SamuZai
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百合初心者オタクだし百合映画見よう

お世話になっております。


商業漫画の原稿が一区切りつきました!頑張った!がんばったな!!


ただ気合を入れて百合を描きすぎて百合とはいったい何なのか?状態になったので百合映画を観ました。素人の簡単な感想と創作に活かすためのヒントをもらったので記録として日記をつけました。


日本では2015年上映された「キャロル」です。

youtube post: 5y2sv3SSJqs

この映画を選んだ理由は、百合好きの友人がこの作品に特筆した美点を感じなかったというのと、私も観た時の記憶がおぼろげだったのですが、百合好きの間では好評だったような…と軽い気持ちで観ました。


結果的に、「今」観返して大正解でした。個人的にはオールタイムベスト級かもしれません。ここから下の文章はすべてキャロル及び作者のパトリシア・ハイスミス氏のエピソードがえぐいという布教です。


【一本の映画として】

この映画に特筆した美点が感じられないという友人の気持ちもわかる気がしました。この映画は五角形すべて満たされた綺麗すぎるまとまり方をしているためだと思います。女優さんの華やかさが浮かない土台の強さ。

あらすじは予告編とか見てください。とにかく顔がいい人妻と可愛い天使が息をするのも忘れるというか、新体操の技を決めるがごとく芸術点高めな映像で恋に落ちていく話です。


■勉強になった点

・王道は最強!

物語の筋が王道で、演出も一つ一つ丁寧で勉強になります。

一目ぼれのシーンはケイト・ブランシェット様祭りです。ルーニー・マーラじゃなかったら塵になってる。

目を奪われたと思ったらあちらもこちらを見た、たちまち虜になってしまった、彼女を見送った後忘れ物の手袋をどうしよう…というシーンで警告音がジリリリ!と鳴るのは、いかにも恋に落ちてしまった?と混乱から覚めるための表現で漫画チックです。

王道過ぎて陳腐に見えてしまいそうなシーンを一つ一つ、何の衒いもなく丁寧にやることこそ最強!と見せつけられている感じだ…ボディーに正面からずしんとくる…

漫画で言うと、圧倒的な画力と完璧に統御された画面構成の漫画を浴びた気分です。コミカライズするならハルタ作家さんとかでしょうね…(偏見


・言葉で説明しない

わかりやすい所だと、主人公テレーズの職業が出てくる前に彼女の部屋に写真を張り付けてあるなどしていて、自然に「彼女は写真が趣味か・職業なのかな?」と感じさせたり、バイトでクリスマス帽子をかぶらない所が芸術家肌なのかな…と察することができるところ、1950年だよ!と言わずにセットの手作りのおもちゃや当時の大統領の名前を出すことで説明してるのが野暮じゃない感じとか。

言われないとわかんないよ!ってメタファーだと、作品冒頭の排気口?排水溝?のアップが「1950年代には確かにあった話なのに語られていなかった、地中に隠されていた物語である(※後述)」とかですかね。オッシャレ~…オタクこういうの好き…


・視点の切り替え

初見のキャロルは優雅が服着て愛娘のクリスマスプレゼント買いに来てる絵画みてえなシチュエーションで現実味がないんですが、コンパクトがない!とイラついたりする余裕のなさが可愛いし、最初はテレーズが一方的に惚れたのかと思いきや後半でテレーズの姿を街で見かけて同じように追っているシーンが対比になっていて、両片思い大好き人間はもうだめでした。

観客としてキャロルに夢中になっている間に、彼女を通してテレーズを視て、ベッドシーンで耳まで赤くなっているテレーズマジキャロル様の天使じゃん…となるわけですね…

上手すぎるというか…もう…美術館で作品が上手い…って感想しか出ないあたまのわるい客みたいな状態です、今…


【この映画を楽しむために仕入れた知識と王道と言える幸福】※

監督曰く、この小説が出版された「1950年代」に撮られたように撮るのが重要だったとのことで、(参考記事:http://www.webdice.jp/dice/detail/5049/)実際私も映画の古めかしい雰囲気のわりにケイト様が人妻役で出ていたという記憶で混乱するほどにはノスタルジックな画面です。何百年後かにこの映画を観たら1950年代撮影された映画だと思われそう。


2015年はジュラシック・ワールドとかの年ですからね!もっとキラッキラの画面でも撮れるはずですが、「その当時ではできなかった表現だった」ことが一つの要因だと思います。

というのも、1950年代ではまだ「同性愛」は治療すべき病気として扱われていました。(映画でもでてきます)偏見が今よりも過激で強い時代ですね。

この原作が執筆されるまで、「同性間の恋愛を描く創作物」はポルノか悲恋や心中、異性愛へ矯正する結末になる物語ばかりであったそうです。

ハイスミス氏は当時売り出し中のミステリ作家だったので、レズビアン作家としてレッテルをはられるのを避けるため、別の名義で発表しました。

また1950年のアメリカ映画では同性愛表現の描写も自主規制されていました。

参考/ヘイズ・コード:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89

それを2015年に1950年代映画のように撮るの粋すぎるっていう話ですね。


この原作はハイスミス氏がテレーズのようにクリスマスのデパートでアルバイトをしていた時にキャロルのような金髪セレブ美女を見かけた体験から書き上げた小説だそうです。モデルになった女性を二度と会うことはなかったけれど家を何度か訪れて(???)目を閉じればはっきりと思い出せるほど心に刻んだというエピソードが病みと重篤な恋心6:4ぐらいで大変好みですが現代日本だったら怖いかもしれない。


原作:https://www.amazon.co.jp/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AD%E3%83%AB-%E6%B2%B3%E5%87%BA%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%91%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%9F%E3%82%B9-ebook/dp/B01AVU5F94/ref=tmm_kin_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=&sr=

原作はキャロルのテレーズへの愛がすごいので映画の身勝手さとか全部許せてしまうし、テレーズがキャロルに一緒に住まないかって言われた時の描写がアガるのに寂しさとせつなさがすごいので読んで下さい。翻訳の柿沼瑛子さんの文章ドッキドキするしおすすめです。

あと余談ですがこの作品を描いて一年後ぐらいに口コミで広がりペーパーバック版が100万部売れて悩みを持つ方から多くの感謝の手紙が届いたそうで、いくつか内容を書いていたんですが、その中に「こういう小説で幸せな終わり方をしたのはあなたの作品が初めてです!私たち全員が自らの命を絶つわけではなく、多くは元気に暮らしています」という記述に目頭が熱くなりました。


ただこの物語が一直線な王道だと言えるのは、先程の参考記事にあるように、発表された2015年、世界的に価値観が変わっていき、ドラマや映画でLGBがすっかり定着してい、新しいテーマではなくなったためだと思いますし、個人的にはいかなる恋愛をする登場人物でも、いわゆるチェーホフの銃にならなくなればいいなあ…(物語に関係しないのに○○が異性愛/同性愛者である必要がない!とか)


原作に「古典とは時代を超越した、人間の業を描くものだと思います」というセリフがあります。

王道が陳腐化しないのはまさにそれで、古典になっているベタな過ちも人間は犯してしまうし、実際ほんとに坂の下で拾ったオレンジを落とした貴婦人の笑顔が素敵で…とか、ひょんな出会いからスクーターでローマを回ってたらとびきり喜んで頼りにされて…とか、通学路で鉢合わせた子が転校生で…とか性欲が湧くかどうかはともかく、男女関係なく、自動的に関心をもってしまいますよね。


まとめると、素敵な二人が互いに惹かれ合い切ない思いをして成長して前を向く素直な王道恋愛映画でした!!ありがとう!!映画館で観たい!!


以上です。

(YouTube)



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