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幼なじみが俺で、俺が俺の妹で(22)『声変わり』

「瑠璃、何かあったの?」  放課後、文芸部の部室で顔を合わせてから瑠璃の様子はおかしかった。本を読んだりパソコンに向かって文章を書いたりしながらも、どこか浮かない顔をしている。  我慢できなくなって、部活がもうすぐ終わる時間に俺は訊いてみた。 「あ、わかっちゃった?」  瑠璃は力なく笑う。 「音楽の授業があったんだけど、先生に注意されちゃって」 「え?!」  意外すぎる話に、俺は驚くことしかできない。  瑠璃は音楽が好きで得意で、授業もいつも楽しんでいたのに。たしか今年の瑠璃のクラスの担当は新任の女の先生だったけど、別に変な先生だという話も聞いたことはない。 「最近、のどの調子が悪くて、合唱でもあんまり声を出さないでいたの。そしたらやる気がないみたいに思われちゃって……」  本人が言うように、瑠璃の――『俺』の声は今までとは違いつつある。高い音が出なくて、当人もそれがわかっているから何度となく咳払いをしている。  でもそれって…… 「声変わり、だろ?」  俺が指摘すると、瑠璃はきょとんとした。 「声変わりって、わたしが?」 「うん」 「これ、声変わりなの? 声変わりってこんな感じなの?」 「だと思うぞ。うちのクラスの男子も、そんな風に声変わりしていくし」 「声変わりってもっと、短時間で一気に変わるものだと思ってた」  同じクラスの男子とか、瑠璃はあんまり見てないんだろうか。  いや、俺だって、生まれついての女子だったら男子の声の変化なんて大して気にせず過ごしていただろう。俺は元が男で、瑠璃の声の変化が気になってもいたから、少し周囲に注意を向けていたわけで。 「そっか……今度、音楽の先生に相談してみるね」  それがよさそうに思う。 「わたし、元に戻るまではアルトとか、もしかするとバスを歌うことになるんだね」 「そ、そうなるな」  もしかしたらすごく嫌なんだろうかと気になって表情を窺うと、むしろ面白がるような顔をしていた。 「けっこう楽しみ。『瑠璃』の声は高めだから、低音は限界があったし」 「そ、そうか」  俺はその瑠璃の声が好きなんだけどな、と内心で思いながらも、当人が楽しもうとしてるならいいかと俺は軽く返事した。 *  帰宅して、風呂に入った時、向かい合って湯船に浸かった瑠璃が俺の手を取ると自分ののどに触らせた。 「あ……」  入れ替わる前の『俺』ののどとは違う。ごつごつした突起が内側から出ていた。 「のどぼとけだ」 「うん。わたしもさっき気づいたばかりなんだけどね」  話す声も、入れ替わる前の『俺』の声より低い。 「俺の身体、大人の男になっていってるんだな……」  俺の心はここにいるのに、俺とは関係なく『俺』の身体が成長している。入れ替わりが起きているのだから当然の話ではあるけれど、目や耳や手触りでこうしてはっきりわかる変化だと、置き去りにされたような気持ちも少しあった。 「うん……わたし、去年までは『わたし』の身体で女子から女になっていって、今年はみっくんの身体で男子から男になっていって、何か、不思議な気分」  言われて、瑠璃について思う。  そうだよな、『瑠璃』は小六くらいから胸が大きくなって、つまりあれくらいから第二次性徴というやつが始まっていた。もしかしたらそれ以前から生理は始まっていただろうか。  それが、この春からは『俺』になって、射精するようになって、こんな風に男として声変わりまで体験してしまって。 「みっくん、ごめんね。わたしがみっくんの代わりに大事なこと色々経験しちゃってる感じで」 「べ、別にいいよ。二年間入れ替わってるんだから、その間声変わりしないってわけにもいかなかっただろうし」  答えながら思う。俺、声変わりとか別にしたいとは考えてなかったよなと。  いや、普通の入れ替わり(?)なら、追体験なんてできないのだし、瑠璃の言うことももっともだったかもしれないけど。 「それに、瑠璃が二年間経験したことは、俺だって元に戻ってからちゃんと思い出せるんだしさ。今の俺にしたって、光莉の小六までの記憶を思い出せるわけで……あれ? 元に戻ったら、『光莉』の記憶は引き出せなくなるのか?」  入れ替わり中に不便しないための特例措置なら、元に戻ったら不必要になるし。 「それは嫌かも。わたし、元に戻ってもみっくんの中一までの記憶、忘れちゃいたくないし」 「物好きだな」  俺たちは笑い合って、特殊過ぎる現状についてはうやむやにする。  そしていつものように瑠璃の処理をして、風呂を出た。 *  寝る時間になって、『光莉』の部屋でベッドに入る。  瑠璃の声変わりやのどぼとけについて考えた。  第二次性徴というものについて考えて、俺自身の変化についても考えた。  今の俺のこの『光莉』の身体も成長している。この前胸が大きくなったし、それ以外にも、この身体を毎日使っていると却って気づけないような部分が、日々変化しているのだろう。  それは心にも変化をもたらしていて。  俺は、部屋を出ると『俺』の部屋に入った。 「ん? どうしたの、みっくん?」  眠そうな声で訊ねる瑠璃。 「ちょっと怖い夢見たから」  雑に言い訳して、俺は大好きな人の隣に潜り込む。 「しょうがないなあ」  答える声は、半年前よりずいぶん落ち着いていた。『俺』の声は低くなり、『俺』の記憶は瑠璃に兄らしさを与えているのだろう。  身体と記憶は、瑠璃の心に影響を与えていないのだろうか。それとも兄としての意識が強くなっているから、妹にそんな感情は抱かないよう自制しているのだろうか。  元に戻ったらちゃんと告白する。男の光彦として、女の瑠璃に気持ちを伝える。  でも今の俺は女の子として、男の子のこの人が好きで。  これ以上踏み込むことは絶対にしない。それは本当の光莉に悪すぎる。  でも、再来年の四月まで、たまにこれくらいのことはしたくなると思うし、我慢できないと思うし、許してほしい。  俺は瑠璃に優しく包まれながら眠りに落ちた。


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