り。

一瞬で、空き缶をペシャンコにする怪力。


それは、職場でも如何なく発揮された。

・・・いや、されてしまった。


ボールペンを圧し折るなんて、日常茶飯事。

職場のエアコン操作を頼まれ、リモコンをグシャッと握り潰す。


パソコンのキーボードを指で貫き、マウスもリモコン同様に破壊。

デスクの引き出しを開け閉めするだけで、拉(ひしゃ)げさせ開かなくなる始末。


「幾ら、筋肉女だからって、何も“こんな日”にクビにしなくっても良いじゃない」

『XX月29日』付けで、退職。飲食業界で俗に言う、【肉の日】。

勿論、語呂合わせで辞めさせられた訳じゃないんだけども。



「まあ、実家(ウチ)でも同じ事やってたんだから、しゃーないか」

職場環境だけでそうなっていたかというと、実はそうではなく。


そもそも、日常生活でやれていなかった。

それをいざ、会社でやれるかと言えば、まあ出来る訳がない。


「お父さんと、お母さん。元気でやってるかな」

私の両親は、今も健在。

実家で何不自由なく、普通に暮らしている。


ウチの両親は肉体労働に従事していたりとか、そういった事はなく。

親戚やご先祖様に至るまで、体格や身体的に秀でた者が居た、という話も聞いた事がない。


「何で、私だけが・・・」

一人っ子なので、蝶よ花よと育てられてはいたんだけど。


箪笥を壊し、畳を踏み抜き。引き戸は、粉砕。

木造家屋な一軒家での生活が、私に出来ないのは明白だった。


「可愛い一人娘を、単身で行かせるってどうなの」

そう、両親に問い質すも。『お前なら大丈夫』と太鼓判を押される始末。


『賃貸マンション』とは名ばかりの、六畳プラスキッチンにユニットバス。

そんな、現代社会の牢獄のような箱部屋に、私は放り出されたのだった。

Comments

感想、ありがとうございます。 社会人モノは久しく書いてなかったので、ゆるい感じで書いて行こうと思っています。 成長要素は、他作品と被らない程度に描く予定です。

デアカルテ

更新お疲れ様です。 筋肉先生が好きだったので、社会人筋肉娘とても楽しみです。 勘違いした男性に力を魅せつけたりするのでしょうか… 筋肉成長のタグも有るので更なる成長も期待しています。

okita


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