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過去作再録 「紛争学園の日常~ユウキ編~ 1」


 紛争学園の地下には、近隣の発電施設と連動した大きな浴場がある。寮の各生徒の部屋にもシャワールームはついているものの、24時間利用できるこの浴場は生徒にとっても大変人気だった。


 浴場は各学年ごとに備わっており、特に授業時間中と深夜帯は人が少なく穴場で、大きな浴室とかけながしの風呂を思う存分に堪能することができた。


 深夜一時過ぎ。


 湯気で曇った扉の奥からテンションの高い声が響いて……、浴室の扉ががらりと開かれる。


「あ~! サッパリしたぁ~っ!」


 景気のいい声で叫ぶと、水浸しで全裸のアラトが呻きながら浴室から出て、そのまま脱衣所のロッカーへと歩く。


 腰にタオルをまいたコウとユウキもその後に続いた。


「深夜だと、ホントに人少ないんだな……」


「いい風呂だったな」


「だろぉ? いったじゃん。なんだかんだ深夜はマジで空いてるって!」


 コウが満足そうに言うのに、ユウキもこくりと頷く。アラトも自身のロッカーを開けつつにししと笑っていた。


 深夜に、風呂に入ろう。……三人で食べていた昼飯の最中。明日は授業が休みだとして、アラトが思いついたのきっかけだった。コウもユウキも、その存在を知ってはいたが利用したことはなく。

 だが、いざ向かってみればとても学校に付属した浴室とは思えない。ホテルのそれと変わりなかった。

深夜で他に誰もおらず、明朝には清掃で入れなくなる。その境の時間帯故に、ますますその広さを堪能することができた。


(風呂場が立派……、明日の報告、これでいいか……?)


 この榊原軍立学園、通称紛争学園に、その実態の調査の為スパイとしてやって来ていたコウは、髪の水気をバスタオルで拭いつつ、明日の報告書のネタについてぼんやりと考えていた。


「マジでいいよなぁ~、しかも牛乳タダで飲み放題なんだぜ?」


 アラトは体を吹き終わると、パンツをはいて最低限着衣した後、バスタオルを頭から被ったまま、脱衣所の奥の業務用冷蔵庫を開いた。

 中には、牛乳の瓶が詰まっている。アラトはそれを三本とると、風呂上がりの熱っぽさに呻きつつも、木で編まれたソファに足を立てて座った。


「ほら、ユウキ」


「……いや、俺は……」


 露の付いた牛乳瓶を突き出され、アラトに勧められたが、ユウキはそっと目を逸らす。


「あれ、牛乳苦手だったっけか?」


「………………」


 そういえば、ヨーグルトやチーズはともかく、ユウキが生の牛乳を飲んでいるところは見たことがない気がする。コウに問われて、ユウキは何も答えず、ただぎこちなく目を逸らし続けた。


 瓶一本分、腰に手をあてて景気よく一気に飲み干したアラトは、そんなユウキの肩へにやけながら腕を回し、ポンポンと頭を軽く叩く。


「だから、ちっちぇんだよな~、ユウキ?」


 ……ボゴォッ!


「がっ!?」


 アラトが小ばかにした、その直後には、ユウキの肘がアラトの腹筋に突き刺さっていた。


 分かりやすい制裁だった……。アラトが仰け反りながら悶絶する。その様をちらと見て、ユウキは他に感情を見せず、淡々と自分のロッカーを開いた。


「テメェ……! 何の真似だ。牛乳でちまうだろうが、コラ……!」


 元はといえばからかったアラトが悪いとはいえ、ユウキは冷静に見えて、案外手が早いんだな……。呆気にとられるコウをよそに、何事もなかったかのようにユウキは薄手のTシャツに袖を通す。


 この三人の中ではユウキのみが隣のクラスだが、入学してから色々あって、行動を共にすることが多くなっていた。


 ユウキは体格こそ控えめだが、三人の中では無論のこと、下級年生の中では断トツに高い勝率を誇っている。どんな対戦相手にも柔軟に対応し、打撃もグラウンドもこなせるその素質は職員室でも極めて高く評価されており、上級年生にはそんなユウキを早々に潰そうと喧嘩を吹っかけるものもいるらしい。


 強いものは、それだけこの学園では目立つということ。それを強気な自信家かつ負けず嫌いなアラトが認めることはないが……。


「…………」


「っ! おい、無視してんじゃねぇよ、ユウキ!!」


 ……だったが、アラトがそのまま引き下がるはずもなく。ダメージから回復したアラトはすぐに目を吊り上げ、そんなユウキの肩に掴みかかった。


「いきなり何しやがんだって聞いてんだよ、コラ!」


「心当たりがないなら、自分の言動をよく省みるんだな。単細胞ゴリラ」


「なっ……! んだとコラァッ!!」


 だが、ユウキは謝罪どころか、冷ややかな視線で睨み返す。


 瞬く間に、アラトが顔色を変える。ボクサーパンツ一枚のアラトはユウキのシャツの胸倉を掴むと、不良然として顎をしゃくりあげ、顔を近づける。


 そして、二人の間に火花が散り始め……、どちらからともなく、静かに拳を構えた。


「……おい、コラ。やんのかよユウキ。いっとくが手加減しねぇぞ……!?」


「上等だ。……弱いくせに」


「……なんだとコラァッ!!!」


「おい、やめろって!!」


 アラトが声を荒らして掴みかかる。すかさずコウは、唸るアラトと何でもないかのような顔のユウキの間に咄嗟に割り込んで、なんとか引きはがした。


 まるで煽られた犬のように喉を鳴らし、鼻息を荒らす。一度闘争心に火が付いたアラトを止めるのは難しい、それはもう実体験済みだった。


「あぁ、誰が弱いって!? お前より俺の方が強ぇっての!」


「ありえない。俺の方が客観的にも実力は上だ」


「……やめろって二人とも、風呂場だぞ……。つーか服きろ!」


 まぁ、これでも明日になれば二人ともけろっとしているんだろうが……。


 また掴みかかりそうになる二人に嘆息を吐き、コウが慌てて仲裁に入るものの……、二人は歯を剥いてにらみ合っていたかと思えば、ほぼ同時にコウへと向いた。


「なぁ、コウ! 俺の方が強ぇよな?」


「俺の方が強い。だろ、コウ」


「……お、俺が、知るかよ……。そんなこと……」


 どう答えろというのか。どちらの味方に傾いても手酷い目に遭いそうな気がしてならなかった。それが双方にとって気に入らないらしく、アラトがえらく悪い顔でコウへとにじり寄る。


「おい、コウ。俺の方が強いよなぁ? ……それとも、今からお前の体に教えてやろうか……なぁ!?」


「…………やめてくれ」


 脅迫だった。アラトが腕を回し、嗜虐的な笑みで暗にこちらにつけと囁いてくる。コウは肩にかかる手の重みに戦慄しながら、目を逸らしておくしかなく。


「……コウ、勘繰らせるのが面倒だからはっきり言う。痛い目見たくなかったら、俺につけ」


「……ユウキまで……」


 なんと左側からは、ユウキが自身を親指で示し、脇腹に拳を押し当ててくる。じとりと睨んでくる目は、冗談か本気かつかめない。


 自分を挟んで、変わらず火花を散らして優位さを奪い合う。応酬を繰り広げるアラトとユウキのにらみ合いの間に立たされてしまい、コウは重い息を吐いておくしかなかった。


 ふとして、アラトはコウから離れると、腰に手を当て、得意げに笑みを深める。


「へっ。前だって、コウと腹パン勝負で負かして、その後の罰ゲームでも、コウすっげぇヤらしい顔になってたし」


「なっ……! うるさいなっ! そんなことねぇよ!!」


 数日前の事。アラトと悶着を起こした自分はそれ故にひどい目に遭っていた。アラトに悪気がない分、余計にたちが悪い。思い出すだけで気が遠くなりそうだ。


 コウが赤面して肩を跳ねさせるものの、アラトは気にした様子もなく、鼻高々と言葉を続ける。


「売られた喧嘩だって負け越したことなんかねぇし。それに、一昨日の試合だって、俺が余裕で勝ったし? その後も相手すっかりへこんで、観念して俺に犯されてたぜ?」


「それはお前がヘタクソだったんだろ」


「んなっ!? だれがヘタクソだ、コラァッ!」


 ユウキがそっけなく反応する。実力面だけでなくそういった面でもけなされ、アラトは更に温度を上げた。


「……テメェ、さっきからいきってんじゃねぇぞ! ステゴロのタイマンならぜってぇ負けねぇ!」


「こっちのセリフだ。お前なんかに絶対負けない」


「「なぁ、コウ!?」」


「ん……」


 ……ともすれば、このままでは風邪をひいてしまう。半裸のアラトはアラトだからともかくとして、コウは二人をひとまず放置し、服に袖を通していく。


「だから! ぜってぇ、俺のほうが男として上だっての! 俺、前にお前のクラスの奴に勝ったとき泣かしたし!」


「んなの、なんでもないだろ。俺に負けたときはお前が半泣きになってたくせに」


「っ!! るっせぇなぁ! テメェだって余裕なかっただろうが、つーか次やったら試合でも負けねぇよ!」


「ありえない、次も俺が勝つ」


「あぁ!? 学年トップとかチヤホヤされて、調子乗ってんじゃねぇぞ! テメェ次試合組まれたら覚悟しとけよ! ボッコボコにして泣かすほど犯してやっからな!!」


「どうでもいい、とにかく俺は絶対負けねぇ」


 ……背後では言い争いがヒートアップしていく。沈下する様子はなく、まさに一触即発の様子だった。いそいそと着衣が終わり、コウは髪の水分をタオルでふき取りつつ、苦い笑みでちらと振り返ってみる。


「テメェ……! なんなら今すぐにケリつけてやろうか、コラ……?」


「……、こんなトコでも無様に負かされたいなら、かかってこいよ」


「テメェっ!!」


 ついに殴り掛かるか。拳を固めるアラトを見て、コウはすかさず止めに入った。


「おい、やめろって……、あ、先生」


「!?」


 コウが言う。たったそれだけで二人は途端に押し黙り、焦燥した様子でそろって入り口を見た。


 ……が、相変わらず、自分たち以外に誰の気配もない。


 コウに嘯かれたと理解した後……二人は同時にコウへと詰め寄った。


「コウ……!! テメェビビらせんなよ……! 心臓止まるかと思ったじゃねぇか……!」


「どういうつもりだ、お前……」


「……だから、やめろって。マジで来ても知らないぞ……?」


 複雑な表情をした二人から睨まれて、コウは嘆息を吐いてみせる。


 なにせここは「紛争学園」。生徒同士で、負ければ犯される試合が日夜行われているのだ。そうでなくとも、あらゆる生徒がここでの覇権を狙って、日夜闘争を繰り返している。


 つまりは、武闘派の不良の巣窟だ。故に、生徒の関係次第では対戦相手などとのトラブルが生じることも少なくないのは想像できる。


 だからだろう。試合以外での生徒間での諍い事には教師たちは表面上は放置しつつも、時には機敏に反応し、……そしてタイミングが悪ければ厳しい罰則が強いられる。特に喧嘩の絶えないアラトは、担任に一日中監禁されて勉強を強いられたこともあると言っていたっけか。


 それを理解してか、二人も不承不承といった表情で語気を落ち着けた。


「チッ……、殴り合ってもセンコーに呼び出されるだけだしな……、おい、ユウキ!」


 すると……、何を思いついたか、悪戯な笑みを浮かべ始めたアラトが、ユウキの肩を掴む。


「……なんだよ?」


「そんなに言うならよぉ。どっちが強いか、今から決着つけようじゃねぇか」


 だが、そのうえで飛び出してきたアラトの言葉に、コウとユウキは目を見開く。


「……お前、まさか本気か?」


「わーってるよ、別にただの殴り合いじゃねぇし。スパーリングだ、スパー」


 アラトは晒されている引き絞られた肉体に力を込め、親指で自身を示す。自信ありげな笑顔でシャドーボクシングを始め、それを静かに睨むユウキを挑発した。


「テメェと俺。漢としてどっちが高性能で強ぇか、決着つけてやるよ」


 感情的な思い付きでもあるのだろうが、純粋に、学年トップと言われるユウキを倒したい側面もあるのだろう。

 アラトは本気で、この学園での頭の座を狙っているのだから。ユウキは少し口をもごつかせたが……、その執念に負けてか息を吐き、整った目を真剣に細め、その顔を睨み返した。


「……なんだか知らねぇけど、そこまでいうならどんな勝負でも受けてやる。どうせ勝つのは俺だ」


「へっ、上等だ。この際、徹底的にテメェを下して、下級年最強のイスを俺のもんにしてやるよ……!」


「「なぁ、コウ!?」」


 再び、二人はそろってコウを見る。


 もう、止めることはできそうにない。コウは嘆息をはいた。


「……俺、寝るから」


 風呂上がり早々。早くも汗を厭わずに燃え上がる二人を後目に、コウはそれ以上関与することを諦めてしまった。




 生徒が使用できるトレーニングルームの奥には、グローブなどの並ぶ棚の壁に覆われ、リングが備え付けてある。練習用で、試合用よりはやや小さめのリング。それでもスパーリングを行うには十分本格的な設備だった。


 学園側は、試合のみでは生徒の闘争心を満たせず、学外での喧嘩などが発生することをあらかじめ考慮している。それこそ、そういった生徒でひしめきあう「紛争学園」であるが所以だ。


 故に生徒同士の喧嘩などはなるべくリングの上で処理させようと試みており、学内にはこういったリング備え付きのトレーニングルームがいくつもあって、特別な許可もなくいつでも使うことができた。


「へっ。来たな、ユウキ」


「…………」


 リングのある奥の部屋。先んじて到着し、ベンチで軽く伸びをしながら準備をしていたアラトは、奥の扉よりユウキが入ってくるのを見つけて笑みを浮かべた。


 二人ともが、拳にはフィンガーグローブ、そしてボクシングトランクス一枚の格好で、それらは試合と何ら変わらなかった。


 一度、部屋に戻ってからまた集合するという流れになり、今に至っている。アラトはグローブの先を叩き合わせつつ立ち上がると、扉の鍵を閉める。


「そういや、お前とはやり合う機会があまりなかったからな……、せいぜい、ビビらせてやるよ!」


「言ってろ。リングであろうとなかろうと、勝つのは俺だ」


 アラトにとって喧嘩は日常茶飯事だが、学年トップと言われ職員室や上級年生にすら一目置かれているユウキを相手にするのは、そうそうあることではなかった。試合では、今のところアラトがユウキから白星を稼いだことはない。かといってタイマンを挑むこともない、コウと一緒に気の合う友人になってしまったこともあるだろう。


 だが、今はそんなことは関係ない。漢として、強い奴を倒して、屈服させる。それほど燃えることはないだろうと、アラトは歯を剥いて笑った。


「……相手の責めに、どっちが最後まで耐えられるか、だったよな。さっさと始めるぞ」


 無いも同然だが、ルールは話し合っていて把握済みだ。リングの上でこそあれ、反則もない完全タイマン方式。


 そして既にやる気は十分なのだろう、挑戦的な目で睨んでくるアラトに対し、ユウキは静かに目を閉じたまま確認する。


 今からやる対戦。スパーリングと銘打ってはいるが、ただ相手を倒せばいい勝負ではないだろう。おそらくそれではアラトは納得しない。


 つまりは、負けた相手に行われる屈辱。それをかけて挑む。どちらが先に、体ごと相手に屈するか。ユウキは考えつつ、アラトに先んじてリングに上がった。


(リングの上なら、開始と同時に押さえ込んで終わりだ、試合となにも変わらない)


 単純な腕力面はともかく、実力で言えば、間違いなく自分が上だとユウキは自負していた。であれば、殴り倒すか締め落とすかして、その後にアラトを凌辱して終わり。焦る必要はなく、別段リングの上で組みあいながら、アラトの急所などを狙う必要もないだろう。


「へっ、上等だぜ! ……の前に……」


 アラトはふと、自身の影に隠していた、赤い液体で満たされた細い試験管を二つ、得意げな顔で取り出した。


 ユウキはそれを見て、はっとしてその正体に察しをつける。なぜ、喧嘩の空気にいきりだっていたアラトから言い出して、部屋に戻ったのか。ずっと疑問だったが……。


「それ、まさか……。「赤水」か……? なんでお前が……」


「あぁ。これが何か、お前だって知ってんだろ?」


「…………」


 正式な名称は知らないが、「赤水」、そう呼ばれているこの液体は、教師からもいつかの授業で説明を受け、昨今学生の間で大きな噂になっている。


 この学園で行われる試合、そのリングには特殊な照明がつかわれており、それを浴びながら戦う学生は精神を研ぎ澄まされ、あらゆる感覚が鋭敏となる。この液体はその成分を液体として再現したもの。すなわち、これを摂取するとこで、あのライトを浴びているのと同じになる。


 そして、それらの効果に足して、これは更に集中力の増進や神経の補強……、つまりは、反応速度といった方面で試合に強くなる薬とのこと。


 ……そして、副作用は言わずもがな。これを呑んで試合や行為に至ると、すごくクるらしい。服用経験のある先輩連中からの話で、だからこそ学生間でも噂になっていた。特に、試合の成績が芳しくない生徒にとっては、試合の際には喉から手が出るほど試してみたい薬だと言われていたとか。


「前に喧嘩して呼び出し食らった時、担任の机からくすねた♪ これ飲んでやんぞ。

 どうせやるなら、漢のプライドかけてとことん徹底的にやろうぜ、なぁ?」


「……ふざけんな、んな怪しいものなくたって、俺は……!」


「へぇ、……自信ねぇのかよ?」


 試験管を振って見せながらアラトは近づくと、ユウキの肩に手を回し……、そして、下腹部のユウキの性器をトランクスの上から軽くはたいた。


「っ」


「それとも、これ飲んで、俺に何度もイカされんのが怖いのか? 泣きわめいて土下座でもすんなら、止めてやってもいいけどな?」


 間近でアラトの勝気な笑みを目の当たりにして、ユウキは不服気に眉をひそめた。


「へっ、どうすんだよ。ここまできて、土壇場で女々しく逃げんのかぁ? ユウキくん?」


「っ…………、よこせっ!」


 見え透いたアラトの挑発だと、そうわかってはいるものの。リングの上で相対しながら言われれば我慢ならず、ユウキは堪えきれずにアラトの手からそれをさらい取ると、親指でキャップを外す。


 寸前で少しためらった後……、口をつけ、一気にそれを飲み干した。


「へっ、俺も……」


 それを見て、アラトもユウキに続き、その液体を一気に飲み干す。


 空になった試験管をそこいらに放る。赤い見た目とは裏腹に、特に味などはなかった、少し、薬くさいような後味が舌に引っかかったが……。


「!!?」


 ……直後、頭がぐらつく気配に、ユウキは自身の肩を抱き、目を見開いて俯いた。


 そして、同様の変化はアラトにも表れる。体がほてり始め、体温が上昇していくのを感じる。


「っ……、やべ……風呂上がりだからか? 回るの、早ぇな……」


「ぐ……っ……」


 これこそ、いつもリングで上がっているときに感じている感覚と似ている。次第に汗ばんでいき、体の感覚が思い通りに制御できなくなっていく。


 だが、おかしい。似通ってはいても、その効き目は試合の時以上、比べ物にならない程だ。いくら液体の方が回りが早いのだとしても、どれだけあの照明を浴びながら試合や練習をしたところで、これほど体が追い詰められたことはない。


 ……「赤水」は、三倍に薄めて、薄桃色にしてから服用するんだっけか。いずれにしろ初めて見たが、……まさか、先ほどのは希釈する前の……?


「っ……、はぁ……、はぁ……」


 同じく飲み干したアラトも、頬を高揚させ、胸を押さえている。まさか当人もそれを知らず、希釈しないままで渡してきたのか。


 ……そんな考えすらまとまらなくなるほどに、体の変化は明瞭だった。が、今更、逃げるなんてできない。


「……始める前に、水、飲ませてくれ……」


 せめて、今からでも薄めなければと、ユウキは部屋の片隅に設置されているウォーターサーバーへ向かうべくリングを降りようと、ロープに掴みかかった。


 ……リングで相対している最中。その隙を、アラトが逃すはずもなく。


「!!」


 リングを降りようとした直前……逃さぬとばかりに背後からアラトに肩を掴まれる。首に腕を回され、捕えられてしまった。


「はぁ……、はぁ……、……オラッ! 油断してんじゃねぇぞ……!」


「っ! アラト、お前……!」


 その様子も、いつもとは少し違う気がした。何も体の敏感さだけでない、学園が求める本来の用途は、生徒の本能的な闘争心を刺激すること。


 その証拠に、アラトの目が血走っているのがよく分かった。相手を殴りたくて、倒したくて仕方がない。そんな様子だ。


 煮えたぎるほどの、獣のような闘争心。それは今も自分を蝕み、支配しようとしているからこそ、ユウキにはアラトの現状がよく理解できた。


「がっ……、や、めろ……、まだ、俺は……!」


「はぁ……、はぁ……。へ……っ、タイマンにゴングなんざあるかよ! 今からお前の体に敗北を刻み込んでやっから、覚悟しろや……!」


 すると、ユウキを捕えたまま、アラトは足を上げ、その肩にひっかけた。もがこうとするユウキを力づくで押さえつけて、自身に貼り付けにする。


「うっし! いっちょ上がりだ!!」


「ぐぁぁっ!!」


 腕と足を絡めてユウキの関節を極め、複雑なプロレス技に捕えてしまう。開始間もなく、あらゆる関節が悲鳴を上げた。ユウキを捕えると、アラトはそれだけに満足しない様子で、にやつきながら拳を握る。


「おい、ユウキ。さっきは散々俺を馬鹿にしてくれたよなぁ……、覚悟しとけよ?」


「ぐ……っ! アラト……!」


 ドゴッ!


「がぁっ!」


 直後に、体ごと引き延ばされ無防備に晒されたユウキの脇腹に、アラトの拳が突き刺さった。

衝撃が突き走るものの、背後からアラトの肉体に貼り付けにされて逃れることができない。


 その都合、アラトの側からも十分に腕を伸ばすことが出来ないとはいえ、無視できるレベルの威力ではなかった。アラトの腕力は決して見掛け倒しではない。


「へへ……、オラッ! うらぁ!」


 ドゴッ! ガッ!


「ぐ……ぅ、……くそ……っ!」


 そして、関節を極められつつ、何度も脇腹を狙われる。威勢のいい声が響くと同時に打撃が被弾する度、ユウキは苦し気に息を漏らした。


 体のほてりを押さえつけるように意識しつつも、面白がるように繰り出されるアラトの至近距離からの拳に耐え続ける。早くも互いの体に汗が滲み、アラトは逃さぬようにと更にユウキの体を手繰り寄せ、自身に密着させた。


「はっ、逃がすかよ。このままお前をボコボコにしてやっからな」


「ぐ……、この……!」


 この状況に優越を感じ、喜々としてユウキの頬を拳でぐりと押しつぶす。よもやこのまま勝てると踏んでいるのか、アラトの分かりやすい挑発にユウキは不愉快そうに目を細めた。


「くそ……、アラト、調子に乗るなよ……!」


「へっ……減らず口叩いてんじゃねぇよ。


 ……そういやぁ、確かどっちが強いとか、長持ちするかとかそういう話だったよなぁ……?」


「……!!?」


 アラトが殴打を止める。そして握っていた拳を開くと、その指先はユウキの腹筋を滑り、下腹部へと伸ばされていく。


 ただでさえ、先に飲んだ赤水の効果で全身の感覚が過敏になってしまっているこの状況。アラトのやや皮の厚い指先、その感触だけで、ユウキは声を漏らす。


 そしていよいよ、アラトはユウキのトランクスの隙間から、指を突き入れた。


「っあぁ……!」


「ふはっ。ユウキも、こうなっちまえば大したことねぇよなぁ?」


 体格で勝るアラトが、その持ち前の怪力で関節技を維持したまま、ユウキのトランクスの中をまさぐりだす。そしてユウキの勃起しきった性器を指先に捕え、揉みしだいていく。


 膨らんだトランクスの中。血管に爪を立て、先端をこねるように刺激する度、ユウキは首を伸ばしてもがいた。だが、アラトにしっかりと捕まって逃れることはできない。


 感覚をより鋭敏にさせる薬の影響が最も多く出て、いきり立つ性器へと、アラトは遠慮なしに責めてかかった。


「はぁ……、はぁ……。……やめろ……アラト……! さわ、るな……!!」


「へっ。ちょっと学年トップだからって図に乗りやがってよぉ。これから二度と俺に舐めた口聞けねぇように、徹底的にイかせて、負かしてやっからなぁっ!」


「ふ、ざけるな……、せ……、正々堂々……、ぐぁ……!」


「はははっ! 男として、こんな負けっぷりもねぇよなぁ? 喧嘩相手の男に、一方的にイかされるなんざ……、よぉ!」


 そして、性器を扱く手を加速させていく。アラトの大きな手で包み込まれ、先走りの噴き出す先端は布地に擦られる。下から込み上げてくる痛みに近しい快楽の渦に、ユウキは必死に歯を食いしばった。


 このままでは、イかされて、負ける……! こんなに呆気ない敗北などは完全に想定外であり、ユウキは首を振ってもがき続ける。


「くははっ! このまま無様にイっちまえ!! 今日から学年最強はテメェじゃねぇ、このアラト様だっ! 分かったかっ!?」


「ふっ、ぐ……、おらぁっ!」


 勝利を確信したらしいアラトの高笑いを聞きながら……、ユウキは顎を引く。 その直後に、勢いよく頭を後ろに振りかぶった。


 ……ドゴォッ!


「っ!?」


 後頭部からの頭突きをもろに鼻先から受け、アラトの動きが止まる。腕や足から力が抜けたのを見逃すはずもなく、ユウキはすぐに抜け出し、アラトを突き飛ばして向き直った。


「いっ……! ……テメェ……っ!?」


「……開始でいいんだろ、なら、せいぜい後悔すんだな……」


 ゴングを先に決めたのは向こうだ。今更止めてやる義理もないだろう。


 まずは、締め技の反撃だ。ユウキは指を開いて構えると、怯むアラトに構わず颯爽と迫っていった。


 手首を掴み、引き寄せて足を絡ませる。アラトの抵抗がまるで間に合わない程ほんの一瞬の間に、三角締めに捕えてしまった。


 アラトが切迫した顔をする中で、ユウキが目を細め、足に力を込める。途端に突き刺さる痛みと苦しみでアラトは顔を歪ませた。


「がぁぁぁ……! テメェ……っ!」


「あまり暴れると怪我するぞ、さっさと諦めたらどうだ……?」


 もがこうとするアラトへ、冷たく言い放つ。

 いまだ性器に絡むアラトの指の感触を覚えつつも……、ユウキは熱い息をこぼし、加減せず技を決め続けた。


「ふーっ、ふーっ……うらぁっ!!」


「…………っ」


 アラトが腕を引いて逃れようとした、次の瞬間……、掴む手首を汗で滑らせたユウキは技を外し、アラトの脱出を許してしまった。


 アラトは転がるように逃れると、喉を軽く抑えつつ立ち上がる。普段なら、一度寝技に捕えた相手をこんな形で逃すなどありえない。だが、今は色々な意味で普段の試合とはかけ離れている。


「は……、油断したか、ユウキ!?」


「…………」


 ……なら、相手が動かなくなるまで、徹底的に責め続けるだけだ。得意げに鼻を鳴らしているアラトを睨み付け、ユウキは静かに拳を身構えた。

 その様子を見て、アラトは鼻頭をくすりつつも、好戦的に笑った。


「……はっ、いいぜ、徹底的に殴り合おうじゃねぇか!」



 ドゴッ! ドボォッ!


「がぁ! ぐぁっ!!」


 妙な薬を飲んだところで、試合となんら変わらない。そう決め込んだユウキの反応は早かった。


 風のようにキャンバスを蹴って、アラトの反応速度を大きく上回り、勢い鋭くその頬を殴り飛ばす。そして肩を掴み、後ずさりするその腹筋へと膝蹴りを打ち込んだ。


「がぁ……っ! テ、メェ……! ……んがっ!」


 その衝撃で一気にロープ際へ追いやられる。それでもアラトはかろうじてロープを掴んだが、体勢を立ち直らせる前にとユウキはその足を蹴って払った。


 足をもつらせて倒れ掛かるアラトの後頭部を掴むと、流れるようにそのままキャンバスに押し倒す。

 悔し気に奥歯を噛みしめつつ、俯せに崩れたアラト。ユウキはその背中に膝を押し付けて伸し掛かる。肩を掴んで関節を極め、背面からの馬乗りを決めると、ユウキはふぅと息を吐いた。


「こ、のぉ……どけや、ユウキ……っ!」


「なら、負けを認めろ、アラト」


「……誰、が……っ! くそ……っ!」


 自分に伸し掛かるユウキを力ずくで振り払おうとするも、ユウキは確かな体幹でそれを許さない。


「負けを認めないなら、仕方ない。さっきの仕返しだ」


「はぁ……、はぁ……、!? ……っあ……」


 アラトを押さえつけながら……、ユウキは先の仕返しとばかりに、アラトのトランクスの中に手を入れ始める。


 汗で滑らかになった腰を伝って、そのまま性器へと至る。同じ液体の効果の下にいるアラトもまた完全に性器を勃起させており、ユウキの指が先端に触れた瞬間、その刺激に挫けるような切ない声を漏らした。


「オラ。ひくついてるぞ、我慢しねぇで早く出せよ」


「うぁ……ぐ……、やめ、ろ……、テメェ……っ!!」


「これで終わりだ。さっさと出して、さっさと降参しろ。試合でなくても、どんな勝負でも、俺は他のやつに負ける気は一切ない」


 誰が相手だろうと、どんな勝負だろうとも。敗北を甘んじて受け入れる前に、全力を尽くす。ユウキの目に慢心は一切なく、悔し気に頬をキャンバスにすりつけながら睨んで来るアラトを冷ややかに見下していた。


 そして、背後からアラトの性器を扱いていく。薬の影響は変わらず、アラトも限界なのだろう。キャンバスに肘を立て立ち上がろうとするも叶わない。だが性器は下を向いていきり勃っている。


 それを、トランクスの中でやや乱暴に上下に扱いていく。汗がぽたりと落ち、口から熱い熱気がこぼれだす。


「はぁ……、はぁ……、がぁぁ……っ!」


「例え、お前やコウ相手でもな」


「ぐっ……、ぁぁ……、……く、そおおぉおおっ!!」


「!?」


 粘着質な音が響き、熱く熱されたようなアラトの性器がビクンと激しく手の中で暴れている。間もなく、射精するだろう。その感触を感じ取り、確信していた時。


 アラトは力を振り絞ったように声を上げると、ユウキの手首を掴み、思い切り全身を捻じる。


「くっ……!」


 その乱暴な抵抗に、即座にユウキは何とか股で挟みこみ、アラトの体をキャンバスへ押さえつけようとした。


 だが、体重差もあり、やがてその怪力に抗いきれなくなる。アラトは唸りつつ力を込め続け、ついに二人はまとまってキャンバスを転がった。

 ユウキが背中から剥がれ、即座に二人は受け身をとると、優位を取られぬように立ち直った。


「はぁ……、はぁ……」


「……チッ。命拾いしたな、アラト」


「…………へっ、せっかくの喧嘩が、こんなもんで終われるかよ……、テメェこそ、覚悟しとけよ……!」


 いきなり性器の扱き合いとなり、大幅に体力を消耗した。そうでなくても、トランクスの布地が汗でこすれ合うだけで腰が砕けそうになるほどだ。薬の影響下では、ささやかな刺激すらも我慢ならない快楽となるらしい。


 しかも、それを原液で、だ。満足な呼吸すらままならない程では、長くリングの上を駆けまわることは難しいかもしれない。先に射精した方が、満足に動けなくなる。


 負ければ勝者の慰めモノにされる試合を経験してきた紛争学園の生徒として、二人はそれを直感していた。

 息を乱すアラトは笑みを浮かべると、拳を身構えた。


「今は試合の終わりでもなんでもねぇからな、テメェみてぇなチビ、あっという間に力付くでブッ倒して、犯してやるよ!」


「……言ってろ、怪力だけの馬鹿ゴリラ。こんなくだらねぇ張り合い、さっさと終わらせてやる」


「……誰がゴリラだ、コラァァァッ!!」


「……次。チビ、つったら、その粗末なモン握り潰す」


 ユウキも同様に臨戦態勢に入る。間もなくして、アラトは唸りをあげて殴りかかった。



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