子供の頃は雰囲気のことをふんいきではなくふいんきって発音する知人に戸惑っていた。大人になった今では、口語では発音しづらいなどの理由で洗濯機がせんたくきではなくせんたっきと発音されたりと、言葉というのはその時代の人々の生活に馴染んで変化していくものだということがわかるのだけど、当時はふいんきと発する知人を強く不思議におもっていた。
もうひとつ印象深い知人の言葉があった。その知人と2人でドラゴンクエストに興じている際、「パーティーにそりょう入れたほうがいいよね」と知人は発した。
そりょう。
そりょう。僧侶のことだ。小学生だった自分でも僧侶の漢字は頭に浮かんでいたので、僧と侶だ。そりょう?と激しい混乱に陥る。知人の世界では、そうりょ界No.2である栄耀栄華を極めた「う」が最下位に降格している激動の時代変革が起きてしまっている。ふいんきのNo.2とNo.3のような些末な下剋上などではない。
おそるおそる「そうりょじゃない?」と質問をすると、知人はそりょうの方が言いやすいと居丈高に言い放った。そんなのありなのだろうか?じゃあ、ゆしゃう、せしん、そりょう、まうほついかのメバーンを組んでしまってもいいのだろうか?ミユーレをそりょうにしたり、ババーラをおりどこにしてアスタムーデを倒てししまっていいのだろうか?
ちなみのその知人はそれより以前にクラスメイトの子が図工の時間にドアなどに飾るプレート制作上でのテキストで「ゲーム中」を「ゲム中」って誤字をおかしてしまったのを日がな「ゲ・ム・中!ゲ・ム・中!」と欣喜雀躍の大騒ぎで音頭をとって一人でいじっていた。自分はいじられていた子のためにも「そ・りょ・う!そ・りょ・う!」と音頭をとっていじるべきだったのだろうか。
ASTR
2022-10-16 04:25:14 +0000 UTC夜や昼や
2022-10-16 04:18:05 +0000 UTC