魔導書連盟の講習帰りに、メリーはショッピングモールに来ていた。 連盟はなかなか良い。ただ魔女同士が互いに息の根まで止めない為の安全保障連合かと一時期は思ったが、内部には互いの研究の協力依頼、何かを実行したい時期に化かし合い等の襲撃を受けないため護衛依頼など。思いの他仕事の方も充実している。 魔女としては、まだまだ人間の域を脱っせれてない新米のメリーだが、学生としては十分ぐらいのお小遣いは稼げていた。 「ふっふふーん…♪連盟様々ね、実力さえあればどんどん稼ぎ口が手に入っちゃうんだから」 調子良し紛れに鼻歌を歌いだす。 と、そうしているところで、その気分の良さにさらに拍車をかけたくなった。 気分を良くするにはどこへ行けばいい? そう思ったところ、横手にアイスクリームショップがあるのを見つけた。 「ちょうど良さそうね…。 ケーゼ先輩にすがるのもいいけど、あの人に頼むと逆に食われそうだからなぁ…」 ケーゼは信頼できない。内心メリーはそう思っていた。 なので、遠慮なくアイスショップのゲートを開き、内部へ入った。 「っえ」 と、入ったところで動きを固めた。 「ああ。あんたは、新入りの」 「……蛇楽?」 メリーは入ってぎょっとした。 見せに入ってすぐのテーブル席で、灰色のビジネススーツに身をつつんだ蛇楽が、ノートパソコンを開きつつ座って居たのだった。 「じ、蛇楽先輩。就職してたんですか!?」 「ごほっ」 アイスクリームでむせたのか、蛇楽がせきこんだ。 「魔女なら、全員無職だとでも思ったのか…」 「いえ、意外だったので」 「はぁ…。こう見えても私は、そこの図書館で司書をやってる」 と言いつつ、壁の方を親指で指した。 そっちの方向ってたしか。メリーは思い返してみると、魔女に深入りする前はよく行っていた。美倉町有数の大きな図書館だった。 「はえぇ…。知ってるとこです。 じゃあ、私って昔から蛇楽さんと会ってた?」 「かもしれないなぁ…」 「私の髪、緑色になったの最近ですしね…」 昔から会っていたかもしれないというのにもメリーは結構驚いたが。 それよりも、妖怪や魔女の中でもひと際シュールなスク水もどきの蛇腹ブーツ姿で魔女をやっている蛇楽が、表社会ではビジネススーツを着ていることの方が驚いた。 「あの、普段のあの魔女服って」 気になって、話の脈絡を砕いて尋ねてしまう。 「あれ? 私の趣味だが」 メリーは口を閉じた。ただなるほどと小さく頷くことにした。 もしかすると、蛇楽は冷静なように見えて、結構ストレスを抱えやすく。それの発散の仕方が下手なのかもしれなかった。 「お待たせしました。ソーダのカップ、ダブルになります」 店員がアイスをもってテーブルにやってくる。 「せっかくだし、奢りにしといてあげるよ」 「えっ、ありがとうございます」 メリーは一礼をすると、シャクっとアイスを口に運んだ。 仕事終わりの癒しか。その冷たさとクールな甘さは、よく口の中に染み渡る。 「たまには、人じゃないお菓子もいいですね」 「そうだな。誰かが素体のお菓子は、どうも意識が跳びそうな中毒性があるからな……。口に出しておいてなんだが、なんかやばい会話だな」 「ですねぇ。 …そういえば」 「ん?」 「ケーゼ先輩も、表社会で仕事とか持ってるんですか?」 ふと、先ほどからちらちらと浮上するお菓子の魔女、ケーゼの事を話題に出してみた。 ケーゼとしょっちゅう一緒の蛇楽なら、普段の彼女も知ってるだろう。 そう軽い気持ちで聞いたのだが、蛇楽はうーんと口に手を当てた。 「ケーゼかぁ。ケーゼなぁ……」 「ほえ?」 「すまんが、よくわからない…。あいつが日中どんな生活をしてるかはよく知らないんだ」 「なんと」 意外。メリーはそう思った。 「あいつは、私やメリーとは違って。 もうすでに、何十年も年を重ねてる古い魔女だからな…」 ノートPCをパチパチと打ちながら、いぶかしげに目を伏せる。 「ここの町は。妖怪たちに魔女、どちらともが人間社会にむしろ混ざりこめるように。社会的な書類の作成とかを行っている。住民票にマイナンバー、その他もろもろ」 ガラッとノートPCをメリー側に回すと。そこには見たことない名前のブラウザで、妖怪、魔女用の住民票申請案内が表示されている。 「こんなのが」 「そう。だからケーゼも社会的に活動できるはずなんだ。 だが…うちが知る限りは、町中の空きペナントを、住処用に購入するのに申請したぐらいだ。 それ以降、あいつは表社会のやりとりをやってないさ」 メリーは肩をすくめた。 「じゃあ、謎なんですね」 「ああ。 もしかすると、どっかで働いてたりするのかもしれんが。実質は、完全に魔女として裏方に生きてるんだろうな」 蛇楽はそこだけはハッキリと、首を頷いた。 メリーは少し天井を仰いだ。 「……どんな、気分なんだろうなぁ…」 少し想像がつかない。何十年も魔女として生きているという。おそらく自分も蛇楽も、行くべきだろう先の事が。 人の寿命も外れて生きるとなれば、知り合いも友人も、みんなと生きている時間がずれて。完全に切れることになるのだ。 それはもう、一人ぼっちにも近いかもしれない世界。 なぜ生きているのか、生きる目的を自分に定期付けないといけない世界。 そこに広がる、空白を想像することは、まだ自分には遠かった。 「……メリー。アイス溶けるぞ」 「あっ」 はっと意識が戻る。気が付いてみれば、球体のアイスは、カップ底に軽い水たまりを作り始めていた。 「とと、あぶないあぶない」 「ま、あいつはもうベテランさんだ。私たちが気にしなくても、もう当たり前なんだろう」 と、蛇楽は一瞬目線を逸らしたのを。メリーは見た。 「?…ええ」 「あ、お客様。 大丈夫ですか?」 と、ふと店の従業員が駆け寄ってきた。 「へっ?」 「ん?」 蛇楽はノートPCをパチパチと打ちながら答えた。 振り返ったメリーなのだが、ぎょっと目を見開いて固まっている。 「カップですよ、そちらのお客様の。 まだ食べきれてませんのに、溶けちゃって…」 蛇楽は眉を八の字にして首を傾げた。 「何を言ってるか分かりませんが。 そんなことで客の前に………はっ?」 話の素っ頓狂さにいぶかしげに思った蛇楽は顔をあげた。 そして、従業員と目が合ったところで硬直した。 「新しいアイスと、交換いたしますよ?お二人さん」 そこには、手を合わせて魔法を構えていた。ウエイトレス姿のケーゼが居た。 「け、ケー!!」 声を叫び終わる前に、二人はあっという間に閃光に包まれた。 「ふふふ…お二方が、アイスの代わりになります」 ケーゼは両手に持っているアイスをすり寄せていた。 目の前のテーブルはノートPCだけを残し、他に誰も居ない。 手の内には、緑色のアイスになった蛇楽と、紫色のアイスになったメリーが胸を押し付け合わされていた。 「いやー、蛇楽が最近ここを昼休みに使ってるってわかってさー。ちょっと驚かそうって思って、バイト入っていたのよー。いやー大当たり、楽しい」 そう言いながら。ノートPCを脇に抱え、店の裏方へと歩いていく。 「時間なので、休憩入りまーす。 ふふ、メリーちゃんも。実行の日に来ちゃうなんて当たりねぇ。さらに当たり…」 ペロッとその頭をなめると、ケーゼは恍惚とした顔をした。 「はぁ…この味が最高」 夏の昼下がり。 仕事疲れで休憩をとりに来ていた魔女二人は、別の魔女の休憩時間のおやつになったのだった。