SamuZai
紺

fanbox


COMITIA148参加します!

お世話になっております!


COMITIA148のスペースでておりました。【東2】す78aです。

前回の新刊の表紙友達に褒められたのでめちゃくちゃ気に入ってます。


新刊の進捗としては、ネタはおおむね出来てるつもりだったんですが何だかうまくいかず、今回の一次資料のデカルトの「方法序説」を読みかえしてます。

つまりネタだしの状態です。やば!




新刊とは直接関係ないですが今回勉強してみて反省した点があります。


ルネ・デカルトといえば所謂「我思う故に我あり」ですが、この言葉について私自身「そうッスね、私が百合だと考えればそれは百合ッスよねデカルト先生ェ~~~!!!百合思う故に百合ありですわガッハッハ」と悪ノリしておりましたが、どうやらこの解釈ではガッツリ的外れのようでした(正しく理解しているつもりもありませんでしたが…)


「方法序説」においては、それらの先入観や思い込み、誤謬をとっぱらって、確実なものだけを積み上げていく考え方を説いています。

百合オタクワイ、先入観思い込み誤謬まみれの自覚はある。申し訳ない。


しかしながら、デカルト自身も確実なものを見極める途中で、「それは確実に存在するものなのか?」という思考の堂々巡りのような状態に陥る事態になったのでしょう。想像に難くないことです。

が、ここで「目の前にあるものが全て夢であったとしても、こうやって考えている私は確実に存在する」という気づきから「我思う、故に我あり」と結論づけたようです。


これでもかなり雑な理解ですが、17世紀、神の存在が前提で世界の物事が決められていた時代に、自分の思索を存在証明としたのは革新的だったようですね。


当然その時代を経験していないですが、何百年も先の人間に一文で「そらそう」と思わせることを残した人って最強の普遍じゃないですかね?スッゲェ頭いいよデカルト先生ェ~~!!(頭悪い感想)


とはいえ、先入観思い込み誤謬まみれの百合妄想オタクといたしましては、「それが全て夢であっても、百合を求める私は確実に存在する」という言葉遊びに帰結しそうなんですが、今回学んだことで、そこにただある私には愚かさも正しさもなく、ただ存在するというフラットな状態で自分で認められたのがよかったなと思います。


自分を誇るでも卑下することもなく、ただ願望としてそこにあると認めるのが、素朴でいて一番強い基礎が出来るような気がします。


新刊は「デカルト”方法序説”で考える推し活」の百合漫画にしたいです。は?


出せるように頑張りまーす!


読んでいただきありがとうございました。

COMITIA148参加します! COMITIA148参加します!

Comments

今度読んでみます、ありがとうございます!

『情念論』も合わせて読むと理解が深まっておすすめですよ。デカルトが脳にさほど重きを置いていないというのは現代人からすると意外だと思います。あとデカルトって実は数学者としての功績のほうが大きいんですよね。デカルトが生み出した座標の概念は今や数学だけじゃなくてあらゆるものに利用されてますし。

森人


More Creators