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ごむらば
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不思議な動物園【後編】

特別休暇も終わり、私のIDカードで専用入口から動物園に入る。 すごく緊張しながら、カバの絵が描かれたドアの前に立つ。 深呼吸をしてからドアをノックして入ると、すでに誠さんは出勤していた。 「おはようございます」 元気に挨拶をしてから部屋を見渡す。 部屋の中央にテーブルとイスがあり、部屋の左右にはカバの大きな着ぐるみとシングルハンガーにかかったウエットスーツと黒いラバースーツが何着かかかっている。 その奥には簡易式の更衣室も準備されていた。 誠さんから女性スタッフの補助がないこと。 カバの着ぐるみを着る前に全身タイツのようになったラバースーツを着てからウエットスーツを着ることが告げられた。 ウエットスーツはカバが水の中にも入るので保温のために着るのだとか。 足を四方に開いて床に大の字になるカバの着ぐるみを見てみる。 ゴツゴツしている見た目に反して触ってみると柔らかい、それに軽い。 カバの着ぐるみを何処から着るのか分からないので探ってみるが、ファスナーなどは見つからない。 巧妙に隠してあるのかと思ったが、いくら探しても見つからない。 ならばとカバの口を大きく開けて、上半身ごと入ってみたが体の中までは繋がっていないようだ。 勢いよく入ってしまったので、カバに噛みつかれた状態になって抜けない。 足をバタバタさせていると、誠さんが 「何やってんだ」 と少し呆れた口調でカバの口を開けてくれた。 「このカバの着ぐるみってどうやって着るんですか?」 私の質問に誠さんは何も答えずにカバのお尻を指差した。 「え!お尻からですか?」 誠さんは頷く。 今度はカバの着ぐるみのお尻を探る。 入れそうなところといえば、肛門。 まさかとは思ったが、手を入れてみると肛門が広がって私の腕が簡単に入った。 肛門は意外にも伸縮性がよく私の頭も入れることができた。 「でも、これって恥ずかしくないですか?」 私の問いに誠さんは苦笑いを返した。 まずはラバースーツに着替える。 誠さんは着替えないのか尋ねると、すでに着替えを済ませており、ジャージの下の黒い肌を見せてくれた。 私が慌てて着替えようとすると、ラバースーツの潤滑剤といってボトルを手渡された。 更衣室に入って着替え始めて気になったことがある。 それは下着を着るのか、裸なのかということ。 更衣室から顔を出して誠さんに聞いてみる。 誠さんは裸でラバースーツを着ているが、恥ずかしければ水着を着てもいいみたいと言って、テーブルの上に置かれた物を指差す。 私は一旦更衣室から出て水着を取り再び更衣室へ戻った。 水着は競泳水着でサイズは私にピッタリだった。 次に潤滑剤を使ってラバースーツを着る。 滑りの悪いラバーを物ともせず、私の体はラバースーツに飲み込まれた。 手はグローブ、足は五本指ソックスのようになっており全て一体化したラバースーツ。 マスクも当然のように一体になっていた。 マスクの中は目の辺りに小さな穴が左右一つずつあり、鼻の穴は無し、口にはチューブがあり咥え易いようにボールのような膨らみが付いていた。 マスクを被ってみる。 目の辺りの小さな穴は少し調整すると外が見えた、ただし視野は狭い。 口のチューブもボール部分を咥えると上手く呼吸ができる。 確認が済んだのでマスクを脱ぐ。 それほど大きくない姿見で自分の姿を確認する。 ラバースーツには中に着た競泳水着のラインがしっかりと出て色っぽく感じた。 そして締め付けで興奮したのか、乳首はしっかりと自分の存在を主張していた。 心を落ち着かせて更衣室を出ると誠さんがウエットスーツに着替えていた。 ウエットスーツはフリーダイビングに使用されるようなツーピースのもので、まずはロングパンツを履く。 それからラバースーツのマスクを被ってからフード付きの上着を被るようにして着る。 ウエットスーツもラバースーツも黒なので、真っ黒なヒト型のものが私に近づいてきた。 私より体の大きな誠さん、顔が見えないと妙な怖さと威圧感がある。 怖くないと思っているが体は恐怖を感じて動かない。 黒いヒト型の両手が伸びて私の腕を掴む。 動けないでいる私に誠さんはラバースーツの呼吸用のチューブを通して話しかけてきた。 しかし、チューブで口の開閉が満足にできないので何を言っているのか分からない。 懸命に何かを伝えようとする誠さんがいつもと違い滑稽に見えて、気づけば恐怖感はなくなっていた。 誠さんは部屋にあったホワイトボードを使って伝えてきた。 “ウエットスーツ着るの大変だから、手伝うよ“ と、その後黒いヒト型のゴムの塊となった誠さんに手伝ってもらって、かなり苦労してウエットスーツを着ることができた。 だか、着ることに疲れた私たちは黒いヒト型のゴムの塊となって床に転がった。 私たちが床に転がってからしばらくして、ドアがノックされた。 私はたち上がりドアを開けると園長が立っていた。 私たちは園長に一礼すると、園長が話始めた。 「これから2人にはカバになってもらい、色々大変なこともあると思うが頑張って欲しい、また、困ったことがあればなんでも相談して欲しい」とも。 私は園長の言葉に返事をしようとしたが、上手く言葉を発することができなかった。 そんな私を見て園長は話せないので頷くだけでいいと気を使ってくれた。 話を終えると園長は部屋を出て行った。 また、2人になりいよいよカバの着ぐるみに入る、お尻の穴から。 どうやって入ればいいのかと思案していると、誠さんが私の肩を叩いた。 誠さんの方を見るとカバのお尻の穴に頭から入った。 そのままカバのお尻の穴に黒いものが呑み込まれていく様は、排便を逆回しにした様にも見えなくはない。 その後は腕を使ったり体をうねらせたりしてどんどんカバの中へ。 最後に足はスルッと入ってしまった。 中では4本の脚を探しているようで、カバの胴体が上下する。 そして脚が見つかったようで、床に這いつくばっていたカバが立ち上がった。 ある程度の大きさはあるのだが、一つ気になる点が。 それはカバの体全体に張りがない。 誠さんの入った雄のカバは右前脚付近のスイッチを踏む。 するとカバへ空気の注入が始まった。 空気が右前脚から体全体に注入されている。 空気の注入はカバに張りが出ると自動で止まった。 雄のカバは右前脚を振るようにして空気の注入口を引き抜くとこちらを向いた。 そして私にもどうぞ、というように先ほどの右前脚を脚の裏が見えるほど上げて私にもカバに入るように催促した、それに応じるように私は頷くと心の準備と確認をした。 私はカバの右前脚のところの空気注入口とスイッチを確認。 確かにスイッチも注入口もある。 私は自分の入るカバの着ぐるみを持ってきて空気注入口にセットする。 そして私は大きく息を吸い込んでカバのお尻の穴へ頭を突っ込んだ。 カバの着ぐるみの中はウレタンで、表皮とウレタンの間がフロートのように膨らむようになっている。 腕を使い体をうねらせてカバの中へ入っていく。 体が着ぐるみの中に全て収まると、今度はカバの脚を探すべく手足を動かすが、なかなか見つからない。 右足に集中して探す。 “あった“ 右足のところにカバの脚へと繋がる穴を見つけた。 左足も同じようなところを探るとすぐに穴は見つかった。 両足をしっかりと入れてから、今度は前脚を探す。 片方ずつの方が見つけやすいことは先ほど分かった。 今度は左でカバの前脚を探す。 “ん?“ 足に繋がる穴はあったが、その先に掴める棒がある。 誠さんの動きを思い出してみる。 着ぐるみに入ると、後ろ脚はともかく前脚に違和感があった。 “なるほど!“ 前脚の長さが足りない分を補うために、この棒を使って前脚を操作すればいいと直感で理解した。 すぐに右前脚も見つけて立ち上がる。 立ち上がった右前脚でスイッチを押す。 モーター音と共に私のカバにも空気か注入される。 空気か入りカバの体が持ち上がると僅かだが光が見えてきた。 光のところへ顔を持っていくと、外が見えるとはいっても下の方だけ。 頭を反らすように持ち上げると、部屋の中が見えた。 もちろん、目の前にいる雄のカバも。 こうして私は雌のカバになった。 園内に出る時間になると、自動的に部屋のドアが開く。 それに合わせて誠さん、いや雄のカバが動き出した。 私もそれについていく。 それほど速くない、むしろゆっくり過ぎるほど。 カバの飼育員から動物園のカバとしてこれからデビューする。 1人ではないが尋常じゃないぐらい緊張してきた。 ゆっくり歩いているので、カバの展示スペースにはなかなか辿り着かない。 そうしている間にも緊張がどんどん高まっていく。 いよいよバックスペースを抜けて展示スペースへ。 この日がオープンということもあり、いつもより人が多く歓声を浴びながら展示スペースへ入っていく。 展示スペースはカバたちを飼育していた時とは比べものにならないくらい綺麗になっていた。 テンションが上がり走り出したい気持ちを抑えて、ゆっくりと歩きカバを演じる。 カバの展示スペースは上から見ることも水溜まりの部分が水槽になっていて、泳いでいるところも見ることができるようになっている。 私は調子に乗り水溜りに飛び込んだ。 空気で膨らませたカバが沈むとは思わなかったから。 私の思った通り沈むことはなかったが、着ぐるみの中に水が入ってきた。 慌てて手足を動かし岸へ戻ろうとするが、方向が分からない。 私の視界はカバの前脚辺りだけなのだから。 視界の確保と水の侵入を防ぐため頭を持ち上げようとするが、水に入ると陸上とは訳が違う。 重くて全く上がらない。 そうこうしているうちに水はどんどん入ってくる。 着ぐるみの中がある程度水に満たされると浸水は止まった。 それにどういう機構になっているのか分からないが、チューブはいくら吸っても水は入ってこず空気だけで呼吸は無理なくできた。 落ち着いた私は浅瀬まで、悠々と泳ぎ上陸しその後は水溜りには入らずに大人しく過ごした。 人に見てもらうだけというのは暇で、時々ウロウロしてはゴロンと横になるを繰り返して閉園時間を迎えた。 閉園となり部屋へ戻るため、バックスペースをゆっくりと移動する。 もうこの頃には浸水した水溜りの水もほとんど抜けていた。 私たちの部屋の前にはスタッフが立っていて、戻ってきた私たちの右前脚辺りで屈むと空気を抜いてくれた。 カバの絵の描かれたドアは開いている。 部屋の中に入るとそのまま床に大の字でうつ伏せになる。 「疲れたぁ」 今日一日何をしたということもない。 一度水溜りに入り慌てただけで後は、ゴロゴロしていただけだったのに。 始めは緊張していたがそれも途中からは緊張感もなくダラダラ過ごしていた。 着ぐるみに入っているだけでこんなに疲れるものなのだろうか。 動けなくなっている私の横で誠さんはカバのお尻から出てきた。 誠さんは着ぐるみから出ると、床に転がっている私の入ったカバの体を叩いて合図をしてきた。 おそらくは着ぐるみから出るように言いたいのだろう。 体を起こして着ぐるみを脱ぐ準備を始める。 カバのお尻から出ようと自分のお尻を振りながら出口に擦り付けるが出られない。 “困った、入ったはいいがどうやって出るんだこれ“ 困って動きを止めていると、着ぐるみの中に腕が入ってきた。 その腕は私の腰辺りに巻きつくと、力を込めて外へ引っ張り出そうとしてくれる。 私もそれに合わせて力を込める。 ゆっくりとではあるが着ぐるみからお尻が出た。 続いて体、最後に手足がカバの着ぐるみから出た。 黒いものがカバのお尻から出てくる絵を想像して、私は思わず笑ってしまった。 突然、誠さんが私に抱きついてきた。 お互いにラバースーツを着て、その上からウエットスーツを着たままの姿で。 本来なら鈍くなっている感覚は、カバの着ぐるみを着ていたので、いつもより研ぎ澄まされいた。 目のところに開いた小さな穴でも相手のことは十分よく見える。 顔や表情は分からないが。 呼吸しかできない唇をラバー越しに合わせる。 2人とも興奮しているのが、荒い呼吸から分かる。 言葉を発することも出来ず、動物のようにただただ異性を求める。 それでも今の2人には十分だった。 私は誠さんのことをずっと意識していたし、誠さんもきっと私のこと。 そう思うとにますます体を擦り寄せていき、誠さんもそれに応えてくれた。 床で転がり抱き合っている私たちをブルーシートのようなものが包んでいく。 転がりながら彼が私たちを包んだと私は思っていたのだが、どうも様子がおかしい。 ブルーシートに包まれ上と下の開いている部分がロープで閉じられた。 私と誠さんは体を密着させながらも抵抗を試みるがしっかりと巻かれたブルーシートから逃れることはできない。 ブルーシートに巻かれた後、頭の方が持ち上がり引き摺られながらどこかへ運ばれる。 引き摺られている間も2人で抵抗したが、強い力で引き摺られ続けた。 ようやく、止まって下ろされる。 下ろされてからも、2人で力を合わせて脱出すべく抵抗を繰り返す。 すると、ロープがほどかれ、ブルーシートから解放された。 運ばれてきた場所は園長室。 そして目の前には園長。 園長は誠さんに近づくと誠さんの耳もとで何かを囁いた。 すると誠さんは深々と頭を下げて園長室を出て行った。 次に園長は私に近づいてきて、耳もとでこう言った。 「君は契約書を読んでいないのか?」と。 言葉を発することのできない私に園長が続ける。 「契約書には同じ動物の着ぐるみで雄雌となった男女の恋愛は禁止とする」と。 カバの着ぐるみに入ることになった時も契約書を読んでいなかった。 あの時きちんと読んでいればこんなことにはならなかった。 契約書には続きがあり、“恋愛をした雄は飼育員に戻り雌は退園してもらう“とあった。 さらに“着ぐるみのインナーとして着ていたラバースーツもウエットスーツも全て買取とする“とあった。 これらのインナーは費用がかかっており、予備のスーツも私の体型に合わせたもので転用不可のため全て買取となった。 その額は動物園で働いた給料数ヶ月分のほとんどを費やした。 おまけに仕事と住まいと取り上げられることになった。 踏んだり蹴ったりだったが、私の中には妙な充実感があった。 誠さんと間接的で短い時間であったが交れた。 今はその高揚感から幸せを感じていた。 結局、この不思議な動物園は辞めたが、別の動物園での就職が決まった。 慣れ親しんだ町を離れることになったが、不思議と私には自信があった。 他の町、他の動物園でも。 それはなぜか。 着ぐるみで動物になって、動物たちの気持ちが理解できるようになった気がするから。 私は新たな一歩を踏み出した。 新しい動物園は至って普通、特殊な加工をされた檻もなければ動物たちに不審な動きもない。 ごく普通に触れ合い動物の飼育をしていた。 そんなある日、私のいたあの不思議な動物園の噂を聞いた。 人が着ぐるみに入って動物を演じていると。 私は少ない休みを利用して、私のいた不思議な動物園へと足を運んだ。 誠さんに会えるかもしれないという期待をしながら。 正直言うと、お客としてこの動物園には入ったことはなかった。 知り合いがいるかもと思い、帽子と伊達メガネで変装する。 目的の動物は猿にトラにゾウガメ、それにカバ。 その動物の檻の前で私はショックを受けた。 檻の外の動物の説明パネルに、動物名と生態などの後に、この動物が着ぐるみである事と雄、雌それぞれを演じている男女の顔写真が公開されていた。 この動物園、実は人が着ぐるみに入っていることは来園者には公表されていた。 来園者は動物でなく、人が着ぐるみに入り動物を演じているのを見に来ていたのだ。 もちろん、本物の動物も見にきているのだが。 園内を案内するスタッフも周知の事実であるが、飼育員たちは檻の外から動物を見ることを許されていない。 その代わり飼育員専用の特別観覧スペースが設けられていた。 檻の外の動物の説明パネルに、動物名と雄、雌を演じている人間が顔写真付きということはもちろん知らされないまま、動物が亡くなると飼育員たちは動物の着ぐるみを着て動物を演じる。 今日もこの不思議な動物園では元飼育員が動物を演じている。 私は運良く晒し者から逃れることができた。 完


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