俺が神官少女で神官少女が触手で(9)
Added 2023-06-24 14:55:56 +0000 UTC「信じて……くれますか」 冒険者管理組合の職員へ改めて問いかける俺の声は、丁寧な口調も相まって、トゥクファ自身にすごく似ている気がした。シノビのトゥクファとして生きた夢をついさっきまで思い出していたからだろうか。 「信じます。とんでもない不運の連鎖ではありますが、基本的に一つ一つは起こりうることですし、ほとんどの証言もこちらの把握している情報と一致します。ひょっとしたら誰かが、触手化の指輪を面白半分で横流ししたかとちょっと疑っていたんですけれど……あなた方は自力であの魔境に迷い込み自力であの指輪を手に入れてしまい自力で生還したわけですね」 彼女に呆気なく肯定されてしまい、却ってポカンとしてしまう。それによくわからないがとんでもない情報もいくつか混じっているような。 「まあ一つだけ……テレポーターの罠にかかったら心が入れ替わったというのが初めて聞く話ですが、そんなところだけ嘘をつく理由もありませんしね。さっきも言ったように魔法探査では嘘と判定されず、かと言ってそんな異様な思い込みに至る筋道も考えにくい。その入れ替わりもあなた方の不運の一つであり、一種の幸運でもあったのでしょう」 「幸運?」 とんでもないことを言い出した。こんなものが幸運なんかであるものか。 「それも含め色々説明しますが……その前に、お風呂に入りませんか? ご自分たちではわからないかもしれませんが、あなたたちは遭難して三日、けっこう臭いますよ」 はっきり言われると断ることもできなかった。 * 脱衣所で一糸まとわぬ裸になる。 壁にかかった大きな鏡を見ると、見返してくるのは『トゥクファ』。髪が長くて、顔立ちが整っていて、男に比べれば華奢で、胸には二つの膨らみがあって、尻も大きくて、股間には何もない身体。 「トゥクファさんはおきれいですね。いえ、今はジクーブさんですけど」 言いながら、職員も隣で服を脱いでいく。 「褒められてもうれしくねえよ。いや、それより、あんたまでどうして裸になってんだ」 「お風呂をご一緒しながら説明した方が早い部分もあるんです」 「何だそりゃ?」 まあ、ここまできて叩き出すのも気が引けるし、話を聞くのが早い分には構わないか。 (置いていかないでください!) (ああ、悪い) 触手のトゥクファが俺の腕に絡みつき、俺たちは浴場に入った。 「貸し切りなんて、落ち着かないな」 冒険者管理組合は、各地の迷宮都市において冒険者たちを束ねている。訓練所を運営し、蘇生などのできる教会を誘致し、武具店や酒場(冒険者間でパーティを結成する際に斡旋する)の経営にも関与している。 この大浴場も管理組合による施設の一つだ。いつもは必ず混雑していて、人払いされるとだだっ広さに落ち着かなくなる。まあ、今の触手になってるトゥクファを見られるわけにはいかないが。 触手は熱さには弱いのか、トゥクファは湯船には入らず、水を汲んだ手桶の中に浸かりながら俺に触手の一部を絡ませていた。 (管理組合の力は大したものですね。わかっているつもりではありましたけど) (お、おう) トゥクファにいきなり話しかけられるが、どう答えたものかわからない。 (あ、今の私の発言は彼女に伝えてください。これからも、伝えて欲しい時はその旨言いますので) しどろもどろにトゥクファの言葉を繰り返すと、職員は微笑む。 「冒険者として生きていく上で、管理組合と友好的であるに越したことはありませんよ」 (逆に言えば、敵対したらろくなことにならない、と) 「……ならない、と。じゃねえよ。二人とも何の話してるんだ?」 俺が口を挟むと、職員は苦笑した。 「すみません。腹芸はやめましょうと私は言っておいたんですけどね」 (言い訳は別にいりません。私は率直に情報を交換したいだけ。ただでさえ無茶苦茶なことばかり起きて混乱しているんです) 「ごもっともです」 そしてようやく説明が始まった。 「まずは、十一層以降の話から始めましょうか」 「まあ、それも気になるな」 (手短に願います) 「公けには、この迷宮は十層までということになっています。他の多くの迷宮も。けれど、むしろほとんどの迷宮は第何層まであるかわかっていないというのが実情です。判明しているのは、五十九層までと、六十七層までの二迷宮だったでしょうか。七十四層でもまだ下があるというケースも聞いたことがあります。もちろん下へ行けば行くほど、得られる物も珍しく希少になると同時に、魔物は強くなっていきます」 いきなりびっくりするような話が出てきた。 「つまり、どの迷宮も下にはとてつもない怪物どもがひしめいているのか。よく上に出てこないな」 (それは、第一層の魔物だろうと地上には上がってこないのと同じ理屈でしょうね。この仕組みが機能してなかったら、とっくにこの世は魔物の楽園になっているはずです) 「トゥクファさんのおっしゃる通りです」 俺の通訳に肯いた後、職員は言う。 「ただし、これは公表できないと管理組合は判断して情報を秘匿し続けています。どの迷宮も十層まで行ける冒険者がそもそも少数なのに、その下にもっともっと深くて恐ろしい場所があると周知することに意味がないと」 「それは……知らされた方がやる気が出ないか?」 (……難しいところですが、デメリットの方が大きいかもしれません。力不足なのに自分を過信して、行くべきではないところまで行ってしまう者。金に困るなり何なりで、一発逆転を狙ってしまう者。そんな冒険者は決して少なくないと思います) 「……ああ」 十層までしか知らない現状でもそんな手合いは少なくない。 「十層から十一層で、敵の強さが劇的に跳ね上がるのも情報を伏せている理由です。十層を問題なく探索できるパーティでも、十一層に行けば生還できるかは五分五分というのが定説です」 「……よほど慎重に実力を蓄えておかないと死ぬだけってことか」 (ですが、それほど下層が凄まじい環境では、そもそも探索できる人手が足りないのではないですか?) 「その通りで、その打開策に使われているのが触手化の指輪です」 ようやく本題かと思ったが、言い出したことはさらにわけがわからなかった。 「触手化の指輪を使って触手となった者Aは、人間のままのもう一人Bと結合することで、並行世界のBの能力を引き出すことができるのです」 「え……ん?」 俺だけでなく、トゥクファも首を傾げるような動きをしている。いや、触手の首なんてわからないけど。 (あの時のことを思い出すと……言わんとすることも、何となくわかるような気もしますけど……)