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俺が神官少女で神官少女が触手で(8)

*  わたしはトゥクファといいます。迷宮都市の近郊にある貧しい町の貧しい家で生まれ育ちました。  成人すると同時に家を出て、迷宮都市に行きました。家にいて安い給料で働きつつ弟妹や老いた親族の世話をするよりは、一発逆転を狙って冒険者になるためです。  幸い、わたしは能力測定を受けてみると各能力が高く、クラスチェンジを経由する必要もなくいきなりシノビになることができました。回復呪文を使える神官などにも少し興味はありましたが……敏捷性に長けて回避力が高く、魔物の急所を突いて一撃で仕留められるなど戦闘力も秀でているシノビは引く手あまたのクラスです。このクラスになることにして訓練所を卒業し、有力パーティの一員に迎えられました。  最初からシノビであるからと言って、冒険が楽になるわけではありません。それでも、戦いを生き延びていってわたしは腕を磨いていきました。  強く、強く、さらに強く。  すでに、富は充分に得ています。迷宮都市の一等地に家を買い、家族全員を呼び寄せました。弟妹たちも高度な教育を受け、安全でいて高収入な仕事に就きつつあります。わたしが迷宮で戦う必要はもうありません。  それでもわたしは、憑かれたように迷宮へ入り浸りました。  手に入る金にもう大した興味はありません。シノビ専用の武具が見つかれば一応受け取っておきますが、シノビの本領は徒手空拳での急所狙い。無駄に高い攻撃力を発揮する武器も、回避力を妨げる防具も、次第に不要になっていきました。  ただ、ただ、戦います。  やがてわたしは、地下迷宮の秘密を知りました。  第十層のさらに下。そこへ行ける能力があると認められ、誘われ、勇んで足を踏み入れました。  未知の強敵。初めて見る武具。未体験の罠。  これこそが、わたしの求めていたものなのかもしれません。 *  目を覚ますと、異様に身体が軽かった。いや、これが今となっては当たり前。  なぜか下半身が裸になっていた。服を着る。  なぜか神官の装備を一式身に着けてもいた。邪魔にしかならないので外す。  魔法陣の外に出て周囲を見渡す。第十三層のよく通るルート。昔はともかく、もはや玄関先のようなものだ。  なぜかパーティを組んでいないというのは不安だが、一つだけ普段と違う要素がある。体力というか生命力というか、そういうものが異様にみなぎっていた。  普段なら二発が限度のウェスペルセンテス。今なら五発くらいは耐えられるのではないだろうか。  残るは石化や麻痺が恐ろしいが……無闇に怯えてもしかたない。とにかく帰還するとしよう。  玄室へ飛び込むと、多腕の巨人ヘカトンケイルと、氷狼フェンリル、そして嵐呼ぶ東洋の龍。  まずは先頭のヘカトンケイルを抑えると決め、懐に飛び込むや手刀を超高速で振るった。真空波が生じて、巨体の中では比較的薄い喉の皮と血管を断ち切る。鮮血が噴き出て巨人の息の根が止まる。  その頽れた死骸を盾にして、フェンリルの吐く吹雪のブレスと龍の落とす雷を軽減。  直後に死体を駆け登って、跳躍。宙を舞う龍よりも高い位置を取り、敵の隙を突いた。上空から落下しながら、右腕での真空波で鰓近くの鱗――逆鱗を剥ぎ取り、次いで左の貫き手をその傷口に突き入れる。甲高い鳴き声を上げていた龍はそれで静かになった。  龍の死体をクッション代わりに落下の衝撃を殺し、食らいついてきた狼の顎をかわす。三たびの真空波でその首を刎ね飛ばした。  戦いながら、十二層、十一層、そして十層と九層を抜けて八層まで。この辺まで戻るとかなり気持ちは楽になる。  歩きながら七層へ進み、それまで考える余裕もなかったことを考える。  なぜ自分はたった一人で第十三層にいたのか? なぜ自分は神官の装備など身に着けていたのか?  考えようとすると、頭がくらりとする。しかし戦闘はもう片手間でもできてしまう。意識は靄がかかったような記憶を掴み取ろうと作業を続ける。  ……触手。体液の交換。触手になった男の身体。入れ替わった『俺』と神官の少女。  そうだ。俺は戦士のジクーブで、神官のトゥクファと入れ替わって、『俺』の身体のトゥクファは迷宮内で手に入れた指輪を使ったら触手生物になってしまって……。  なら。  なら今の俺は、『神官のトゥクファ』のはずで。  なのに、今こうして何の装備も身に着けず迷宮内をうろついて敵を倒している俺は、何なんだ?  六層に上がり、五層への階段へ向かう。  行く手を阻むトロールの首を刎ねる真空波。これは、練達のシノビが用いる技。ならば俺は腕利きのシノビということになる。実際、俺の記憶の中にはシノビとして戦った経験が刻み込まれている。  でもそれはトゥクファのもので。でも俺の知るトゥクファは神官で。  記憶が混乱する。思考が混濁する。それでも体は自然に動き、若手戦士のジクーブなら一体倒すのにも苦戦する程度の魔物たちを草でも刈るように倒していく。  ――そもそも、触手になったトゥクファはどこにいる?  階段を前にして、ようやくそこまで思い至った時。 (あれは……わたしじゃありません……)  俺の中から少女の声がした。 「トゥクファ!」 (あれは……たぶん、別のわたし……少し違う世界の、才能に恵まれてシノビとして冒険者を始めたわたし……) 「ああ、そうか」  彼女の説明に納得すると、なぜか全身から力が抜けていくようだった。  今しがたまで迷宮の空気に馴染んでいた徒手空拳の状態が、どんどん頼りなくなっていく。荷物として持ち歩いていた神官用の装備で急いで身を固める。  おっかなびっくり階段を上る。今の自分が『神官のトゥクファ』だと実感する。襲われたらまともに戦えない気がする。  と同時に、頭が割れるように痛んだ。  俺の記憶と『シノビのトゥクファ』の記憶が齟齬をきたす。両立するはずのない記憶がごちゃ混ぜになるような恐怖と、単純に莫大な脳への負担。  立っているのももう難しい。それでも冒険者の本能として、魔法陣だけはどうにか書き上げる。  俺はその中に倒れ込むと、痛む頭に苦しみながら眠りに落ちた。 ***** 「つまり、第五層まで上がってきたところで、気力と体力の限界に達して倒れてしまった、と」  エルフの職員に締めくくられ、俺は長い長い説明を無言の肯きで終えた。俺の手の中で小さく縮んだ状態のトゥクファが蠢いたのも、たぶん同じ意味だろう。


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