赤黒い迷宮結界内を、二匹の妖怪が特攻していた。 一人は、地面を走る人狼の妖怪、ワーフム。 もう一人は、ワーフムの頭ぐらいの高さで並走して跳んでいる、カラス妖怪のカーラだ。 「もう少しでこの階層のラストだよ」 遠くをやや見据えて、カーラがそう語る。 「分かった!ここを越えれば、ふうわねえやんが落ちた階層だね!」 ワーフムはうんと頷き返した。 もう少しだ、今回の目的である、ふうわが失踪した階層にたどり着く。 ふと、前方に何かが降りたつのが見えた。 赤黒い暗闇から現れたのは、この迷宮結界付属の使い魔だ。 巨大なビール瓶にまるで蛇のようにワイングラスが連なる者。 大人並のヴァイオリンに6つもの弓が連なる者。 それぞれが、番人のように二人の前に立ちはだかったのだ。 「また使い魔だ!」 「うぅ、まただね!」 立ち止まり、構えを取った二人に対し。まず、巨大ヴァイオリンは弓を上から振り下ろしてきた。 「来たよ!」 ヴァン!と弓がきしむ音が響き渡る。二人は左右それぞれに跳び避けた。 「くぅっ!元ネタあるんなら、丁寧にその体使え!」 ワーフムが敵に対し歯を食いしばる。 しかし、それに対し使い魔達はなんの恥も悔やみも無いようだ。 そのまま、グラスの蛇がガラスをきしませる嫌な音を放ちつつ、カーラに向かって飛んでいく。 「ひにゃぁっ!!」 苦虫を潰したような顔で、カーラは耳を抑えた。 目さえも閉じそうなところを、半目で敵を見据える。 「使い魔は使い魔。この人たちにしちゃ、当たり前の生き方なんでしょ!」 相槌をしたところで、カーラの周囲にグラスがとぐろを瞬時に巻いた。 「りゃっ!」 それがなんだと言わんばかりに、カーラは空へ飛びあがった。 そして、とんぼ返りにとぐろの外側へ急降下着地をすると、蛇に向き直った。 「すきありっ!」 指を鉄砲のような構えをとる。その手の先端には、焦げ茶色の、自分の羽が妖力を放ちながら備わっている。 「羽鉄砲!!」 ジャンッ!!!空気を無理やり切り裂いたような音とともに、うっすらとソニックブーム周囲に散った。 羽はきりもみ回転をしながら真っすぐと飛び、グラス蛇の体であるワイングラスを、ドリルのように彫り込んで貫通した。 「キャキャキャキャ!!」 悲鳴なのかどうなのか、ガラスがつんざける声が響いた。 「んげぇっ!!…っつー、やった…!!」 よっしゃ!とガッツポーズをカーラは取った。 「うらっ!うらうらうら!!」 一方ワーフムは、両腕の外側に自分のメイン武器たる、ムーンカッターを装着していた。 そして、まるでカマキリの鎌のようにそれを構えると。自在に振りかざしてくる、巨大ヴァイオリンの6つの弓をはじき返していた。 8の字を描くように体を揺らし、それぞれの弓を弾く。 そして、弓とムーンカッターが触れた瞬間に、若干ムーンカッターを滑らせていた。 次第に包丁の要領で弓の糸はぱつん、パツンと少しずつ切れていく。 やがて、最後の一撃と言ったところで。巨大ヴァイオリンは自分の6つの弓の糸が全部斬れていることに気づき、ぎょっとひるんだ。 「お失礼!!」 その隙をワーフムは逃がさない。瞬時に間合いをヴァイオリンの懐へステップで踏み込む。 「うーらぁぁぁぁああ!!!」 そして、まず勢いよく自分の巨大な尻尾を横回転する。 尻尾と共に勢いがついて、そのまま遠心力と自分の踏み込みをもって、ムーンカッターを相手の懐へ横切りした。 「ガォァッ!!!」 木が無理やりに切断された音。そして、使い魔はあっという間にその胴体を真っ二つになり、地面に大きな音を立てて崩れ落ちた。 「ふぅ…。ワーフムだって、ねえやんには負けるけど、やれるのです!」 腕の内側で、前髪を切らないように額の汗をぬぐった。 「こっちは終わったよ、カーラー!」 一呼吸を済ませ、相棒の方を振り向いた。 「だいじょーぶ!お腹に一発いれて、まっぷたつよー」 ぴょんぴょんっと跳ねて、元気であることを示しつつ、カーラは反応した。 「あっはっは。無事そうでよかったー」 尻尾をパタパタと振るって、安堵する。 「二人とも、相手を真っ二つにするやり方とはねー。あはは、私たち戦い方も似てきたのか、なっ…」 ニコニコと勝てたことを喜んでいたワーフムであったが、一瞬にしてその表情は険しくなった。 カーラの背後で、ワイングラスの蛇がピクリと動いたのだ。 「そうかもねー。また、二人で空から戦うやり方も、わたしやりたいかなー」 「カーラ!そいつ生きてる!!!」 喉が切れそうなほどに、ワーフムは大きな声で叫んだ。 しかし、その瞬間。グラス蛇はバネのように跳び上がり、カーラに巻き付いた。 「グアッ!!!!」 肺を叩かれた枯れた声が出た。カーラはワイングラスが局所的に体を締め付ける痛みに耐えながらも、羽を動かして逃げようとする。 しかし、逃げれない。既に羽までもが拘束されて脱出もままならなくなっていた。 「カーラ!!」 ワーフムが急いで走りだす。 「なんで…。私、たしかにグラスを一つ、砕いたよ……」 苦しむ中、端に何かが見える。 カーラはそれを見て驚いた。 割れたワイングラスだ。 そして、その中心には、ガラスにネジのようにねじ込むことで、ヒビをいれて食い込んでいる自分の羽が見えた。 「さっきの…。そっか、自切、か…。体の途中を捨てて、無事なところでそのまま活動できるんだ。 あはは…。使い魔って、ほんと自由自在…」 「しっかり!カーラ!!」 目の前にワーフムが来た。 急いでカーラを助けようと跳びこむが、視線の先に何かが現れる。 「うっ、グラス!?」 目の前にグラスが浮遊しながら立ちはばかった。 見てみれば、蛇のしっぽの方からどんどんワイングラスが離れて宙に浮き、こちらにやってくる。 そして、目の前のワイングラスの中に、まるで葡萄酒のような色をした何かの液体が充填されていく。 「!やばいっ!!」 危機を察知したワーフムは横へ跳ぶ。 瞬間、グラスから液体が発射され、地面に付着した。 「!!うぁっ」 振り向いてみれば、付着した地面は。なにかへにゃっと歪んでいるようであった。 沼のようにも見えるが、さきほどまでそこがぬかるんでいた覚えは、ワーフムには無い。 「…まさか、付着したものを溶かすの!?醗酵…とは、違うけど。それこそ、ワインの中身…みたいに」 そこでワーフムはハッとした。 振り向いてみると、蛇の先端である、巨大ワインボトルの『栓』がポンッと抜けた。 「!!カーラ!!!」 トローリと、ワインのボトルから粘性の物が垂れてくる。 「きゃっ!ひゃぁあ!!」 カーラもやばいと感じ、青ざめて体を逸らす。 しかし、ほぼ動けないが故、それは左肩に垂れた。 触れたとたん、痛みが無いのに左肩が粘体の重力のままにへにゃりと溶けた。 「ああぁ、あうあああぁぁ!!!ワーフムー!!!」 このままだと自分は溶かされる。おそらく、ワインかなにかに変えられて、この使い魔に瓶詰めにされる。 そう恐怖を感じたカーラは、ワーフムに必死に助けを求めた。 「待って!今行くから!!わっ、このっ…!!」 しかし、行こうにもグラス蛇に触れるには、その方向にワイングラスがあまりにも飛びすぎている。 おまけに、どれもがワーフムをワインに作り替えようと、変化液を溜めては放ってくる。 必死によけるので精一杯だ。カーラまでいけない。 「くそぅ!このぉ!!!」 ブンッ、と音を立てて今度は腕に付いていないムーンカッターを手元に作った。 そして、それを勢いよく投げつける。 しかし、ワイングラスたちはそれをひょいっとよけると、ムーンカッターは赤黒い暗闇へと消えていった。 「外したっ!!カーラ!待てっ!目の前なのに!!カーラ!!」 「うでが!ぜんぶ!!ひぃっ!足まで!!きゃあぁぁぁぁ!!!!」 普段からは出ないほどに、カーラは怯えた悲鳴をあげた。 左腕は溶け切り、左足のふとももに触れだしたのだ。 なんとも言えない、深いワインの香りが辺りに充満し始めるが。その美味しそうな匂いが、他でも無い自分自身だと思うと。カーラの恐怖心を更にあおるのだ。 そして、その瞬間にワーフムはワイングラスを超えれてない。結果は見えているようだった。 「だめっ!カーラ!!!!」 ワーフムは涙ぐみながら、カーラに手を伸ばした。 「ーーーなんてねっ!!」 瞬間、涙ぐんでいたワーフムの目は強くにらみ、ニカッと歯を食いしばった。 カーラに向けて伸ばしていた手を、くいっと横を指さすようにスナップする。 「いまだ!!」 そう言った瞬間。ワーフムの位置からグラス蛇の向こう。 遠い暗がりから、ムーンカッターが弧を描いて飛んできた。 ガリィ!! 「!!」 厚いガラスに刃物が刺さった音がした。 グラス蛇の大きな頭に、横からムーンカッターが刺さった。 ボォォォォと水面で声をあげたかのような音が鳴り、ワイングラス一つ一つがふらつきながら地面へ落下していく。 即座に、ワーフムはワイングラスたちを飛び越えると、カーラの元にたどり着いた。 「助けに来たよ」 そう言うと、弱りつつあるとぐろをこじ開け、カーラを抱き上げるとワーフムは大きくジャンプし、グラス蛇から脱出した。 そして、グラス蛇はすべての体が地面に伏し、そして動かなくなった。 「っと。ふぅ……いやぁ、ぎりぎり…だったのかな…」 しゅんっと耳を垂らし、息をつくワーフム。 目をカーラの腕に向けると。左肩はワインまみれになって溶けていた。 そして、左足も少しだけ表面が溶けているようだった。 「う、ううぅ…ワーフム~~!!」 ほっとした顔の後、カーラは涙ぐんでワーフムの胸元に顔を押し当てた。 普段より弱い力だが、残った腕でワーフムを強く抱き寄せる。 「わゃっ!おおぉ、ごめんねカーラ…。少し遅くて…」 「違うよぉ、怖かったぁ~…」 よしよしと撫でつつ、微かにだけワーフムの口元が緩んだ。 先ほどまで居たところを見ると、グラス蛇は色濃い蒸気を出しつつ、微動だにしていない。 この場は、勝った。カーラを守れたのだ。 そう、頷いた。 「大丈夫?カーラ…立てそう?」 「うん…。なん、とか…?」 少しよろめきつつも、歩いて見せるカーラ。 「けど、羽もぼろぼろになっちゃって、飛ぶことも難しそうかな…。 妖力は残ってるから、次の階層だけ休んだら。いくらかは体も戻せそう」 「そっか。次の階層がラストで助かったね…。ここから帰り道までなら、どうにかなりそうだ」 「うん。行こう!次の階に、いなくなったワーフムの姉さんもいるはずだから、ね?」 「…だね。ふうわねえやん…」 うなづくと、二人は進んだ。 「…助けてくれてありがとう、ワーフム」 そう、カーラが言いつつ。 次の階層へ行ってみると、そこはいくつもの部屋が連なっているようなブロック状の空間だった。 どれもがバーの一室のようで、風情ある木造のバーに、あちこちにワインやおしゃれなメイドドレスが飾られている。 「わぁ…どこもバーばかりだね…」 「うん…。酒場が大好きな妖怪とかが作ったのかな、ここ」 「分からない…。私たちが知ってる限りでは、ムツハさんぐらいだけど」 「うーん…。ムツハは、お皿かツボぐらいにしか興味ないと思う」 「だよねぇ。じゃあ、私たちの知らない妖怪が作ったのか」 そう談笑をしつつも、警戒しながら周囲を見渡していく。 そう、ここの階層で数日前に、ワーフムの姉である守猫風羽が失踪したのだ。 彼女を化かし合いの拘束期間前に救助するのが、今回の目標なのだ。 再認識をすると、もう一度バーの奥にある扉に手を掛け、潜り抜けた。 「……あ」 向こうの部屋が少し見えたところで、ワーフムは止まった。 「ワーフム?」 急に止まったワーフムに、カーラは首をかしげる。 のぞきこもうとして左側の壁を支えにしようとしたが、左腕が無いことを忘れていて、少し転ぶ。 慌てて、右腕でワーフムの肩を掴み立ちなおす。 「…………ひゃっ!?」 思わず、肩越しに見えた長めに目を見開いた。 円状の木造テーブルにたくさん積まれた鮮やかなドレスたち。 そして、その先にあるバーカウンターに、一つのものが腰かけていた。 「……ねえやん…」 それは、守猫風羽だった。 しかし、その姿は完全にマネキンと化しており。衣服も全部剥ぎ取られて、壁にもたれかかっていた。