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五冊目 第三話 好き嫌いの

第三話 好き嫌いのお仕置き

給食の時間には独特の活気がある。学校中でカチャカチャと金属製の食缶や食器が触れあう音、手を洗う水音が無数に重なり合う中で、それぞれが献立に一喜一憂したり、束の間の開放感を味わう様は、まるで小さなお祭りのようだ。当番が忙しく配膳に立ち回る姿には、どこか威勢の良さも感じる。


そんな風にみんなが浮き足立つ中で、今日の私はといえば少しだけ浮いていた。午前の授業の疲れ、いや、正確には朝からのお仕置きのプレッシャーにやられ、野菜スープの香りを嗅ぎながら、ぼーっとしてしまっていたのである。


(あと少しで帰れる……)


お仕置きの後、慣れないうちは大丈夫? なんて、お互いに声を掛けていたものだけど、今はみんな逆に知らん顔を保っている。なぜなら、誰しも一回や二回は同じような罰を受けたことがあるし、その痛みは普段の有り余った元気を削ぐには充分なことを知っているからだ。


もちろん、校庭に面した窓からは朝の百叩きの音も丸聞こえだったはずで、私がどんな風に、どれだけ泣かされたかなど言うまでもなくバレバレだ。私も他の子が叩かれている時は、こっそり窓から覗いて見たこともあるし。


だから――


「あまったから食べなよ」


――なんて、しっかりお仕置きを受けた組にカウントされ、時にはこうして休んだ子の分の種無し葡萄を分配してもらえたりもするのである。先ほど私語でお尻を叩かれた前の席の二人も、やはり同じように数粒の葡萄で元気付けられていた。


『いただきます』


日直の号令の後、それぞれに談笑しながら思い思いのペースで食べ始める。今日の給食の出来はどうだとか先割れスプーン片手に食通ぶってみたり、昼休み何をするかとか、なにかのゲームのボスの倒し方だとか。そんなふうに話しながらでも、やはり育ち盛り食べ盛り。お皿の中身は、あっという間に小さなお腹に収まっていくのだった。


「……」


――と、思いきや、同じ班内で一人だけ浮かない顔で、いつまでもお皿と睨めっこしてる子がいた。鈴木くんだ。見れば、ほとんど丸ごとサバの味噌煮が残っている。ああ、そういえば彼は魚が苦手だったっけ。


「鼻つまんで食っちゃえば?」

「牛乳で流し込めばいいんじゃね」


五分が経ち、十分が経ち、給食の時間もあとわずか。見かねた周りのアドバイスに鈴木くんは、ツナ缶のフタにくっついた分より小さな破片を恐る恐る口に含んでは、顔をぐしゃりとしかめて牛乳をゴクゴクと飲んだ。


(そこまで嫌か……)


いや、好き嫌いとはそういうものなのだろう。でも、このペースじゃ先に牛乳が無くなるなぁと思った矢先、ギャラリーの一人、田口くんが動いた。


「おい、今ならいけるぞ」


小声で呟く田口くん。小さく指差す先を見ると、教室の端に置かれた事務机で、手元の書類の束を注視している先生の姿があった。


「移せ移せ」


早技。二人の腕が交差したかに見えた瞬間、ほぼ手付かずの鈴木くんのサバの味噌煮は、するりと田口くんのお皿に移動した。


「よし」


そして、田口くんが獲得したサバの味噌煮へ大口でかぶりついた瞬間、背後からよく通る冷ややかな声がした。


「田口くん、そのお魚どうしたの?」


あなた、さっき食べていたよね、と先生の声が響く。そうすると、二人とももう隠せない。田口くんは食べ終えたはずのサバの味噌煮という物的証拠を押さえられているし、いつも好き嫌いで苦戦している鈴木くんのお皿が空なのも、どう見ても怪しかった。なにより俯いて何も言えずにいる二人の様子が、その全てを認めていた。


「二人とも、ごちそうさまをしたら前に出なさい」


先生はそう言って、手元の書類に目を戻した。


……


『ごちそうさまでした』


みんなが食器の後片付けをする為、配膳台に列を作っている最中、件の二人が黒板の前に立たされる。


「給食はあなた達がちゃんと成長するために、一人一人の栄養を考えられて作られているんです」


二人にそう言いながら、先生は鈴木くんのゴムのズボンとブリーフを足首まで、ずるりと下ろす。思わずお尻を隠そうと伸ばした手の甲をぴしゃりと叩かれた鈴木くん。よく響く音に、教室中の視線が一瞬そちらを注視する。


「こっそり人に渡すというのも卑怯なことよ。しっかりお尻で覚えておきなさい」


不貞腐れ気味なのか、だらしなく立っていた田口くん。そのお尻をズボンの上から一発叩いてシャンとさせてから、先生はベルトをカチャカチャと外す。田口くんにしてみれば、困っている友達を助けた事を叱られたわけで、腑に落ちないのもわからなくはない。しかし、先生のお仕置きは、こちらの気分で変わってくれるものでもない。


田口くんも鈴木くん同様、ズボンとパンツを足首まで下ろされて、お尻の上部に僅かに残る蒙古斑が顕になった。


「黒板に手を付きなさい。動いちゃだめよ」


使い終わった椀や皿を食器カゴに重ねる音が響く中、二人のお仕置きが始まった。


バチッ! バチッ! バチッ! バチッ!


鈴木くんと田口くん、それぞれのお尻に先生の平手打ち炸裂する。肩までしっかり腕を振り上げて強めに叩く、かなり本気のお仕置きだ。


「痛いっ!!」

「ごめんなさいっ!!」


交互に跳ねる二つお尻。先生の手形が一瞬白っぽく浮かんでは、徐々に赤みを帯びていく。強打を貰った鈴木くんが足を振り上げようとして、しかし、足首に絡まったズボンとパンツに阻まれて、ズリズリと地団駄を踏むような形になる。


「食べきれない時は素直に言いなさいと、いつも言ってるでしょう!」


たしかに正直に言えば、叩かれることなく残せる。それでも、決まってある程度のお説教はもらうことにはなるから、鈴木くんが言い出しにくい気持ちも、田口くんが助けようとした気持ちもわかった。だって、私たちが目の前の食事を食べようが残そうが、飢えたアフリカの子供の所にご飯が飛んで行くわけでもあるまいし。


バチッ!


へたり込む寸前の所を下から掬い上げられるように叩かれて、身じろぎする二人が手をついた黒板から、ぱらりとチョークの粉が落ちる。店も農家も廃棄は出すのに、なぜ私達だけがお尻をぶたれるんだろう。教室にお仕置きの音が響く中、空の食器を抱えたままでぼんやりと考えてしまった。


バチッ! バチッ! バチッ! バチッ!


まあ、こんな先生のご機嫌を損ねる屁理屈は、飛んでくる平手の数が増えるだけなのだけれども。


「後がつかえてるよ」

「あ、ごめん!」


いつの間にか食器返却の列がはけているのに気づかなかった私は、慌てて自分の食器を返すと、これ以上給食当番の邪魔にならないように、とりあえず手を洗いに行くことにした。


「掃除の時間まで、お尻を出して立ってなさい」


背後に先生の声を聞きつつ廊下に出ると、校内はすでに昼休みの空気。お仕置きの音を聞きつけたのだろう、通りかかった他のクラスの子たちがちらりと教室の中を覗き、うわ……と声を漏らしてそそくさと去っていった。


(なんか、今日は身近でお仕置きが多いなぁ)


朝に自分がされたのもあるし、授業中は目の前の席の二人。今度のお残しのお仕置きも同じ班だから、否が応でも意識してしまう。


(まあ、そんな日もあるか)


しかし、この時はまさか、この後の掃除の時間にまでお仕置きがついてまわるとは思いもしなかった。それも自分が受けるという最悪の形で……。











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