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第1章 第八話

『それでも世界は回っている -OZ-』第1章「目覚めの草原」 第八話 ⸻ 第八話「それでも、前に進まなきゃいけないから」 ⸻ 朝。 目を覚ましたぼくの隣に、彼の姿はなかった。 代わりに、焚き火の横にひとつだけ、焼いた実が置いてあった。 まだ温かさが残ってる。だから、きっとさっきまでここにいたんだと思う。 「……」 静かだった。 風の音も、鳥の声もなく、空だけがやけに高い。 ドロシー──ぼくの名前を、あの人はもう覚えていないかもしれない。 昨日、あんなに近くにいたのに。 それでも、昨日のぬくもりだけは、本物だった。 * * * 小さな荷物をまとめて、出発しようとしたとき、彼が戻ってきた。 手には、小さな革袋。 「ああ……まだいたんだ。よかった」 「……うん。もう行こうと思ってた」 「これ、持って行って。水と、地図の切れ端」 「……地図?」 彼は、袋からぼろぼろの羊皮紙を取り出して、指を差した。 「この道を北に進むと、“クネロの村”がある。小さな村だけど、道が分かれてる分岐点なんだ。そこなら、もう少しマシな地図が手に入るかも」 「クネロの村……」 「そこに“灯を灯す塔”ってのがあるって、昔誰かが言ってた気がする。旅人はよくそこを目印にしてるみたいだよ」 「ありがとう……!」 「……ごめんね。本当は、もっといろんなことを教えてあげたいんだけど……」 その言葉の続きを、ぼくは聞かなかった。 たぶん、「もう君のことを覚えていない」って言いたかったんだと思う。 だけどそれでも、ぼくのために準備してくれたんだ。 ──忘れても、心は嘘をつかない。 ぼくは笑ってうなずいた。 「行ってくるよ、クネロの村へ」 「……気をつけて。夜は冷えるから、しっぽはしまって寝るんだよ」 それは、昨日ぼくが言ったことを、ちゃんと覚えているみたいな口ぶりだった。 だから、もうなにも言わなかった。 ありがとうの代わりに、しっぽを軽くふった。 風の中、ぼくは歩き出した。 名も知らぬ誰かがくれた、たしかな希望を抱えて。


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