ポタ、ポタポタポタ。 ギツクモを狩りに来たはずなのに、メリーは水滴を聞いていた。 自分の胸から水玉のようにさえ思えるとろみある液体が絶え間なくにじみ出ているのだ。 「…ぅ…ぁ……」 ケーゼのギツクモ狩りの実績がうらやましく、自分も新入りの魔女として早く先輩に追いつきたい一心で来たのだが、結果はこの通りだった。 今、メリーは小さな球体上の壺に体を圧縮され、レディポットに変えられてしまったのだ。 おまけに、ギツクモはまるで物であった時必要だったものを覚えているかのように、メリーの体内にある魔力を甘味あるミルクに変化させては、彼女自身の乳から搾り取っているのだ。 「も、もう勘弁してぇ。こわい、こわいよ…ケーゼ…たすけて…」 憧れの先輩の名前をあげる。 しかし、それに答える者は居なかった。 じゅるり。 何かが這う音が聞こえたかと思えば、チューブがテーブルの下から現れた。 「ひっ!でたぁ!!」 涙ぐんだ声も青ざめた物に変わる。 テーブルの下にはドリンクサーバーらしい装置があった。下部の給水口にあるチューブが伸びてきているのだ。 それがレディーポットの両方の乳首に吸い付く。 すると、乳首は吸われるがままに吸い付いた中の真空を満たそうと、内部のミルクをこれでもかとちゅぽちゅぽと外に吐き出した。 「ああぁぁぁぁ!!!!」 苦しい悲鳴にまでなった声が響く。そして、暗闇に反するようにチューブは白い液体が一本の線をひいていく。 そして、コポコポという音と共にドリンクサーバー上部のタンク内は真っ白なミルクが溜まるのだった。 「もういやぁぁぁ!!!うあぁぁあああ!!!」 人間であるメリーには、もう精神面で限界が達していた。 もう、精神が焼き切れる頃合いだ。 そのとたん、カフェの裏口のほうから、大きく床を打ったような音が鳴り響いた。 それは、力いっぱい地面を蹴りこみ、跳躍した音だった。 「御皿舞踊!!」 そういって、飛び込んできた女性。カフェの従業員たる付喪神、彼岸六葉は皿を散弾的に投げた。 フリスビーのように回る皿は、地面に振り落ちると。割れることなくそのまま地面をホバーした。 「ギィィィィグォォグァ!」 ドリンクサーバーはうなる、給水口からさらに何本かのチューブを伸ばすと、皿達を破壊しようと突き刺し始める。 「にゃあぁぁ!」 ムツハの額の小皿が淡く紫色に光る。 それに伴い、地面を低空飛行する皿たちは、意思を持ったように慣性を見せつつチューブをよけていった。 そして、キッとドリンクサーバーをムツハが睨む。 回避行動を取っていた皿たちは一斉にドリンクサーバーへ突進を始めた。 ガシャンガシャァガシャガシャガシャン!!! それは紛れもない特攻攻撃。皿たちは自分の破壊を顧みずにドリンクサーバーへと突撃し、並みの皿以上の衝撃をギツクモに与えていく。 「ガーガガガガァカ~~~!!!!」 筐体が大きくひしゃげ、ギツクモはたまらずテーブルに下から勢いよくぶつかった。 ちゅぽっ、と大きな音を立ててメリーの両方の乳首からチューブが外れる。 そして、空中でレディポットは舞った。 「ぁ、ぁぁー…ぁ…」 このまま、地面に落ちて割れて死ぬ。そう感じてメリーは恐怖の悲鳴を上げようとするが、それも掠れたものしか出なかった。 「あぶないにゃっ!」 ムツハがもう一度ジャンプをし、メリーを胸元に抱きかかえた。 ジワリと、メリーの胸がムツハの胸に押しつぶされたことからミルクが絞り出され、ムツハのメイド服を白く汚してしまう。 しかし、ムツハは顔色を変えずに落ち着いて着地した。 「もう大丈夫にゃ。 怖かったね」 優しく、メリーの頭を撫でた。 その後ろで、ギツクモがボロボロな体をチューブで支え、立ち上がる。 「仕上げどころね…ここにいて」 メリーを近くのカウンターに置くと、ムツハはゆっくりと振り返った。 そして、ゆっくりとギツクモへ歩いていく。それに対し、ギツクモは新しいレディポットを作り自分の栄養にしようと、容赦なくチューブを刺しに来た。 「…………」 飛んできたチューブに対し、ムツハは、静かに手でつかみ取った。 肌を刺す直前で、それぞれのチューブが止まる。 やがて、ムツハの手のうちから、なんとそれらのチューブが全てドロリと溶けた。 「ガッガガガガガガ」 稼働音のようなものしかあげないギツクモも、驚きの声をあげる。 「うちは、皿の付喪神のムツハにゃ。 得意な化かし技は、人を粘土にすることと、粘土を陶器に変質させることにゃ。 …骨董を作るのが好きにゃ」 自分の好きを語りつつ、ギツクモの目の前まで来た。 しかし、そう語るムツハの顔はどう見てもうれしさの欠片はなかった。 「……うちの技が効く、ってことは。おまえさんたちも、魂ある妖怪に近いはずなんだけどね…」 そして、抵抗する技も残っていないギツクモに。両手を押し当てた。 まるで首を絞めるかのような動作だった。 「…ごめんなさい。同族として、本当にごめんなさい…。 ちょっと生まれ方が違っただけなのに、ごめん、なさい…」 ムツハはそこから先は言葉を出さなかった。 絞める手の力を強め、ぐちゃっと、ドリンクサーバーの筐体をひしゃげた。 そこからは、ゆっくりと渦を作るように両腕で筐体だった粘土をかき混ぜていく。ぐるぐるぐるぐると、複数の色が渦を巻いて収束していき、やがて全部が濁った。 喫茶店に入ってくる月の光が、ムツハの影をゆっくりと横へずらしていく。 そうしてしばらくの時間が経ち、そこにはかつてギツクモだった濁った粘土ボールが転がっているだけだった。 「…………討伐、完了にゃ」 こくりと、ムツハは立ってうなづいた。 「…さて、こっちの子にゃ。 人間、たぶん魔女かにゃ」 レディポットをひょいっと持ち上げる。 「これは…。こねて変化させたのとは、わけが違う変化だにゃぁ…。 ちょっと恥ずかしい目に合わせちゃうかもしれないけど、ふうわのところに連れていくかにゃ…。 まっててにゃ、すぐに戻してあげるからにゃ」 そういって、ムツハは店のタオルでメリーを優しくくるむと、そのままカフェの裏口から出て行った。 ムツハは、人間が好きだ。 割れやすい皿なのにこうして妖怪として生まれ変われて、綺麗な姿を保てていることに、自分を生かしてくれた人がいることが頭の中をめぐっている。 それゆえに、たとえ同族でも、言葉も交わせずに習性的に人を喰らうギツクモたちとは、どうしても戦うしかなかった。 戦ってでも大事にしたいものが、ムツハにはあった。