1. 「た、ただいまで~す……」 現在、夜も深け込む22時、オレこと『白井弟』は徘徊するゾンビのような足取りで、聖イネス学園寮玄関へと辿り着いた。 そんなオレを美弦さんが、ホッとした表情で出迎えてくれる。 「おかえりなさい、白井君! 話は陽桜莉から聞いてるわ。大変だったみたいね」 「タンザク……モウイヤ…リョーチョー……コワイ」 短冊作成1500枚という荒行のダメージは予想より大きく、ブツブツとカタコトをつぶやき震えるオレの様子に、美弦さんが顔をしかめて息を飲んだ。 「こ、これは……重症ね、早く回復しないと。白井君、ご飯にする? お風呂にする? それとも……フラグメント?」 「フ、フラグメント……オ願イシマス」 「分かったわ! じゃあ中に入って! すぐに始めましょう 」 そうして美弦さんが玄関の扉を開き、オレ達は室内へと場所を移した。 2. 美弦さんは、オレをソファに座らせると、指輪を付けた手を<スッ>とオレの胸元にかざし、精神を集中させ始める。 <ポワッ>と青白い光が円状に広がり、オレの体を包みこみ、その光が染み込んでいくにつれ、心がリラックスしていくのを感じた。 四方からギュウギュウ押し込んでいたような圧迫感が消え去り、気分がリフレッシュされる。 光が消え、室内が日常を取り戻すと同時にオレは叫んだ。 「プッハァ~!生き返った!!美弦さん、いつもありがとうございます!これで、明日も戦えます!!」 「どういたしまして。でも無理は禁物よ。白井君のフラグメント、左側が凝り固まってシコリになってたわ。心を軽くしただけで、体の疲れは蓄積していくんだから、ちゃんと休まなきゃダメ! 」 「肝に銘じます。 昨日は右側が腫れてたんでしたっけ? 本当、心の万全な状態って難しいですね」 「ふふっ、そうね。それには体にも、ちゃんと栄養もつけないと! さぁ、お腹すいてるでしょ? すぐにご飯を温めるわ」 そう言って、両手をグッと握る美弦さんだったが、オレは心苦しくもそれに『待った』をかけた。 「あ~、ありがたいんですけど、先に水崎のところに行って来てもいいですか?」 「え? 紫乃の……ところに?」 水崎の名前を出すと、とたんに美弦さんの歯切れが悪くなる。何だ? 何かあったのか? 「 ……水崎、どうかしたんですか? あっ、もう寝ちゃったとか?」 「う~ん…… 紫乃とはさっきまで一緒にいたんだけどね、あの子、今ちょっと気分がすぐれなくて……」 「あいつ風邪でもひいたか? ハッ!! まさか、オレというオモチャが、七夕祭りの準備で全然こちらにいないから怒り爆発しそうとか!?」 「ちがう、ちがうのよ! あの子、その…………七夕祭りに行きたくないみたいで」 「へ?どうして?」 予想だにしてなかった理由に驚きを隠せない。 陽桜莉さんや羽成さんがあんなに一生懸命なのに……なんでだ? 「まぁ……紫乃にも昔、色々あってね。気持ちは分からないではないのよ……」 そう言って、顔をうつむかせてしまう美弦さん。 う~ん、気になるけど、そんな悲しそうな顔されたら……さすがに聞けないな。仕方ない。 「じゃあ、会うのは明日の朝にでもした方がいいですかね? これ、渡そうと思ってたんですが 」 そう言ってオレは、ポケットの中からペンケースほどの大きさの箱を取り出し、その中身を美弦さんに見せる。 「まあ、可愛い! 折り紙のお星様ね。白井君が作ったの?」 「ええ、陽桜莉さんと羽成さんも一緒ですよ。この大きくて黄色い星が陽桜莉さん、尖ってて青い星が羽成さん、小さい星達三つは、オレ達全員で作ったものです」 「ふふっ、このところどころズレてるけど、一生懸命さが伝わるところが陽桜莉らしいわ」 「そうですね。『紫乃ちゃんを喜ばせるんだよ~』って、何度も何度も折り直してましたから」 「……白井君、やっぱりこれ、今すぐ紫乃のところに届けてもらえるかしら」 「へ?」 「これを見せたら……白井君が届けてくれたら紫乃もきっと、七夕祭りが楽しみになるもの!お願い!」 「そ、そうですかね?」 「ええ、絶対!!」 正直、事情はよく分からんし、オレにそこまでの影響力があるとは思えない。けど、美弦さんが笑顔で太鼓判押してくれるなら期待には応えたい! そんな気持ちに高揚感が生まれ、オレは美弦さんに「分かりました、 行ってきます!」と告げると、『水崎の部屋』へと足を進めた。 3. 「水崎、オレだ! 夜遅くすまんが、ちょっと時間いいか?」 そう言ってオレは、水崎部屋の扉を<コンコン>とノックした。 中からは「白井さん!?少々お待ちください」となんだか慌てふためいたような声が聞こえたが……しかもなんかドタバタと激しく動いてるし…… トラップでも仕掛けてるんじゃないだろうな? オレが『こいつは気合い入れないとやばいな』と覚悟を決めていると。 「どうぞ」 と、いつもの水崎の調子で、OKサインが出たので、オレは警戒しながら扉を開けて中に入る。 とりあえず画鋲付きの黒板消しが頭上に降ってくる事はないので、安心して水崎に視線を移した。 「こんばんは、水崎。悪いな、こんな時間に。けど急いで渡したいも……にょわ!?」 言葉を途中で切り裂き、オレは、目の前の水崎の姿に驚きのあまり絶句する。 なぜなら、部屋を彩るピンク色の大きなベッドに腰掛けて座っている彼女の姿があまりにも……。 「こんばんは、白井さん、何をそんなに驚いていらっしゃるのですか? もしかして、私にときめいちゃいました~? この『ウサ耳プリティパジャマ』姿の私に!」 そう、水崎は名前のごとく、ウサ耳のついた白のパジャマに身を包んでいた。スカートについてるピンクのフリルが可愛く揺れ、フード部分にキラキラした目がデザインされたそれは、確かに愛らしいのだが……。 「プ、ププ……、ククク、ヒィヒィ……み、水崎が…あの水崎がウサギに喰われてるようにしか見えねー。 あの悪魔の水崎がウサギに捕食されるとか、笑っちまって息ができ……でき……ってこれチョーカーの効……」 「なんですか~?今の私は、寂しいと死んじゃう可愛い小動物なので、ちゃんと届く声でお願いします 」 「み、水崎見てると、心ぴょんぴょんレクイエムア~メン!!」 オレの命を賭けた早口言葉を聞き終えた水崎は「素直でよろしい」とフラグチョーカーの呪いを緩める。 そして「さて」と仕切り直すとオレに本題を問いかけてきた。 「それで、こんな夜遅くに何の御用ですか?白井さん 」 「げほっ……あ、ああ、これをお前に渡しに来たんだ 」 もう苦しい思いをするのは嫌なので、オレは余計な事は言わず、星を閉じ込めた箱を水崎の手に渡す。 「?」 いぶかしげな顔をした水崎は、箱を開け、その中身を見ると、とたんに目を輝かせ始めた。 「わ、わぁ~、小さくて可愛らしいお星さまですね。折り紙の手作り……素敵です!!」 キャッキャとはしゃぐ水崎の姿に、こいつにも無邪気な一面が存在するんだなとビックリするも美弦さんが言った通り、気に入ってくれたようなので、まずは一安心と言えよう。 オレは、「へへっ」と得意げに笑って、事のいきさつを説明する。 「ああっ!今日、陽桜莉さんと羽成さん、そしてオレの三人で作ったんだ。本当はもっと山のようにいっぱい作ったんだけどさ、鬼の寮長が『君たちにこんな仕事は頼んでいない。だが、これは使えそうなので没収』って全部持ってっちまった 」 「山のようにいっぱいって……クスクス、白井さん達は一体何を目指してたんですか?」 「そう笑うなよ、陽桜莉さん達、すげー真剣に作ってたんだからさ、お前のために満天の星空作るんだ~って」 「私のために?」 「ああ、お前への招待状作るつもりだったんだよ、『七夕祭り』の」 「!!……七夕……祭り」 ……… 突然スイッチが落ちたかのように、楽しそうだった笑顔が消え、下をうつむいてしまう水崎。 確かに……これはなんだか根深そうな反応だ。 だが、美弦さんから頼まれているからには中途半端で引くわけにはいかない。 オレは、水崎の顔を上げようと言葉を並べる。 「オレ、七夕祭り、楽しみなんだよな~!今まで参加した事なかったし、良い写真も撮れそうだし」 「……はい 」 「陽桜莉さんが言うには、いろんな屋台が出るらしいんだぜ!りんご飴やわたあめみたいな定番もあれば、『かき氷(謎味)』とか『あごステーキ』なんて限定品もあるらしい 」 「……そうですか」 「花火もすごく上がるみたいだしさ、それにそう短冊! みんなで願い事書いて一つの場所に集めるなんてさ、なんか壮大でワクワクするだろ?」 「………みんな 」 どの言葉も水崎には届かない。それどころか言葉を積み重ねれば重ねるほど、水崎の表情は虚ろになっていく。 いつもの水崎とは、えらい違いだ。何をそんなに拒むことがあるのだろう? オレはもう半ばやけになりつつ、話を続ける。 「そう、みんなだよ!陽桜莉さんや美弦さん、羽成さん達の他にも大勢の人が参加するんだ!盛り上がらないわけがない。まさかお前の性格からして人ごみが怖いなんて事――」 「な、ないに決まってるじゃないですか!!」 それは突然の叫びだった。水崎から放たれ、オレへと突き刺される否定の言葉。 それを補強するかのように、反撃されるスキを与えないかのように水崎は早口で続ける。 「そう、私はもっと大きなパーティに何度も何度も参加したことがあるんです!高級なディナーが並んで、キラキラなシャンデリアが輝いてて、大人なパーティです!だから、いくら屋台が並ぼうが、大きな花火が打ち上ろうが、しょせんは学生が催したレベルのお祭りなんて―― 」 そこまで言うと、水崎は『ハッ』っと我に返ったかのようにトーンを落とし。 「も、もし楽しめなかったら、お姉ちゃん達を悲しませてしまうと思っただけで……ごめんなさい」 とバツの悪そうな上目遣いでオレを見つめた。しかし、すぐに「うっ」とたじろぎを見せ、オレの表情から逃げるように瞳をそらす。 「…………」 なあ、水崎……今、お前の目に映るオレはどんな顔してるんだ? 怒ってる?悔しがってる? 悲しんでる? そうだな…… おそらく、そのどれもが渦巻いていると思う。 でも、それは……お前が叫んだ言葉に対してじゃなくて。 普段のお前からは想像できないほど……必死にそれを言わせるほどの何か、今も震えを隠しきれないほどの何か、そんなお前を作り上げてしまった過去の何かに対しての感情で……その『ナニカ』をオレは知らないし、消してやることもできない。 でもな―― 「安心しろ、水崎! お前のその不安は的外れだ!」 そう言ってオレは、自信満々な笑顔を作った。 「へ?」 予想外の反応だったのか、水崎が驚いた顔でオレを見上げる。 それに対し、オレは先ほど水崎がしたように、怒涛の勢いで口を動かす。 「今年の七夕祭りは、学校全てを使った最大規模のデカさで行う! どこぞのネズミーランドも顔負けのアトラクションの数々!夢の国にいるようなイベントの実現! 現実の大人のパーティなんて相手にもならねー!お前が、時間を忘れて楽しみすぎて、短冊に『早く次の七夕祭りが来ますように』と書いちまう事は絶対だ!」 「は、はぁ、ええと…… 」 「大丈夫だ! 何かあったら……いや違うな、何もないように、お前がただ祭りに夢中になれるように、オレがお前を守ってやる!」 「へ?それって……ちょっ、待ってください、すいません、心の整理が――」 「んな事しなくていいんだよ! 最高のステージ作ってオレが絶対迎えに行くって言ってんの!!」 「あぅ……ふぇっ!?」 「だからお前は、当日雨が降らないように、てるてる坊主でも作って待ってりゃいいんだよ! ウサ耳立ててぴょんぴょん跳ねて、楽しみにしてろ。分かったか? アンダースタン?」 「は、はい。あんだーすたんど 」 「よし!約束完了だ!あと、当日まで風邪もひくんじゃないぞ! ちゃんと寝とけよ!」 「は、はい 」 「じゃあな、おやすみ、水崎!」 「は、はい、おやすみ……なさい」 なぜか顔を赤くして、茫然と答える水崎を不思議に思いつつも、オレは、最後まで自信満々の笑顔を彼女に見せて、部屋を後にした。 これから先の道は明るく照らされてると、示し続ける為に。 4. 「ふうっ!」 ドアを閉め、廊下に出ると、オレは、今までのやり取りで溜まった熱を放出するかのように大きな息を吐く。そして現状を頭の中で整理する。 「(はっきり言って、水崎に言った事はハッタリ、ノープランだ。正直、何も決まっちゃいないし、許可だってとれるか……いや、オレに発言権が与えられるのかだって怪しい)」 更には羽成さんとの勝負もあるし、問題は山積み状態……でも。 「知った事か!あと数日あるし、いくらでもねじ込む時間はある。そうだとも 」 美弦さんの、過去を振り返った悲しげな顔なんて見たくない! 水崎の、らしくない虚ろな表情なんてまっぴらごめんだ! それに―― 脳裏に浮かぶのは、夕日に照らされた作業部屋での輝く光景。 水崎のために見せた陽桜莉さんと羽成さんの、祈るようなやさしい微笑み。 『紫乃ちゃんには絶対、いっぱいいっぱーい楽しんでほしい!』 『そうね、紫乃が笑顔になれる、そんなお祭りになるといいわね』 あの願いを、キラキラした想いを『つまらなかった』の一言で、終わらせてたまるか!! そうして、オレの心に灯が灯る。 その決意に、魂の猛火に後押しされるように―― 駆け足の“ネツイ ”は加速していく。 コモンの扉が開くまであと34枚 ===================================================== というわけで、『七夕祭り』に行くことをためらう水崎と、それをどうにかしようと行動する弟くんのお話でした。……弟君さぁ、ちょっと言葉のチョイス考えてくれないと困るんだよね~。 『水崎ルート』みたいになってるじゃん。 お前、ブルリフでギャルゲ展開やったら、どんだけ叩かれるか分かってんのか? まあ、弟くんの心境を執筆してる私自身も予想がつかなくて面白いんで、修正しないんですけどねw 説明する必要もないとは思いますが、弟くんは相も変わらずヒナちゃん一筋で、水崎に対しては「いつも元気な悪友が、らしくない顔してるのが嫌!」って感じです。 今回は、その原因に対して、陽桜莉ちゃんやお姉様達の気持ちも乗っかってきてるので余計に火がついてます。 締めの一文は、『幻』のキャッチフレーズをもじったものです。 ヒナちゃんが、儚く過ぎていく『キレイ』なのに対し、弟くんは、逆境の中加速させていく『ネツイ』と、全く違うイメージになってます。 さて、今回は『ブルリフR』を最後まで見た人でも、水崎の様子に『?』マークを浮かべた人も多少はいるのではないでしょうか? 少し補足説明させていただきましょう。 普段、人をおちょくっているイメージの強い水崎ですが、最終回後の記憶をもってしても『想いが怖い』という本質は変わっていないので、このような流れになりました。 むしろ最終回後だからこそ、そこは、より強く警戒してしまうところだと思います。 根拠としては、最終回で、聖イネスではない制服を着て、新しい学校へ行く際の様子で見て取れます。 水崎に「ファイトだよ」と気合入れるようなポーズを取り見送るひお×るか。それに対して不安そうな顔を変える事もなく、一人別の道を歩き始める水崎。 あれを見る限り、あくまで水崎が完全に心を開いているのは、陽桜莉ちゃんと瑠夏ちゃん(+コモン内のお姉様)だけで、他の人達は水崎母のように『愛を謳って、自身を正当化するために私を殺すかもしれない』と恐怖している状態です。 『想いを管理する、または完全に消し去る』という解決法を捨てた事により、再び野放しになった想い達が、いつ自分を喰い殺しにくるか分からない。 『善意』と語り『悪意』を為す。または、相手が悪意と気づかずに、自分の心を殴りつけてくる環境に陥るかもしれない、そんな世界に飛び込むという選択を水崎はしました。しかも今は『力』がない。 普通の人ですら辛いのに、あの過去を持つ水崎には、想像以上の勇気がいる事です。 陽桜莉ちゃんと瑠夏ちゃんが支えてくれるとはいえ、学校は違いますし、一人でそれに耐える時間を過ごさなければならない新生活は、不安だらけでしょう。(まあ、その先にも色々と重なる理由は想像できるのですが、ウチのブルリフには関係ないので割愛させていただきます) その思考を反映させたのが今回のお話の水崎であり、七夕祭りに乗り気じゃない理由です。 祭りは、何を考えてるか分からない不特定多数の中に飛び込まなくてはなりませんからね。ましてや、そこで会うのは初対面の人ばかりという事になるので、不安になるのは当然です。 まとめると、ウチの水崎は、自分のホームグラウンド(聖イネス学園内)ではめっぽう強気だけど外に出ると、他人におびえちゃう『内弁慶』状態。 今も、他人が自分を傷つけ、またがんじがらめの世界に引きずり戻すのではないかと不安がってます。 ただ、ウチのブルリフには弟くんがいるので、このままでは終わりません。水崎の不安が杞憂であると証明し、その環境も世界も、もっと大きな花が咲くように広げてくれると思います。 最終回で水崎が言った「私はただ私でいたい(中略)誰にも想いを否定されず、自分が自分を好きだってそう思える、そういう世界に私は行きたい」という願い、それに対して「行こう」と連れ出したひお×るかの選択。 そのどちらをも、透き通る『青空』の世界に導く事が、私のブルリフの目標なのですから。