1.
身体の節々が軋み、灼けるような熱塊が随所に籠り心臓は乱れた動悸を打つ。
割れ鐘の響きの様な頭痛が脳髄を突き刺し、眼は霞み激しい嘔吐感が湧き起こってくる。
荒く乱れた呼吸を整え、何とか吐き気を抑えこみ現在の自分の状況を確認すべく何とか石床の上から身を起こす。
ーーーーやっぱり変身が解けてるっ!!?! ブローチ…銀水晶も奪われてっ…るっっ!!?
半ば意識が戻るのと同時に覚えた何処か頼りないような感覚、その感覚には覚えがあった。
セーラー戦士の変身を解除した時の脱力感と変身時と常態時との能力ギャップによる軽い違和感の混合物だ。
だが変身を自分で解除した覚えはない、となれば…
心臓が凍りつくような感覚に襲われ、彼女は痺れの脱け切れていない右腕を必死に動かし掌を見遣る。
視界に飛び込んできたのは五指にフィットした純白のロンググローブではなく、見慣れた自身の素手と十番高校冬セーラーの袖口…
つまり今の彼女は単なる月野うさぎという少女に過ぎない。
ハッとして視線を胸に見やれば臙脂色の胸リボン中心に在ったはずのブローチ…幻の銀水晶を収めたそれもまた消え失せていた。
強制的に変身を解除され、幻の銀水晶すらも奪われた…‼︎
その信じられないような、悪夢そのものの状況に少女は打ちのめされた。
そして少女…月野うさぎは思い出した、何が起こったかのかを。
謎の敵デッド・ムーンが大量に街へ放った下級妖魔ミラーパレドリイに対処すべく立ち向かったうさぎ達セーラー戦士だったが敵の数は余りにも多く、また自らが被る損害など全く考えていないような自殺的攻撃の前にいつしか分断されバラバラとなってしまった。
そしてそこを狙って出現したのは魔女ジルコニア。
ジルコニアは予め構築していた捕獲用の魔方陣へとうさぎ…セーラームーンを誘き寄せたところで魔方陣を発動させた。
つまり、この多数のミラーパレドリイを動員した大規模攻勢自体がセーラームーン一人を捕らえる為の罠だったという訳だ。
『お主の身柄と銀水晶を押さえてしまえば他のセーラー戦士など有象無象よ… せいぜい我らが新月の社を堪能してくだされ白き月のプリンセス? ヒヒヒヒッ!!!』
全身を引き裂かれるかのような強力な闇エナジーの捕獲網に絡め取られ、意識を喪う寸前に耳朶に響いたしわがれた嘲笑が蘇る。
そしてどれほどの時間が経過したのか、暗黒に落ちた意識を取り戻せばこの狭い檻に閉じ込められていた。
「んん……んんんん……っっ⁉︎ くふぅぅぅぅっっ!!? な、何よこれっ⁉︎」
三方を壁に、残る一面は鏡で構成された2畳ほどの閉鎖空間だった。
「くっ…!」
正面の鏡に映った自身の屈辱的な姿にセーラームーンは唇を噛む。
自身の首と両の手首と足首には頑丈そうな鎖で連結され、奇怪な紋様が刻みつけられた漆黒の枷が嵌められ、純白ベースのセーラースーツと邪悪なコントラストを成立させている。
『ギヒヒ!ようやくお目覚めじゃのうプリンセス、ご気分はいかがですかな?』
「ジ、ジルコニアッ⁉︎」
セーラームーンが意識を取り戻すのを待っていたかのようなタイミングで檻の中に魔女の声が反響した。
『おお… プリンセスに我が名を覚えて頂けておるとは光栄の極み、汗顔の至りじゃのぉ〜? ギヒヒッ!』
「くっ…⁉︎ 私をこんなところに閉じ込めてどうしようっていうのよっ⁉︎ あんた達の思い通りになんて行かないわよっ!!!」
何処からか嘲弄してくる姿なき魔女へ向け、決して屈服はしないという意思を示すかのように凛とした口調で言い放つセーラームーン。
『ギヒヒッ! 元気のよろしいことですのぉ〜 もったいなくも我がデッドムーンサーカス団にプリンセスの御行幸を戴けたのじゃ、存分にもてなしさせて頂きますぞ? ヒヒヒッ!』
「こっ…このっっ⁉︎」
『ではプリンセス歓迎の儀を粛々と始めましょうかのう… 月の姫君の玉顔を拝せる栄誉を賜れる栄誉を今か今かと皆が待ち侘びておりますからのぉ〜〜ヒヒヒッ!』
嫌味と悪意に満ちた慇懃無礼な言い回しで言い放たれたジルコニアの言葉にハッとするセーラームーン。
「皆って…! 誰のことよっっ!!?」
皆とは一体誰のことなのか、悪い予感しか浮かばず背筋に冷たいものを覚えるセーラームーンの正面の鏡が音もなく消滅した。
鏡の代わりに現れたのは厚いガラスの壁だった、このガラスの表層に今まで鏡を造り出していたのだろう。
頑丈そうな硬質ガラスの向こう側には分厚いビロードの緞帳が被り、その先の様子は窺えない。
「うっ!!? くうぅぅ!」
突然頭上から眩い光が浴びせかけられ、牢獄の薄暗さに慣れた両眼が一瞬ホワイトアウトする。
「!!?!」
数秒後、ようやく元に戻った視界の中でスルスルと緞帳が開かれ、ガラスの反対側が見えてくる。
そしてセーラームーンは息を飲んだ。
強烈なスポットライトに浮かび上がった檻が置かれているのはステージのような場所の中央であり、ステージの先には扇型に拡がった無数の客席とそこに座す同じ数の人影が存在した。
ーーーー ・・・セーラームーンだ・・・・・
ーーーー・・・本物だぁ・・・・・
ーーーー・・・間違いないぃ・・・すごい綺麗だなぁ・・・
そんな騒めきと、食い入るような無数の視線が押し寄せてくる。
客席の人々は、いずれもこの十番町とその周辺に住まう市民たちだろう。
ーーーーこ、この人たちの前で…私に何をしようっていうのデッドムーン……⁉︎
如何なる手段かはわからないが、彼女達セーラー戦士が庇護すべき人々の前で辱めを与えようと企んでいるに違い無い。
そしてセーラームーン敗北の証人であると同時に、彼女の抵抗を封じる人質の役割も兼ねている事は、客席内にうっそりと立つデッドムーンの下級戦闘員と呼べるミラーパレドリイの姿が幾つも認められることからも明らかだった……
ーーーー あんなに沢山⁉︎ これじゃどうしようも無い…! せめてみんなが来てくれるまで時間を稼がな… えっ どうして誰もっ⁉︎
ジルコニア達の悪辣さに唇を噛むセーラームーンだったが、奇妙なことに気づいた。
なぜ傍らに異形の存在があるにもかかわらず観客の誰もがそれを気にしないのか、そしてその観客達の雰囲気の異様さにも気づいた。
そもそも一般的には都市伝説に近い存在だったはずのセーラームーンの姿を直接その目にしたのならば、もう少し純粋な驚愕の反応があるのが自然だろう。
だが、ガラス壁を通して響いてくるのは予め存在を確信している、例えるならば存在は知っている希少種の動物を始めて目にした時のような一種の値踏みめいたもののみであり、更に言えば客席に居るのは少年や壮年といった年齢差こそあるものの、その全てが男性であり女性の姿は全く存在しない。
ーーーーこの人達って一体… 操られているのっ⁉︎
以前にも妖魔の術によって操られ、悪の尖兵とされた人々は一度ならず目にしている。
そうした不幸な人々が放っていた妖気めいたものを色濃く感じた。
人格こそ喪ってはいないようだが、男達の双眸はいずれもギラつき澱んだ光を湛え、捕らわれの美少女戦士を凝視している。
『ご来場の皆々様、ようこそ我らデッドムーンサーカス団の特別公演に足を運んで下さいました。これよりお待ちかねの演目とあいなりまする、どうか最後までご堪能くだされ……ヒヒヒッ!』
場違いに陽気なファンファーレと共に広い場内へ(どうやら件のサーカステント内らしい)ジルコニアの下卑たしわがれ声が反響した。
『皆様にご紹介しましょうぞ… 古代月の王国がプリンセスの転生者にして、愛と正義の美少女戦士たるセーラームーン… その最後の勇姿でございまするぞ、ギヒヒッ‼︎』
ジルコニアの邪悪な哄笑とは裏腹に客席は不気味なほどに静まり返っている。
だが彼らが放つ妖気、陰性の熱気が更なる高まりを見せている事のをセーラームーンに感じさせずにはいられなかった。
『さてさて姫君… 折角の事に参じた民達に、その美しき玉体を余すところなく晒して差し上げなされ、ギヒヒッ! おおっ、そのお姿ではお召し物を脱ぐ事も出来ませなんだなあ…これは失礼をば、しかしそのお姿も魅力的ですぞ? ギヒヒヒヒッ!』
魔女に弱みを見せまいと未だ身体に残るダメージを押し隠し凛と屹立するものの、パールホワイトを基調としたタイトなボディスーツとミニスカートをスラリとした肢体に纏い、長い双脚は艶やかな深紅のロングブーツで固めたその姿はまさに美しき戦士そのものであり、少女から成人女性への階を歩む過渡期特有の瑞々しい生命力を感じさせる。
そんな彼女を凶々しく戒める首枷と手枷足枷が背徳的・倒錯的な美成分を強調し客席の歪んだ興奮を更に掻き立ててゆく。
『ギヒヒ! その窮屈そうなお召し物、このババがほどいて差し上げましょうぞ? もうプリンセスには必要のないものですからのぉ〜〜? ギヒヒヒッ‼︎』
「なっ…なんですって⁉︎ どういう意味よっっ!!?!」
『なに、言葉通りの意味よ… こうしてのぉ〜〜〜っっっ!!!』
ジルコニアの邪笑がひときわ高く反響したと同時、彼女の周囲に黒い球電体が幾つも出現した。
刹那の後、漆黒の電撃スパークが一斉に逃れる術も無い白き月の美戦士に襲いかかる。
「きゃ、きゃあああっ!?!! やめ、やっ……………っっっっ!!? はぁぁぁあっ……ああああーーーーっっっっ!?! ぃやああ〜〜〜〜っっっっ!!?!」
スパーク群はあたかも生物を連想させる動きでセーラームーンの全身を這い回り、苛烈な衝撃と熱で傷ついた肢体を更に痛めつける。
バランスを崩す都度反対方向からの電撃ショックを浴び、倒れることすら許されないまま苦鳴を迸らせるセーラームーン。
『ギヒヒッ! では、まずはここからじゃあ!!!』
「かっ…かはっっ‼︎ あああぁぁぁぁぁ!!!えっ…っっ!!?」
体内下半身部分で何かが断ち切られたような不快な感覚と同時、霞む視界の中で幻のようにふわりと舞い上がり、存在感を喪い透明化しながら虚空に溶け込んでゆくのは間違いなくたった今まで自分の腰に存在していたスーツのパレオ…ミニスカート部分だった。
『次はコレじゃあっ!!』
「はぐううッッッーーーーー!!?」
今度は背後から舞い上がり、あたかも蝶のように靡きながら消え失せて行くのはスーパーモードスーツの最も顕著な特徴である腰の大型リボンだった。
「そ、そん…なっっ!!? あああああぁぁッッ———ッッッ!!! うああああああッッッ———ッッッ!!?!」
コスチュームが剥ぎ取られる都度、更なる苦痛が加わり比例してセーラームーンの苦鳴のオクターブも上昇してゆく。
『ヒヒヒッ! 苦しいかセーラームーン? ならば今度はこういうのはどうじゃな?』
妖婆の嘲笑が猫がネズミを嬲るような口調へと変化し、フッと全身の苦痛が軽減する。
「くっ…かはぁ!! くふぅぅぅ……っっ…うううっ!!?」
苦痛の代わりにシュルシュルと何かが解けてゆくような感覚と僅かな衣摺れの音が胸の前で戒められた両腕の周囲から聞こえてくる。
「あっ…! ああああっ!!? う、うそっ…!?!」
不気味な暗紫色の燐光に包まれたロンググローブが左右ともに、あたかも巻かれた包帯が解けるようにしてピンクのリボン状に分解されてゆく。
『ギヒヒッ!!! そのたおやかな玉体を締め付けておるところもババが脱がせて差し上げましょうわい、ほ〜れほれほれぃ!!!』
「んんっ!!? あっっ!? いやぁぁぁぁぁっっっ!!?!」
新たな紫燐光が出現するや両腕と同じ感覚が首から下に湧き起こり、レオタード状のボディスーツもカラーも胸部のプロテクターすらもグローブと同様にリボン化してゆく。
あえてそれまでの苦痛を緩和したのはセーラームーン…うさぎに為す術もなく自身のセーラースーツが奪われてゆく有様を見せつける為だったに違いない。
衝撃に打ちのめされる彼女の全身に、あたかも生命のエキスを一気に抜き取られるような凄まじい倦怠感が襲いかかってくる。
(こ、これって…まさか…私の変身を逆転…させてるっていうのっっっ!!?)
今にも吹き消えそうな意識と徐々に暗くなってゆく視界の中でうさぎはそれに気づいた。
おそらくジルコニアはその魔力で強制的にセーラー戦士への変身プロセスを逆転させ、強引に変身を解除させようとしており、そしてその目論見はフィナーレを迎えようとしていた。
双美脚を鮮やかに彩る真紅のロングブーツもまたスーツやグローブ同様にリボン化し、うさぎの全身は艷やかな光沢のピンクリボンが絡みついただけの半裸となっていた。
そしてそのリボンもまた淡雪のように虚空へ溶け消え去った。
スレンダーなボディに比してやや大振りとも思える張りの有る両胸も、股間デルタ中央の薄い恥毛の叢すらも外気と妖熱に冒された男達の目に晒される。
低く下卑た歓声がそこかしこから上がり、無数のギラついた視線が突き刺さってくる。
四肢と細い頸部を戒める鉄枷と鎖はそのまま残され、背徳的な演出が更に邪な興奮を煽る。
テント内に異様な熱気が充満しつつあることがガラス越しに半ば失神しかけているうさぎにも理解できた。
『ギヒヒ〜〜〜ッッッ!!! ご来場の皆々様、我がデッドムーンサーカス団のスペシャルショーはいかがでしたかなぁ〜〜? 改めてご紹介致しましょうわい… この可憐な美少女こそセーラームーンの正体、月野うさぎ嬢ですじゃぁ〜〜〜!!!』
勝ち誇るように響くジルコニアの嘲笑が毒刃と化して耳朶を刺す。
だが妖婆の紡ぐ悪夢は未だ終焉を迎えてはいなかった。
『ギヒヒィ‼︎ さてお立ち会い‼︎ セーラームーンの可憐な装束は果たして何処に消え失せたのか⁉︎ 皆様方もお知りになりたいでしょうのぉ〜〜⁉︎ 』
「!!!?!」
続くジルコニアの言葉がもたらした悪寒が暗黒に埋没寸前だったうさぎの意識を刹那的に活性化させた。
『ギヒヒヒッ! さあさあ皆様御覧じろ!!! あの可憐かつ優美な月のプリンセスのお召し物はこれこの通りぃ〜〜!!!』
再びファンファーレとドラムロールがテント内に響き渡り、直後客席から邪悪な歓声が沸き起こってゆく。
「あっ…ああああっ⁉︎ そ…そんっな……っっ!!?」
ホログラムのように客席後方の中空に映し出された映像に、うさぎの全身が凍りついた。
今自分が幽閉されているガラスの檻の隣には同じような空間があり、その中には洋服をかけるハンガーのような台座や小物を置くような台といったものが並んでいて、あたかもショーウィンドウを連想させたが、それらには何も置かれてはおらず廃業した店舗のようなうそ寒さを感じさせる。
その空間に暗赤色を帯びた雲のようなものが出現すると同時、雲の中から同じく暗赤色のリボン群が噴き出して揺らめきながら幾つかに分かれ絡み合い、何かを形作ってゆく。
数秒後、唐突に雲は消えそこに出現したものにうさぎは目を疑った。
そこにはハンガー型の台座にはトリコロール基調のボディスーツが、傍のハンガーには純白のロンググローブが、スーツの下には真紅のロングブーツが鎮座し、チョーカーや髪飾り、ティアラまでもがグローブが吊り下がるハンガー上部の透明球体に陳列されている。
「う…ウソよっ! 騙されない…んだか…らっ⁉︎」
『ギヒヒッ!嘘やまやかしの類いか否か、お分かりになりませぬかなプリンセス? ギヒヒヒッ!!!』
「……ッッ!!?!」
反射的に唇から零れ落ちたうさぎの言葉が聞こえたのか否か、ジルコニアの嘲笑がまたも響く。
ーーーーーぎ、銀水晶が…苦しんでるッッ!!?
壁を通してでもわかる。
銀水晶の放つ強く優しく柔らかなエナジーの波動が歪な力によって軋み、あたかも苦鳴の様な乱れたものと化している。
ジルコニアは強制的に変身を解除させたのみにとどまらず、うさぎの身体から離れればエナジー供給を絶たれ消滅するはずのセーラースーツ…それもスーパーモードを再構成したのだ。
そして闇の魔力によって強引にセーラースーツの形状維持を強いている。
その恐るべき魔力の発現にうさぎは愕然とした。
「そ…そんな… 銀水晶…がっ…!!?」
『ギヒヒヒッ! どうやら信じて頂けたご様子ですのぉ〜〜 重畳重畳』
己の聖衣が憎むべき敵の手に落ち弄ばれている有様を強調する様にしてハンガー台のスーツのセーラー部分があたかもセーラームーン敗北の象徴の様にして左右両端に刺さった安っぽそうな釣り針型アンカーとワイヤーによって吊り上げられ拡がってゆく。
「あっ…あああっ…あああああああぁぁぁぁぁぁぁ………!!?!」
妖術にかけられた人々とはいえ、衆人環視の中で正体を暴かれた上に銀水晶とセーラースーツまでもが敵の手中に落ちた事を見せつけられたうさぎの心は圧殺される寸前だった。
そして響き続ける嘲笑をBGMに、うさぎの身体は眩いスポットライトを浴びながら床に崩れ落ち、意識は深い暗黒に呑み込まれていった。
【 To be continued】
# Skeb にて以前ご依頼頂いた It's Show Time! ベースのテキスト作品のご依頼で書いたものです。
デッドムーンの罠に落ち、囚われの身となってしまった上にセーラースーツを奪われてしまったうさぎです。