▼振り返るシリーズ過去記事
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ヘッダー画像は高校時代に描いた絵です。(サイトの名前が当時は「うさぎざ」)
当時は丸ペンと漫画用インクで原稿用紙にペン入れしてスキャン→フォトショLE等で着色していました。
▼高校~大学時代に聴いていたBGM(Youtubeプレイリスト)
https://music.youtube.com/playlist?list=PLFo9OAi9FzRdIh5yYLdtfObArA7svbHXV&feature=share
私の母校は、岡山県の某A高校です。少し前に新校舎になったようですが、当時はかなり古い建物で、各階が階段状になっていて上の方に窓ガラスがいっぱいある独特なデザインでした。採光性のためだったのかも知れませんが、夏に思いっきり日が入って暑く、廊下がベランダ状の半屋外だったので冬は寒かったです…。
デート・ア・ライブ劇場版の万由里の制服は、出身高校の夏服を少しモデルにしています。(何かのインタビューで回答したことがありました)
配色が白黒っぽくて、夏は白地に黒リボン、冬は紺地に白リボンなところが好きでした。
私は2年が文系選択、3年が文Ⅲという、芸術やスポーツなど勉強以外の分野への進学を目的にしたコース。でも進学校だったので、文Ⅲ美術は4人だけでした。少ない!学年全体で300人以上いたのに。
3年も普通の授業は少しあり、普段は他の文系クラスに混ざっていました。
当時の私にとっては「高校のクラスの友達と普通に喋り、普通にどこかへ遊びに行ったりお茶したりする」というのがちょっと特別でした。
なぜなら中学時代は趣味に閉じこもりすぎてて、クラス内の友達が全然いなかったから!交遊関係は他のクラスの趣味仲間や学外(同人イベントとネット上)がメインでした。
しかし中学で仲が良かった友達とは進学先が完全に別れてしまったので、高校ではクラス内に友達を作ろう…と決意してオタ趣味を隠しておりました。(やはりまだ肩身狭い時代)
でも結局高校でも、すごく仲良くなった友達は趣味が一致する部活内の人々だったので、最終的に隠すも何もなかった。
校内に自販機コーナーがあるのが、なんだか高校っぽくてよかったです。休み時間や放課後、自販機で飲み物を買って友達と飲む、というのが個人的にエモでした。
↑イラコンに出した植物精霊っぽいキャラ。抱えている丸いのが本体に違いない
ネットでは同級生に勧められてイラコンに時々参加したり、人が多いお絵描き掲示板に通うようになりました。SNSはまだ無かったし、個人サイトにはサイトを知っている人しか来ないので、外部の人気サイトのお絵描き掲示板が社交場でした。
大学時代に携帯を水没させてアドレス帳を吹き飛ばしたせいで、高校の友達とはほとんど連絡をとれなくなってしまい……仲がいい人以外は向こうから連絡が来る機会もなかったので、現在も連絡を取れる古い友達は、小中&大学の方が多いです。
センター試験を受けるのが面倒すぎて絶対推薦にしたかったので、成績はある程度キープするようにしていました。高2までの成績が推薦条件だったので、そこまでは勉強を頑張って、3年からは実技対策だけに集中するという作戦。楽をするために全力です。
また、受験直前の数週間は学校に一切行かず、画塾(後述)に毎日行っていました。
学校に行かない許可を取る時に親とちょっと揉めましたが、実技に受からないと意味ないので説得した記憶……。
ただ、デザイン系に行くこと自体を両親から反対されたことはなく、応援してくれたので本当に有り難かったです。あと大昔からペンネームバレしているので、活動は全て知られております……
無事推薦を受けられたので、入試は実技と面接だけでした。
実技は与えられた課題モチーフの配置を各自で組み、制限時間内に鉛筆デッサンを描くというもの。モチーフは布・調理器具・果物など4~5点の組み合わせだったと思います。制限時間が短めで、周囲からも鉛筆の音がたくさん聞こえるので、本当~~に焦りました!
逆に面接はちょっと気が楽でした。大学受験と就活は高校受験とは違って、話題が興味のある分野なので答えやすかったです。
12月ぐらいには合否が出ていたと思いますが、受かった後は高校ですることも特になく、周囲はまだまだ受験中だったので、ずっと美術室にいました。他学年の生徒が授業をしている時も、道具が積まれている裏の方で、のんびり美術部の個人制作を描いていました。あとPBWのイラスト仕事を初めて受けてみたりとか。
大学が始まるまでに急いで運転免許を取りに行ったら、教習所が小中学校の同級生だらけでした。
テスト中に描いたと思しき、もふもふの修道服。
ドット字なのもあるけど字の癖が今よりもやばい!
高3の授業でも実技対策はありましたが、念のため高2の夏頃から、岡山駅前の画材屋の隣にある某アトリエに通い始めました。
ちなみにこういう画塾には、受験とは関係なく色々な絵を習える一般コースもあります。大人になってから友達と一緒に都内の体験教室に1度だけ行ったこともありますが、スケジュールの問題で実際に通うことはできなかった…。
画塾は授業形式ではなく、モチーフと期限を指定されて、各自課題の制作を行いました。制作途中にも時々先生がやってきて、アドバイスを残して去っていきます。何人かいる部屋で描くのは最初は緊張しましたが、他の人の作品も見ることができるので良かったです。また、毎日1回お茶の時間があって癒しでした。絵が中々進まない日は、早くお茶に呼んでほし~~と思ってました。
隣の画材屋さんは小学生の頃から時々投稿ハガキ用の画材を買いに行っていたお店で、買うものがなくても毎週店内をうろうろしていました。
鉛筆はステッドラーが個人的に好きでしたが、デッサンの色が全体的に薄いと言われて、途中から濃く描けるハイユニに変更。同じ番号でも鉛筆のメーカーによって芯の柔らかさが違ったりします。
(1)美術部
部活では油彩を描くことが多かったです。学祭や県内の展示に作品を出すのが主な活動。
授業のデッサンの続きを部活時間に進めたりしていたので、暗くなるまで美術室にいることも多かったです。毎年夏は高原で合宿していました。
趣味で創作同人をしている部員もいたので、イベントのスペースに遊びに行ったり、ネット上でお互いのサイトに書き込みしたりして楽しかったです。
↑高校時代の絵ではないですが、卒業後に同人誌へ寄稿したイラスト(後輩様のキャラ)作業ソフトがコミックスタジオで、縮小画像しか残ってなかった。
(2)文学部
学祭での部誌発行が主な活動。内容は短編小説や短歌など。元々私は友達の文章に挿絵をつける部員でしたが、途中からみかんの宇宙人が出てくる謎の話を書いていました。といっても全部で2本ぐらい。
これが何故か部内で流行。同じ部に所属していた、裁縫が趣味の妹(きなこ)がみかん帽を作って、学祭で売り子さんが着用していたのですが……
先ほど高校の公式サイトの部活ページを見てみたら、私が卒業した5年以上後の学祭の写真に、みかん帽をかぶる生徒さんの姿が……。まじ……?伝統……??
最近の写真はなかったので、今もかぶっているのかは不明(色が違う帽子が混ざっていたので、新しく作られているっぽかった)
文学部の部室は、教室より少し小さめの部屋を仕切りで歴史研究会と半分こにしていて、蛍光灯が薄暗くて、たまり場として妙に雰囲気がありました。漫画に出てくる怪しい部活みたいで。その場で原稿を書くことはあまりなく、学祭の打ち合わせ以外は本当にたまるだけ!人数は15人ぐらいでした。
美術室がある芸術棟は現在も使われているようですが、文学部の部室は教室棟にあったので、もうないんだなー 寂しい。お世話になった美術の先生も定年退職されてしまったし、今は高校に行く機会はないですが……先生がいらっしゃる間は、社会人になってからも何度か遊びに行ったりしていました。
↑みかんの宇宙人。カー君とポクテを合体したような生物は宇宙船の隊長
ラグナロクオンラインがβテストを開始していたので、別のネトゲ(KOC)の友達PTに入れてもらってずーーーっと遊んでいました。そして寝不足になり、授業中にうつらうつらしていた。正式版も月額課金して大学の前半ぐらいまで遊んでいましたが、レベルカンストや転生までたどり着いたことは一度もないです。昔のネトゲ、狩っても狩ってもレベル上がらな過ぎて……。
最初、とりあえずナイフで敵を倒すためにSTRとかに全振りしていたら殴り魔法使いが出来上がってしまい、友達みんなに「魔法よわ」と言われた。
一部の友達は20年ぐらいネット上で交流があるので不思議です。
そんなかんじの高校時代でした!
最初に取ったアンケートの票数順で、来月は会社員時代(2008~2018頃)を振り返っていきます!でも守秘義務があるので、仕事の内容には全然触れられません!!
果たして書くことがあるのだろうか……?
10年もあるし何かはあるはず。
つなこ
2021-04-06 16:49:48 +0000 UTCからし丸
2021-04-05 14:25:41 +0000 UTC