人生トレード魔法――セレナ皇女の場合(女神に獣化の呪いを受けた聖女ルート・二)
Added 2023-12-31 14:44:45 +0000 UTC去り際の騎士の、あれこれの発言が気になります。嫌な予感しかしません。 これは本当にまともな取引になっているのでしょうか。後宮が嫌だからと言って、人に狩られかねない野生に生きる存在になりたいわけではありません。 わたしは人生交換の呪文をもう一度唱えてみました。 が、何の反応もありません。 あの魔法を使えるのは人生に一度なのかもしれません。そういう魔法はよくありますからそこに驚きはありませんが……。 あの公爵に騙されたのか、彼すらも知らない不具合なのか、そんなことまで考えてしまいます。 いえ、すでに生きる世界が文字通り違ってしまった公爵のことを考えてもしかたありません。 わたしは周囲を見渡します。森と平野と道。 自分がこれからどうなるかを考えると、人家を目指す気にもなれません。今は何かが起こるのを待つしかないのでしょうか。 落ち着かない気持ちで着ている服を弄ると、裾からほつれ出しました。 よく確認すると、今朝着せられたこの服はずいぶんお粗末な代物でした。布地も荒く、縫い合わせも雑で、長持ちしそうにはありません。 改めて、これは帝王の支配する後宮に閉じ込められるよりも本当にマシな人生なのかと、疑問を覚えずにはいられませんでした。 飢えと渇きを覚えつつも、動くこともできずその場にい続けます。 満月が中天に達した時、ついにわかりやすいほどの変化が生じました。 「!!!」 心臓が大きく脈を打ちます。 全身を何かが駆け巡るような感覚があります。強い痛みも加わり始めました。 わたしは座っていた切り株から転げ落ち、地面をのたうち回りました。 粗末な服は簡単にほどけ破れていきました。下着も似たような作りだったのか、わたしは呆気なく裸になります。 呼吸が荒くなっていきました。内側から何かが変わっていくような感触が、頭からつま先までわたしの身体のすべてを覆います。 「グ、ウウ、ウ……」 変わっているのは何なのでしょう。筋肉? 内臓? もしかして骨格も? そのうち、のたうち回る感覚に変容が起きました。服が破れて素肌が砂や小石にまみれるのも痛いと思っていたのが、次第にそれを感じなくなります。 慣れたのか、皮膚の痛覚に異常でもあるのかと目を向けると……わたしの全身は黒い硬い毛に覆われ始めていました。 両腕にさらに強い痛みが走り、足の指先も変化していくのがわかりました。 わたしは意識を手放しました。 「起キヨ」 脳内に直接響くような声で、わたしは覚醒を強いられました。 地に倒れた状態から顔を上げます。 目の前に、神々しく光り輝く存在がありました。まばゆすぎて、シルエットはよくわかりません。 「イイノウ、イイノウ。何モワカラズきょとんトシテオル、ソノ表情ガタマラン。ヤガテしょっくヲ受ケテ絶望ニ染マルノモ楽シミジャ」 言葉は高慢で傲慢極まりないながら、何を言っているかは理解できます。一方で、声音そのものは人からかけ離れています。それでも、こいつはどうやら女のようだとはわかりました。 「マ、喜ベ。ウヌハ今後、ワラワニ月ニ一度ノ奉仕ヲスレバ後ハ自由。カツテノ同朋ニ狩ラレヌヨウニ手配モシテアル。気ママニ楽シンデ生キルガヨイ」 そこまで言うと、なぜかそいつがニヤリと笑った気がしました。 「モットモ、ソノ生活ヲ楽シメレバノ話ジャガナ」 「ホレ、立チ上ガレ」 命じられると、なぜか立たねばならぬ気にさせられます。 どうも目の前のこいつは、この世界で神扱いされている存在らしいと見当がついてきました。 しかしわたしは、こいつに畏敬の念あるいは尊敬の気持ちなどは少しも持てずにおりました。 別の世界から来たわたしにとって、こちらの世界の神については、多少読み取れるアンナマリーの記憶に基づく知識以外ありません。どれほどすごい存在であろうと、初対面でわたしを愚弄しかしてこない手合いに好感を抱けるわけがありませんでした。 それはさておき。 立ち上がったわたしは、自分の身に起こったいくつかの変化についてすぐに理解させられました。 両腕が異様に長くなっています。そして足の指が手の指並みに長く伸びて器用に動かせます。 全身に黒い剛毛が生えているのが月の光でわかります。頭と顔を手で触りますが、顔にも毛がびっしりと生えています。一方でアンナマリーの赤く美しい長い髪は消え失せているようでした。 また、尻からはかなり長い尾も生えていました。 鏡を見ることはできませんけれど、わたしはどうやら、黒い猿のような存在になっているらしいと想像がつきました。 「サテ、シアゲジャ。コレハ特等席デジックリ見タイノデナ」 宣言と同時に、目覚めさせられてからは収まっていた変化がまた始まりました。 腹の中で内臓が弄り回されるような不快感に襲われます。 それがやがて下へ降りていきました。 「ア……ガ、グ、ゥッ!!」 抗議しようとしても人の言葉は話せなくなっていました。声帯自体が変わってしまったのか、苦悶の呻きすらも獣の声になっていると自覚させられます。 腹の中から股間へ降りてきたものが、そのまま外へ飛び出ます。 それは短い尻尾のようで、しかし毛は生えておらず、さっきまで体内にあったからか体液に濡れてぬらぬらと照っています。 「フフ。オナゴガオノコニナッテウロタエル様ハ、イツ見テモ愉快ヨノウ」 神扱いされている存在が近づくにつれ、シルエットがやっとはっきりわかるようになってきました。 それは、今のわたしとかなり似た体型をしています。 「性欲ト羞恥心ノ狭間デセイゼイ混乱セヨ。ソレガワラワノ悦ビトナル」 わたしは、猿になった上に雄に変えられたのでした。