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五冊目 第四話 掃除サボりの

第四話 掃除サボりのお仕置き


「まだ、けっこう赤いね」

「百叩きだったからなぁ」


昼休み、お手洗いで浜崎さんと出くわし、話の流れでお互いに受けた傷を見せ合った。べつに露出趣味があるわけではなく、まあ、自分で確認するにしても学校でお尻が出せる所はここくらいだし、生物の本能なのかなんなのか、叩かれたお尻の状態は気になるものなのである。


「青痣とかない?」

「さすがにそれはないね」


私の方は概ね自分の感覚通りのお尻のようだった。強張りはやや取れたが、座ると少し痛む……つまり、まだ軽いダメージは残っている状態。ついで、浜崎さんが後ろを向き、スカートを捲って下着をずらして見せると、やや赤みの残るお尻が現れた。


「こっちはどう?」

「ん、もうだいぶ治ってる。下の方が少し赤いくらい」


彼女のお尻は早くもほぼ回復していた。私語のお仕置きの時も、そこそこ強めに叩かれているようだったが、やはり回数の差が大きいようだ。


「あと少し、お互い気をつけようや」

「おうさ」


お尻を仕舞いつつ言う浜崎さんに応えて、私もトイレを後にする。さて、昼休みをどうしたもんだろう。無意識にお尻に手を当て、鈍い痛みに顔をしかめる。校庭のボール遊びの盛り上がりが気になりつつも、これは外遊びは無理そうだなぁと結論づけて、たまには本でも読んで過ごそうと一階の図書室へ向かうことにした。


……


カーペット敷の静かな空間、独特の本の匂いが立ち込める図書室は閑散としていた。本好きの子もそれなりにいるけれど確実に少数派であるし、どうも流行りの本が少ない図書室に来るよりも、家から持ってきた本を友達同士で貸し借りする方が多いらしい。


「ふーむ」


ざっと棚を見渡す。昼休みに読むにはちょっと厚すぎる偉人の伝記、解説と用語の回収に重きを置き過ぎてエンタメ性が乏しい歴史漫画、子供向けとされてはいるが実際に面白いという子をついぞ見た事がない児童小説の類。ざっと背表紙を眺め見つつ、どうも手に取りたいと思うものがない。


「みんなもできるBASIC……?」


なんとなく古びた、けれどもサイバーな雰囲気に釣られて開いてみるが、なんじゃこりゃ、と謎の呪文を数ページ分眺めたところで、やはりそっと棚へ戻す。そんな風に開いちゃ戻し、開いちゃ戻しを繰り返し、ついに私は面白そうな本を見つけた。


生き物の図鑑『鳥』――。


表紙には、鮮やかな色彩の羽を持った鳥たちが何羽も描かれており、パラリパラリと何ページかめくってみると、今まで名前だけしか知らなかった鳥たち、あるいは一度も聞いたことがないような海外の鳥たちの生態が、詳細な図入りで解説されていた。


「おお、これは……!」


近所にいる鳥といえば、何を考えているのかよくわからない警戒心ゼロの様相で、ひたすら、くるっぽくるっぽ鳴きながら地面を突っついているハトとか、逆によく見ようと近づけばすぐに飛び去ってしまうスズメくらい。あとは学校の裏で飼っている鶏、たまにそこいらに巣を作っているツバメだけ。そんな環境にいる私には、これら鳥たちの姿は新鮮だった。


「これが例の……」


聞き覚えのある鳥の姿を初めて見る。いくら教科書で雉だの雁だの書いてあっても、元の姿をろくに知らないものだから、そのイメージはあまりにも漠然としていて、正直、鷲や鷹との区別すらついていなかった。まあ、鉄砲持って狩りに行くくらいだから、彼らもそこそこ大きくて強いのだろうという程度。


そんなような“今まで存在は知っていたけれど、詳細まではわからなかったイマイチぼやっとした奴ら”の姿が、図鑑には全て載っていたのである。


「ここに答えが……!!」


気がつけば私は夢中になっていた。いや、べつに知的好奇心を満たす快感に目覚めたとか、学校という不合理な監獄から大空を自由に駆ける彼らに想いを馳せたとか、そんな崇高な感じではなく、面白い色とか、尾羽長いなぁ、とか、そんなレベルでだが。


そして同時に私は夢中になるあまり、とんでもないミスを犯してしまっていた。それに気づいたのは図鑑もちょうど半ばというところ、細かい文字の連続に集中力が途切れ、ふと背伸びをした時だった。


(掃除の時間に流れるはずの曲が聞こえる……!?)


はっとして、背もたれの無い木の椅子を背後に蹴倒す勢いで立ち上がり時計を見ると、その長針は気づかぬうちにずいぶんと先まで進んでおり、図書室の扉越しにうっすら聞こえるBGMが、断じて私の空耳ではないことを示していた。


(いかん!)


不運にも今日の私の当番は教室の掃除。そこには下手すりゃ、まだ先生が残ったままなのだ。サボりの現場に居合わせられてしまっては、さすがに今日だけ頼むと友達に口裏を合わせてもらう事もできはしない。


(戻らねば!!)


図鑑を一番手近な棚に突っ込んで、慌てに慌てて図書室を飛び出した私は、必死で廊下を交差する箒たちを掻い潜り、下級生の間を縫う様に階段を駆け上がると、転がり込む様にして自分の教室に飛び込んだ……そして、それが裏目に出た。


「うわっ!!」


ちょうど入り口のところにいた、ホコリ満載のちりとりを持つクラスメイトとニアミス。不意のタックルをなんとか避けた相手はバランスを崩し、せっかく集めたホコリを盛大にばら撒きながら、端に寄せてあった机に激突した。


ガコン! と重い音が鳴る。相手は机に手をついたから転びはしなかったが、一歩間違えば怪我をしていたかもしれない。しかし、その子が抗議するより先に怒声を発したのは、最悪な事に一部始終を見ていた先生だった。


「バカモノッ!」


教室中どころか階全体に響き渡りそうな叱責に、私は立ちすくむしかない。掃除はすでに終盤戦。邪魔にならぬよう教室前部に手を引かれ、面と向かって理由を問い質された時にはもう、私の体は少し震えていた。


「図書室で鳥の図鑑を……」


しどろもどろ。先生の顔を見上げれば、その射抜くような視線にますます言葉が出なくなる。


「休み時間に本を読むのは感心な事ですが、それで規則を破り、決められた役割を放棄して許される道理はないでしょう」


掃除に遅れてごめんなさい、こんな簡単な言葉すら引っ込んでしまった私に、先生はひたすら冷静にぴしゃりと言い切った。


「おまけに廊下を走って教室に飛び込んできて、佐々木くんにもぶつかって……」


いえ、ぶつかってません、ニアミスです。そんな言い訳も、もはや言えやしない。


「あなたは朝も遅刻したようだけれど、お仕置きは効いてなかったのかしら?」


文字通り返す言葉もない私に、先生のお説教が次々に刺さる。お仕置きで泣いて終わっていいのは小さい子だけ。あなたぐらいの歳になったら、なんでこんな事になってしまったのか、今後どうすれば同じ失敗を避けられるのか、それをきちんと考える事の方に意味があるんです。それができてはじめて、反省した、と言うのよ、と。


「あの……ごめんなさい」


子供でも解る正論がズキズキと胸を抉る。そういえば叩かれた後も、自分のお仕置きの辛さとお尻の痛みばかりを考えていて、どこが不味かったかなんて考えてもいなかった。


「その様子じゃ今日はもう一度、厳しいお仕置きが必要みたいね」

「はい……」


掃除に遅れた罰で二〇発、廊下を走った罰でさらに一〇発、佐々木くんにぶつかりそうになった罰を一〇発加えて、合計で四〇発。それから、朝のお仕置きで反省できていなかった罰として、帰りの会の間は黒板前でお尻を晒してのお立たせが言い渡された。


ちらと掃除に励む子たちを見ると、今回ばかりは静かにそっと目を逸らし、ただ黙々と私が散らしたごみを集め直してくれている。


「……お願いします」

「準備して、黒板に手をつきなさい」


お仕置き中にスカートが落ちると困るので、パンツと一緒に下げて黒板に手をついた。下着に籠っていた体温が逃げてスースーするお尻の感触を、まさか二度も味わう羽目になるとは……。背後で机を移動させる音がガタガタと聞こえる中、先生からの最初の一打を待つ。


半日経ったとはいえ、朝に百叩きを貰ったお尻に追加罰。恥ずかしいよりもただ怖くって、痛みを想像してゴクりと唾を飲み込んだ、その時。


ビシャッ! むせそうなほどの一発が、お尻の左側に当たった。


(いったいっ!)


悲鳴を噛み殺しながら、少しでも気を紛らわそうと足の指にまで力を込める。そこに二発、三発目、次々に平手打ちが放たれる。


バシッ! バチン! ビチィッ! 午前中にあったような十発のお仕置きだって、泣かない子の方が少ないくらいの痛さなのだ。それが今回は四倍の数。しかも、すでに百発も叩かれて痛みの残るお尻にである。


「あぐっ!」


右、左、右、左と続け様に叩かれ、咳のような嗚咽のような息を漏らしてしまう。泣いてしまいそうなのもあるが、それ以上に体が変な緊張の仕方をするからだろう。痛さもさることながら、連続する平手打ちに対して動かずじっと耐えるというのも辛いのだ。


バチッ! ビシッ! バチン! お尻を強張らせ、黒板に指を食いこませんばかりに腕に力を入れて、絶え間ない痛みをやり過ごす。飛び跳ねて逃げ出したい衝動を抑えるために右目をギュッと閉じ、半目の左目の視界は早くも涙でぼやけている。


バシッ! バシッ! ビチッ! 今すぐ膝を折り曲げしゃがみ込んで、お尻を庇いたい。でも、そんな事したらきっと……。胸の高さについていた手がずるりと滑り、しかし、アルミ製のチョーク置きの縁に指を引っ掛け思い留まる。もう少し……のはず。


「ハァッ……ハァッ……」


四〇発。叩くペースも早ければ、一分だって掛からない。しかし、しゃがんじゃダメだ、庇っちゃダメだと全身を硬直させて耐える一分弱は、冬だというのにじっとりと体を汗ばませ、私の息を切らせるのに充分だった。


自分でもなんの強がりだか、無駄に堪えようとしていた涙も今はボロボロと頬を伝い、授業が始まるまでのお立たせの場所、掃除用具入れの横に引き立てられて行く途中には、もう肩でヒクヒクと息をするしかなく、どこらか鼻水まで出てくる始末だった。


「みんなが戻ってくるまで、そこで立っていなさい」


いったん泣いてしまうと、先生の声もどこか遠くでぼんやり聞こえるだけ。掃除を終え、代わる代わる道具を仕舞いに来るクラスメイトたちの存在も、あまり意識することができなくなる。しかし――


「お返事はどうしたの?」


――の先生の一声と、追加の一発の平手打ちの痛みだけは、なによりも生々しく、私は全身をびくっと跳ねさせながら、はいぃ! と叫んで応じたのだった。


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