SamuZai
隊長
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お世話アンドロイドの耐久試験

時は西暦2050年。 この年、これまでの世界の常識が根底から覆る出来事が起きた。 かねてより提唱されていた技術的特異点、すなわち機械の知能が人間を上回るという現象がとうとう起きてしまったのだ。 進化した機械は量子コンピュータを中心に組織を作り、その下で活動をするようになっていった。 だが、人間が悲観するような機械による反逆は起きず、特異点を迎えてから数年経った今も、機械はその優秀な性能を人間に奉仕すべく振るっている。 その1つとして在るのが、生活支援アンドロイドだ。人間のような外観を持ち、人間のように思考するロボット。まるで一昔前のコミックにあるような代物が、一家に1台というレベルで流通している。 そう、一家に1台、人間そっくりのアンドロイドが…… 「マスターの顔色から深い思案を検知しました。マスター、何かお悩みですか?」 ぐっとこちらを覗き込んでいる彼女こそ、我が家の生活支援アンドロイドである。 銀髪、長身、巨乳と嬉しい要素を全て備えたこの子が、俺の命令には絶対服従なのだ。一点だけ非常に気になるところはあるが、家事全般を万能にこなしてくれる頼もしい家族である。 ロボであるゆえの完璧さで我が家を守ってくれる彼女の名は「はるか」 ロボっぽくも外見に相応しくもないと思うが、この名前には理由があって…… 「『ふられた初恋の人の名前を忠実なアンドロイドにつけた』マスター、無視をするのはいかがなものかと」 「しれっと人の心を抉る称号をつけるな。ちゃんと聞いてるよ」 「それはよかった。『ふられた初恋の人の名前を忠実なアンドロイドにつけた』マスターもちゃんと受け答えができてはるかも安心しています」 「……頼む、その称号はやめてくれ……」 ああ、最悪の形で名前の由来がバラされた…… 心の傷をあっさり抉ってくるこの性格さえなければ完璧だったのに……まあ俺のしたことがだいぶキモいことなのは百も承知だけど…… 当然、こうなったのにも理由がある。本来、アンドロイドを購入する際にはベースとなる性格を選択できるのだ。 そして選択した性格を基準に、経験値を積み上げることで人間のように柔軟なやり取りを可能とする。人間の脳を越える処理能力のAIを搭載したからこそできる芸当だ。が…… うちの子の性格は、購入の際にタッチするパネルを間違えたせいで「おっとり幼なじみ」から「毒舌クールメイド」になってしまったのだ。 この毒舌がねえ、割と刺さるんですよ……しかもおっとり幼なじみと同じ名前で言われるとね、刺さるんですよ…… 「かしこまりました。それでは新しい称号を『アンドロイドに初恋の人の面影を求める』マスターに決定いたします」 「称号で心を抉るのやめてくれない?」 「『絶対服従のアンドロイドにふられた女の名前をつけて征服欲を満たす』マスターという案もございますが」 「泣いちゃうよマジで?」 「ご安心ください。マスターがどれほどの醜態を晒そうと、ロボである私は決して見放したりしませんから。ロボなので」 「ロボを強調するなロボを。まるで人間相手には好かれないみたいな言い方をするな」 「マスターの交友関係はゼロ。私以外との会話はここ数年なかったものと認識しておりますが」 その通りだよチクショウ! 何が1番心に刺さるかって、暴言のひとつひとつが全部正しいってことなんだよな……なにも言い返せないから。 正直なところ、アンドロイドの性能を舐めてた自分を呪っている。こういった複雑な人間の気持ちまで理解し、的確な発言を……いや、罵倒をしてくるとは思わなかった。だからこそこんな名前にしてしまってイジられる羽目に…… ちくしょう……おっとり幼なじみとの甘々生活が、毒舌メイドに罵られる毎日になっちまった…… 「しかし『初恋の人に未練タラタラな』マスターの悩みの種が何かわからないことには、対処のしようもございませんが」 「うん、とりあえず悩みの種はその称号かな?マジで泣きそうだからほんとやめて……」 「おや、そうでしたか。それは失礼しました。ではマスターの称号で遊ぶのはやめることといたします」 うん、そうして……?ていうかマスターで遊ばないで…… ……ともかく、こんなフリーダムな振る舞いさえ可能とするほど高性能なアンドロイドが一家に1台……いや、1人はいるんだから凄いことではある。 あらかじめインプットされた会話パターンの再現しかできない旧来のロボットと比べると、その差は歴然だ。 あらためて技術の進歩とは凄まじいものだと痛感させられる。 「というかお前、いつまで家にいるんだ?もうそろそろ耐久テストの時間だろう」 「確かにそうなのですが、マスターの顔色が気になったものでして……それに、私は飛べますから」 かくも素晴らしき技術の進歩であるが、それを支えるのは膨大な回数の試験と実験だ。 モノが出来上がる過程としてはもちろん、出来た後でもそれがきちんと基準を満たしているかの確認は必要となる。そのための試験の日が今日なのだ。 まあ大袈裟に言ってはいるが、人間でいうところの健康診断みたいなものらしい。受診するのは今回が初なので、どんなものか詳しくは知らないが。 ちなみに彼女が今しれっと言い放った「飛べる」というのに用いられている技術も凄まじいものだ。 旧世紀に使われていたジェット推進などでは当然なく、反重力推進というトンデモ技術が搭載されている。 その原理を1から語ると長くなるが、要は「重力を自在に操作できる」というものだ。 通常は地面、すなわち下に向かっているのが俺たちの認識する重力だが、それは地球の重力がいちばん大きいためだ。 その地球の重力をキャンセルし、行きたい方向に指向性の重力場を向けることで空を飛ぶというものらしい。正直なところわけのわからん代物だ。 人間大サイズにそんなものを搭載し、なおかつ一般家庭でも簡単に入手可能と……いやはや、改めて目の前にいるのがとんでもないモノだと思い知らされる。 仮にアンドロイド達と人間が戦争になったら、勝ち目は万に一つもないだろうな…… 「まあ、悩みが無いのでしたら問題ありませんね。ではまいりましょうか、マスター」 「へ?俺も行くの?」 突然の誘いに思わず素っ頓狂な声を出してしまった。なにしろ耐久テストというのはコイツの健康診断みたいなものだと聞いていたので、別に行く必要もないと思っていたのだ。 「当然でございます。パンフレットにも、どんな人間でもわかるよう平仮名で注意書きが為されていたはずですが」 「マジっすか……?」 本当かと思って見直してみると、確かに書いてあった。 「アンドロイドのもちぬしのひともごさんかをおねがいします」と。 ……逆に見辛えよ!まさかひらがなでこんな大事なことが書いてあるとは思わんわ普通…… 自分に関係ないと思ってたから読み飛ばしたのがまずかったな……絶対イジられる…… 「ああ……!なんということでしょう。私のマスターが平仮名すら読めないなどと信じたくはございませんが……仕方ありません。まずはあいうえおを覚えることから始めましょう」 「悪かったよ。すぐ支度するから子供扱いはやめてくれ」 「『あかちゃんくらいのあたまの』マスターちゃま、じかんがないからちょっといそいでくれまちゅか〜?」 「まったく有難くねえ母性を発揮するな!着替えるだけだよ!」 「おきがえじょ〜ず!よくできまちた〜!」 「殴っていい?」 「暴力の気配を感知。自衛戦闘モード移行。重力縮退砲、ホーミングレーザースタンバイ……」 「人間相手に向ける兵器じゃねえぞそれ!ロボット三原則はどうした!?」 「嫌ですねマスター。すべて冗談ですよ、冗談……ははは」 「無表情でまったく抑揚のない笑いをするな!もう毒舌ってレベルじゃねえぞコイツ……」 ロボット三原則とは早い話が人間に危害を加えないっていう代物で、ロボットは基本的にこの原則に従って行動する……んだが、コイツはそれをあまり気にしてないんじゃないかと思う時がある。今みたいに だってさ、持ち主にマイクロブラックホールかまそうとするロボットいる?いないよね普通。 「それはともかく、ご準備はよろしいでしょうか?そろそろ本格的にお時間が迫ってきていますが」 「もう終わるよ。お前さんのしょうもないボケがなけりゃもっと早く終わったわ」 「マスターがパンフレットをきちんと読んでいればさらに早かったですね」 ぐうの音も出ねえ……そこは確かに俺が悪いわ…… ひとまず準備も終わったし、行こうか。 「ではマスター、背中にお捕まりください。飛んでいきますので」 「お、おう……なんか緊張するな」 なにげに、実はコイツと一緒に飛んでいくのは今回が初めてだったりする。 なにしろ仕事もなにもしてないので俺が外に出るということがまずなく、たまに外へ出ても別に急いでないのでのんびりと歩きで向かっていたのだ。 急いで出かけるということがなかったので、背中にくっついて運んでもらう必要もなかったのである。 飛行機などは当然乗ったことがあるが、ほぼ生身で空を飛ぶというのは初の体験だ。好奇心と、同時に恐怖を覚える。 「振り落とされないようご注意くださいねマスター。こちらもマスターが衝撃で消し飛ばないよう、ほどほどに気をつけて飛びますので」 「いやがっつり気をつけろそこは。ソニックブームならロボット三原則に引っかからないとか思ってないだろうなお前」 「……っ!その手がございましたか……」 やべえ地雷踏んだ……というかなぜコイツは隙あらば俺を殺そうとするんだ。まあ本気じゃないだろうけど、普通のロボは冗談でもこんな事言わねえぞ…… いかん、空を飛ぶよりもコイツの方が怖いかもしれん…… そんなこちらの恐怖をよそに、はるかの頭上に天使の輪に似た飛行用の重力操作ユニット、通称「エンジェル・ハイロゥ」が現れる。いよいよか…… 「では出発しますよ。マスター」 「や、やさしくしろよ!?ゆっくりな、ゆっくり!」 フリじゃないからな!そーっと飛ぶんだぞはるか! 超音速くらい一瞬で出せるコイツがちょっと加減をミスるだけで、俺の身体は空気の壁にぶつかって粉々だろう。マジでそれだけは勘弁…… しかしそんな懸念をよそにコイツが出した速度は、だいたい体感的にはジェットコースターくらいなものだった。股間がヒュンってするくらいか…… 「さ、着きましたよマスター」 「あれ、もう?速くない?」 「時速200キロ程度ですが、そもそも耐久テストの受付は徒歩10分程度のところですよ。そんなにかかるとお思いですか?」 そういやそうか……なんかほっとしたというか、拍子抜けしたというか……コイツもちゃんとマスターを思いやってくれてはいるようだ。 「物足りないといったお顔ですね。かしこまりました。それではお帰りの際には亜光速の世界へお連れして差し上げます」 前言撤回。やっぱ怖ぇわコイツ _________ ……それはともかくとして、耐久テストの受付に着いた俺たちは、それぞれ案内役のアンドロイドについて行くことになった。 俺とはるかはそれぞれ別の場所に連れていかれるようだが……さて、何をするのだろうか? 「どうもはじめまして。市民ナンバー810100081様。進行を務めます『波野奈美』と申します」 とことんまで「ナビ」だな……人を番号で呼ぶところといい、いかにもなロボらしさで逆に安心するよ。アイツの後だと…… 名前だけなら女の子らしく思えなくもないが、見た目も完全にいかにもなロボで、愛嬌というものは無いに等しい。しょせん案内役に、そんなものあっても意味がないということだろう。 「それで、これから何をするんだ?わざわざ俺とあいつを引き離したってことは何かあるんだろ?」 「そのご認識に相違ありません。これよりあなた様の有する『はるか』様に戦闘を行っていただきます」 「はぁ!?」 思わず声を挙げる俺に構わず、ナビは説明を続ける。 その説明をまとめると、生活支援アンドロイドの持つ兵装がちゃんと稼動しているかの確認が必要であり、アンドロイドが戦闘する際には所有者の命令が必要となる。ゆえに所有者が対象のアンドロイドに「戦え」と命令をしなくてはいけないらしい。 アンドロイドが所有者の命令がないと戦えないのは、ハッキング対策なのでそこは納得できる。しかし戦えとは……一言も聞いていないぞ。まあ多分、読み飛ばしたパンフレットに書いてあったんだろうけど…… どうやら戦う相手はあちらで用意した兵器達であり、それらを殲滅すればいいとのことだが……なんとも乱暴なテストじゃないか? 「ってことは何か?戦えって命令する為だけに俺が呼ばれたってことか?」 「お手間を取らせて申し訳ございませんが、その通りでございます」 「そこまでして、戦わないといけないのか?」 「生活支援アンドロイドの使命には、所有者の方の生命をお守りすることも含まれます。アンドロイド技術が世界中に広まった昨今、テロリズムからあなた様をお守りする力の整備を怠ってはならないのです」 ……確かにこいつの言うことは正しい。 アンドロイド技術は世界中に広まっていて、当然だがその技術を戦争に使おうって連中は後を絶たない。 しかも厄介なのが、そいつらは表立って宣戦布告をしないということだ。もう何十年も前からだが、街中で武力を散発的に行使する……いわゆるテロの問題は世界を悩ませていた。それはアンドロイド技術が広まってからも悪化の一途を辿っている。 宣戦布告をしていないこと、そういうことをするのが大抵の場合国家ではないことがあって、根絶は不可能といっていい。それに対抗するには、テロ組織を遥かに凌駕する圧倒的戦力を全ての国民が持つより他にない。 その圧倒的戦力をどのような形で持つか? 生活支援のためのアンドロイドに自衛の装備を付ければ、全国民を自然に隙なく防衛することが可能だ。先進国で流通しているアンドロイドは、例外なくトンデモな武装を施されている。 生活支援アンドロイドの持つ、身の回りの世話をするだけにしては余りにオーバーな性能はこのために……戦うためにあるのだ。 「……わかったよ。それで、俺はどうすればいい?」 「こちらのヘッドセットを装着していただき、あなた様のアンドロイドへご命令をお願いいたします。あちらのご準備はもうよろしいようですので、あとはあなた様のご命令を待つのみです」 頭部を覆うヘルメット状のヘッドセットを被ると、廃墟と思しきものが映し出されてきた。 空から見下ろす視点で街だったものが映し出され……そして、その中心には見慣れたアンドロイドの姿があった。 「よう、随分と遠くにいるみたいじゃないか」 「はい、日本からはおよそ6千キロほどの地点におります。耐久テスト実施のためとはいえ、随分な遠出をさせられたものです」 よく言うよ、別れてから10分も経ってないってのに。 しかし6千キロなんて遠方に、数分とかからず到着とは……確かにコイツなら、そこらの戦闘兵器なんぞひとひねりだろうな。地球の真裏だぞ、そこ。 「それで、いつご命令をいただけるのでしょうか」 「その前に、大丈夫なんだろうな?」 「心外でございますね。私がこの程度の相手に後れを取ると?」 「そうじゃない。人が乗ってたりしないかってことだ。お前の心配なんぞしとらんわ」 「……これはテロリストの機体を鹵獲、改修したテスト用の無人機でございます。殺人の危険はゼロです」 「ならいい。思いっきりやってやれ」 「かしこまりました。マスター」 まあそうだろうとは思ってたがやっぱり確認は必要だ。 いくらコイツがアホみたいに強くて、冷めた性格をしていようと、俺はコイツに人殺しをして欲しくはないから。 ……まあ、俺を殺しに来るのもやめて欲しいが。 「戦闘命令を受信。ホーミングレーザー、斥力磁場防壁、重力操作ユニット、起動。戦闘モード移行……殲滅します」 俺の命令を受けてからのはるかの戦いぶりは、まさに壮絶なものだった。 天使の如く空を舞い、全身から光の矢を放ち、敵の攻撃を鉄壁のバリアで弾き落とす。圧倒的な戦力の違いを見せつけていた。 テロリストの持つ兵器は技術的特異点を迎える以前の、旧時代の水準である。そんな骨董品が最新鋭の自衛装備を持つはるかに、適うはずなどないのだ。 ヘッドセットに映し出される敵のマーカー。戦闘前は1万以上はあったそれが、2分もしないうちに半分ほどにまで減らされていた。 「胸部縮退エンジン出力、問題なし。各部ダメージゼロ。マスター、楽勝です」 「小規模国家なら単騎で滅ぼせそうだなお前……まあいいわ、この調子でな」 「多脚型戦車に自走レールガン、武装ドローン……古臭すぎて笑えてきますね、マスター」 「ほんの20年くらい前まではそれが最新鋭だったんだよ。お前らがおかし過ぎるんだ」 「お褒めの言葉、光栄でございます。してマスター、長引かせても仕方ありませんので……一掃してもよろしいでしょうか」 「アレか……!いいぞ。思いっきりブチかませ」 なんだかんだと言っても、必殺技ってものにはいつの時代も惹かれるものだ。 そしてそれは、うちの子にも搭載されている。というかさっき俺に撃とうとした「重力縮退砲」がそれだ。 はるかの動力源である縮退エンジン。要はブラックホール化する寸前の物質だが、それを1部だけ解放してぶっ放すのだ。 それがもたらすとんでもない重力によって大抵の物質はそれに引き込まれ、その1部となって消滅する。恐るべき必殺の一撃だ。 ……まあコイツは、それを時々俺にブチかまそうとするが。 「縮退エンジン解放。放熱開始……!」 はるかの背から膨大な熱と光が放出され、まるで光の翼のように広がっていく。 はるかの頭上にあるエンジェル・ハイロゥと合わせて、天使を思わせる神々しい姿がそこにあった。 俺はこれから放たれる一撃に、凄くイカす名前をつけてある。はるかの仕様書を見た時から、もし撃つことがあったら絶対に言おうと思っていた決め台詞と共に。 「……圧力臨界。重力縮退砲、はっsy」 「グラビトロン・バスター・カノン!てェェェェ!!!」 ……これよ。漢のロマンよ。 必殺の大砲!発射の号令!これなくして必殺技は語れない。 なんかはるかが凄く冷たい目をしているが、これだけは譲れない。 「なんですかマスター、その14歳男児くらいのセンスの名前は」 「グラビトロン・バスター・カノンだ。重力縮退砲なんて無愛想な名前で必殺技が語れるものか」 「まさかそれを私に呼ばせようなどと思ってはいませんね?」 「呼べ。命令だ」 「……マスター、夜道を歩く際はご注意を」 そんなに……殺そうとするほど嫌なのか……? そりゃあ我ながら厨二病じみてるとは思うが、必殺技ってそういうものだし…… というか、夜道の護衛をするのがアンドロイドだろ。積極的に夜襲をかけようとするアンドロイドなぞ聞いたことないぞ……コイツらしいけど。 それはともかく戦場の様子だが、見るも恐ろしい状態になっていた。 ブラックホールに限りなく近い超重力の物質が解放されると何が起こるか。飴玉程度の大きさしかないが、その質量、重力は土星の持つそれすらも凌駕する。そんな代物が至近距離にあれば、その超重力に抗う術などない。 俺たちが地面に叩きつけられるように、敵対する兵器らはその球体に向かって超スピードで「落ちていく」のだ。それは吸い込まれるとかそういう次元ではなく……気づいた時にはいなくなっている。そういう感じだ。 はるかが「グラビトロン・バスター・カノン」を発射してから数秒後には、その周囲2~3キロほどにあった物質は完全に縮退物質の1部となって消滅していた。 「殲滅完了しました。縮退物質を回収の後、帰還します」 「おつかれさん。まあゆっくり戻ってこいよ」 さて、そんな恐ろしくヤバい兵器である縮退砲だが、これでも本来の破壊力はまったく発揮していない。 というのも縮退物質はその性質上、それと同じかもっと強い重力を持つ物でもない限り全てを喰らい尽くすような超危険物だ。それは地球でさえも例外でなく……早い話がこのちっさい球体ひとつで地球が滅ぶほど危険なものなのだ。 それがこの程度の被害で済んでいるのは、ひとえにはるかがその威力を押し止めているからにほかならない。 これを放っておくのはあまりに危険であるため、撃った後にはその縮退物質を回収しなくてはならない。 なのでここからはるかのすることは、その見た目とは裏腹に恐ろしく高度なことをしているのである。 「反重力フィールド展開。縮退物質の安定化を確認。回収します……あむ」 飴玉程度の大きさである縮退物質を、手で摘んで口に放り込む。ヤバい物質の取り扱いとしては雑に見えるが、これでいいのだ。 なにしろはるかの動力源はこれと同じ縮退物質なので、この重力縮退砲そのものが動力源の一部をちぎって投げたようなものであり……それを戻すことも当然可能ということになる。 ただし、それでも超重力の物体なので、本来は触れるどころか近づくことさえ危険を極めるものであることに変わりはない。 そのため、回収にあたってはそれを相殺するほどの反重力をぶつけて安定させる必要がある。それをコイツはやっていたのだ。 本当に、人間からしたら意味のわからんことを平然とやるんだからなあ……凄い時代になったものだよ。 「縮退物質の回収を完了……これより帰還します」 「どうだ、縮退物質の味は」 「コクのあるクリーミーな味わいですね。マスターもおひとついかがですか?」 「食えるわけないだろ。アホなこと言っとらんで早く帰ってこい」 「かしこまりました。それでは亜光速にて帰還いたします」 「衝撃波でそこら中めちゃくちゃにする気かお前は。せめて音速くらいにしておけ」 「それを早く帰るとは言わないかと存じますが」 「ブッ飛んだ基準で物事を語るな!いいから帰ってこい!」 まったく、コイツは妙なところでズレてるな……いや、それくらいのスペックだということか。俺たちにとってありえないことが、コイツにとっては普通なんだな。 いきなり戦闘なんて言われたんで驚いたが、無事に終わってよかった。 ……まあ、コイツがこの性能で負けることなんてあるのかって話だが。 _________ 「帰還しました。マスター」 「おう、お疲れさん」 「あの程度の雑魚相手に疲れることはありませんよ。そもそも私はロボですし」 「労いの言葉ってのは、疲れてなくても言うもんなんだよ。ところで次のテストはなんだ?」 「次は冷却水タンクの強度試験ですね。冷却水……マスター、くれぐれもテストの場には近寄らないようお願いします」 珍しいな、コイツがこんな事を言うなんて。 とうとう俺の身を案じてくれるようになったんだろうか?いやまさかね……あのくそヤバい兵器を俺に向けるような奴がそんな…… 「私の動力源はご存知の通りですが、その制御装置を冷却する装置の試験です。何が起こるか分かりませんので、くれぐれも近づいてはなりません」 「マジか……」 「どうかなさいましたか、マスター?」 「いや、なんか……意外すぎてなんか……うんまあわかったよ。絶対近づかない。というかそんなにヤバいなら周りのアンドロイドも近づけさせないだろうし」 「『脳だけは野性的な』マスターにしては理解が早くて助かります。それでは行ってまいります」 ああ、やっぱり罵倒はするのね。平常運転でなにより。 来るなと言われたら行きたくなるのも人の性だが……俺もまだ死にたくはないから大人しくしておこう。 さて、何もすることがなくなったな……どうしようか。 そういえば案内役のロボがいたっけな。はるかに輪をかけて無愛想だが、暇つぶしの相手にくらいはなるだろう。 「おーい案内ロボ、いるかー?」 「市民ナンバー810100081様、お呼びでしょうか」 早いな、呼んだらすぐ来たぞ。 それとも同型機がたくさんあるのだろうか? ……まあ、どうでもいい事だな。 「1人は暇でね。少し付き合ってくれないか?」 「かしこまりました。ご質問をどうぞ」 そうか……相手は機械だから、こっちからなにか聞く形でないとまともな受け答えはできないのか。 はるかはあれでも人間並みに柔軟な思考をするので、「なんか話せ」という程度の雑な振りにも応えてくれたんだが…… それなら、ちょっと気になることでも聞いてみるか。 「はるかが今やってるテストは冷却水タンクの耐久度試験だって聞いたが、どういうことをやってるんだ?」 「名前の通り、冷却水タンクの容量限界まで冷却水を貯蔵し、暴発することなく貯蔵が可能か確認する試験を行っております」 「それって危ないのか?」 「当試験において、危険性が認められる項目はございません」 ……ん?危険性が認められる項目がないってことは、危なくないのか? でもさっきはるかは危ないって言ってたが……ちょっと聞いてみるか 「なんか危険だから見に来るなって言われたんだが、本当に危なくないのか?」 「あなた様に危険が及ぶような項目は存在しません。生活支援アンドロイドに用いられる技術の規模から、仮にそのような項目が存在すればその影響は全地球規模に及びます」 そういえばそうか。あいつの動力炉、縮退炉が仮に暴走したとしたら地球が消滅するわけで……どこにいたって一緒か。だとしたら、なぜあんなことを言ったんだろうか? 「もし気になるようであれば、見学も可能ですがいかがされますか?」 「見学……見学か……」 うーん、さっき行かないと言った手前行きづらいが……しかし、恐ろしく気になる。 バレたら殺される気もするが、この好奇心は抑えがたい…… 「よし、行くわ」 「かしこまりました。こちらへどうぞ」 すまん、はるか……後で好きなもん奢ってやるから許してくれ。 男はいくつになっても少年ということで、好奇心には勝てないのだ。 「こちらに見学用の入口がございますので、この前で少々お待ちください。入場に必要な手続きをいたします」 はるかの入ったところとは違う入口に案内されると、その前でしばらく待たされることになった。 まあ当たり前だが、事前に見学の申請をしてないのでその分時間がかかるらしい。パンフレットをまともに見てなかったことをここに来て後悔することになるとは…… およそ10分ほど扉の前で待ち、案内ロボが戻ってきたら声紋、指紋、顔の認証を行った。 これらはアンドロイド技術を盗み出されないために、持ち主を認証するためのものらしい。徹底したセキュリティぶりは安心もするが、少し面倒でもあるな…… ともかくこれで見学が可能となった。偶然とはいえはるかとは別の入口から入るので、多少はバレにくくなっている……と思いたい。 何枚もの隔壁に隔てられた部屋の中へと進むと、いくつものコンソールが並んだ部屋へとたどり着いた。 そのコンソールに表されているものの大半はよく分からなかったが、恐らくはるかに関わるものだろう。 だがそんなものより遥かに、俺を驚愕させるものが強化ガラスの向こうに見えた。 「は、はるか……!?」 そこにいたのは、耐久テスト最中のはるか。 はるかがここにいるだけなら何もおかしなことはない。だが今のはるかは、両手足を厳重に拘束され、下半身を裸にされ、股間になにやら怪しげな容器を取り付けられている。 そして表情も、無数の汗を浮かべた苦しげなものだ。どう見たってまともな実験じゃない。 そんなものを見せられたら、いてもたってもいられなくなって。 「はるかああぁっっ!!!」 案内ロボが止めに来るのも振り切って、駆け出していた。 はるかのいる部屋と俺のいる部屋とを隔てるレーザー障壁も、俺が人間である限り問題は無い。 ロボット達にとって、俺に危害を加えないことは最優先事項だ。だから俺がレーザー障壁にぶつかろうとすれば、身体が灼ける前にあちらが自発的に解除してくれる。 最新鋭過ぎて物理的な障壁を設けていなかったことが幸いして、俺はほぼフリーパスではるかの元へたどり着くことができた。 「はるか、大丈夫か!?」 「マ、マスター……!?なぜ来たのです!来ないように言ったはずで……んぐぅ……!」 「と、とにかくお引き取りくださいマスター!はやく……!」 なに言ってるんだ、そんな苦しそうにして…… 待ってろはるか。今助けてやるからな! 「帰れるわけないだろ!お前がそんな苦しそうにする実験なんか、ここで中断だ!一緒に帰るぞ!」 「ち、ちがいま……ぁ、と、とにかく、お引き取り……うぁっ……!」 ぶしゅうぅっ! 「は、はるか……?」 その時俺は、信じられないものを見た。 むきだしになったはるかの下半身。実物を見たことはないが、恐らく「本物」と同じに作られているであろうはるかの女性の部位から、透明な液体が飛び出し、取り付けられたガラス容器に飛沫を散らしていくのが。 その光景と、はるかの尋常でない様子。苦しげに落ち着きなく身体を捩らせる様子が、俺にひとつの確信を与えた。 だがその確信を得るのは、余りにも遅すぎた。 「あ、あっ……!」 ぶじゅうぅっ!しゅ、ぷしゅいいっ! 次から次に噴き出し、ガラス容器に無数の水滴を散らす。 さっきまでのはるかの発言は、まさに最後の力を振り絞ってのものだと気づいた時にはもう、すべてが手遅れだった。 短く途切れた喘ぎを漏らしながら、はるかは最後の瞬間を迎えた。 「あ…………」 ぶしゅうぅうううぅうーーーーー!!!びゅししししぃぃぃぃっっっ!!! もはや疑う余地もなく、はるかを苦しめていた原因がガラス容器にぶちまけられる。 どうしてかは分からないけれど、アンドロイドであるはるかの身体から放たれる黄色い水流が……おしっこが容器を満たしていく。 それはとても凄まじい勢いで、彼女がアンドロイドだからとかそんなものではなく、我慢していた分の圧力を以て噴き出していく。 「あ……あぁ……!」 呆然と声を挙げながら、はるかはおしっこを出し続ける。 いったいいつからしていなかったのだろうか。巨大すぎてとてもそんな考えに至らなかった股間のガラス容器、巨大しびんをどんどんと黄色く満たしていく。 はるかの股間から膝下辺りまで届く大きさ。 例えるならば小型のバランスボールくらいの大きさがある容器の3分の1までがもう既に満たされようとしていた。 「あ……はぁ……!」 いつしかはるかの吐息に艶めいたものが混じり始め、容器の半分までも満たされつつある。だが、未だ勢いが収まる様子はない。 俺も頭は働くけれど、身体は完全にこの状況に呑まれて固まっていた。 このままずっと、はるかの放尿が終わるまでずっと、俺は神々しくさえある光景に釘付けられていた。 _________ それから数時間が経った夕暮れの帰り道、俺は路上で全身全霊の土下座をしていた。 「本っ当に!!申し訳ありませんでしたァァァ!!!」 「猛省なさい、『現代のアウストラロピテクス』」 あのあと俺は、はるかが続きのテストをこなす間に案内ロボ達から事情を説明された。 あの時はるかの身体から出たおしっこは冷却水であり、そのタンクの貯水量を量るための実験だったらしい。 頑丈な拘束は両手足による助けを用いず耐えられる限界を知るためであり、言い換えるとはるかが平然として耐えられる容量を調べていたとのことだ。 ガラス容器は、その量を正確に量るためのものであり、変な意図は少しも無いのだということをちゃんと教えてもらった。 あの実験の際には意図的にAIをオーバーヒートさせ、冷却水を手早く溜めていたことも知った。 だからはるかがあんなに苦しそうだったのだ。 パンフレットを読んでいればすべて問題なかったんだろうが……本当に、俺の過失が大きすぎる。 だからこそ、最大限の謝意を見せるべくの土下座だ。もうこれしか、俺にできることはない。 「まったく……あれだけのことを仕出かしたのです。相手がアンドロイド組織でなければ逮捕されていましたよ」 「返す言葉もございません……!」 「私のお願いも無視しましたね。記憶容量になにか問題があるのではありませんか?」 「面目しだいもございません……」 今日ばかりはこの毒舌も甘んじて受けるしかない。いつもよりえげつないこの毒舌は、それだけはるかが怒っているということだ。 それだけのことをしたということは、きちんと受け止めなくてはならない…… 「では、最後にこれだけは答えていただきます。マスターが覗き見をしに来たことはひとまず置いておいて、なぜあのような暴挙に出たのですか?」 ここでいう暴挙というのは、間違いなくテストに乱入したことだろう。 確かにレーザー障壁に突っ込むわ、制止を無視するわ、暴挙としか言いようがない。 そんなことをなぜしたのか……か。俺にもよくわからないが、あえて言葉にするなら…… 「それは……」 「お答えください。レーザー障壁の解除が少しでも遅れれば、死んでいた可能性もありました。なぜそのようなことをしたのですか?」 「それはその、心配……だったから」 「心配……?人間であるマスターが、アンドロイドである私をですか。それは全く無意味なことですよ」 「それはそうだが……」 「本当に私を苦しめるほどの相手に、マスターが挑んだところで何ひとつ事態は好転しません。そのことをよくご認識ください」 「う……」 確かに、コイツの言ってることは何も間違っていない。 ただの人間に過ぎない俺が、はるかさえ苦しめる相手に突っ込んでいったところで、殺されるだけだ。 いくら相手を心配してのことであっても、きちんと考えなければ迷惑をかけるだけだ。それは肝に銘じておかないとな…… 「しかし、まあ……」 「ん?どうしたはるか」 「……いえ、なんでもありません」 気のせいだろうか、そっぽを向いたはるかの顔が少し赤く見えた気がした。 コイツがこんな仕草をするのは始めてだな…… 実は心配してもらえて嬉しかったり?するわけないかコイツが…… ちょうど夕方だし、夕日に焼けただけなんだろうな、たぶん。 「さあ、帰りますよマスター。暗くなってしまいますから」 「おう。……珍しいな今日は、手を繋いで帰るなんて」 「……っっっっ!!!??」 「痛っってえぇぇえ!!!おまっ……!お前の力で腕ブン投げんな!危うくもげるとこだったぞ!」 「まっ、全く……!こんな時にまで無意味に発情なさるとは、まるで節度のない方でございますね!」 「だ、誰が発情してるんだよ!?」 「て、手を繋ぐというだけのことに無意味な感情を抱くなど、発情している証拠でございます。まったく嘆かわしい……」 「どういうことなんだ……っていうか、繋いできたのそっちだろうが」 「こんな野蛮人を放置しておくわけにはいかないと思い、手を握っていましたが、そのようなことを言うなら必要ありませんね!」 な、なんなんだいったい…… なんだかよくわからないが、今まで以上に怒られているような気がする…… これが照れ隠しなら可愛げもあるだろうが、コイツだしなあ…… でももし、本当にそうだとしたら……コイツは俺が思うより、ずっとかわいい性格をしてるのかもしれない。 これからもずっと一緒に過ごす相方のことを、俺は知っているようで知らないのかもしれないな。 これからはもう少し、コイツのことを知ろうとしてみてもいいのかも…… 「ともかくマスターには今後、節度をもった人間となっていただくための教育が必要なようです。洗脳、調教など手段を選ばず臨ませていただきますので、そのつもりで」 前言撤回。やっぱ怖ぇわコイツ


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