今回は、「世界観を押し付ける勇気」というテーマでお話しします。
サンデー×MAISONdesのコラボプロジェクトである「日曜日のメゾンデ」の情報が公開されました。
この企画を通して使用されるイラストを僕が担当させていただきます。
かれこれ4ヶ月くらい前から裏で動いていたんですが、ここに来てようやく表に出せるということでワクワクしております...。
1曲目のリリース日の3月19日、ぜひぜひチェックよろしくお願いします!
ちなみにこの日発売の週刊少年サンデーにも僕の絵が載るらしいので、余裕がある方は手に取ってみてください。(僕は2冊買う)
そんなわけで現在は絶賛作業中なんですが、その中で考えていることについてのお話です。
正直、今回のお仕事は自分がずーっと前からやりたいと思っていた内容だったこともあり気合が入っています。
ただ力が入りすぎると、ついよくない癖が出てしまうんですよね。
必要以上に絵を丁寧に描こうとしすぎてしまう癖です。
「もっと綺麗に描いたが良い」「シンプルすぎてこんなんじゃ適当な絵と思われる」という謎の圧に負けそうになっちゃうんですよね。
そりゃ仕事なんだから丁寧に描いた方が良いじゃんと思うかもしれませんが、それがかえって個性を殺してしまう可能性もあるんです。
闇雲に手間をかければ良いというものでもありません。
だからここで今一度自分の絵の特性をきちんと思い出しておく必要があると思っています。
自分の絵の良さってなんだっけ、と改めて振り返ってみると...
・シンプルで落ち着いた世界観
・肩の力を抜いてラフに描いている雰囲気
・飾りすぎない色彩
・自然体なキャラクター
みなさんからいただく客観的な声も踏まえて考えると、おそらくこの辺りなんじゃないかなと思います。
そこが企業側から見て良いと思ってもらえたから今仕事が来ているわけですよね。
だからそこから変に足し引きをせずに、これまで通りの世界観を維持することが大事なのかなと。
大きな仕事だし...もっと細かく影つけた方が...線がガタガタだから綺麗に直したほうが...
そうやってビビって自分の世界観を曲げてしまうと、本来の良さが消えてしまうというトラップになっています。
何が一番危険かというと、綺麗に描きすぎることによって、もっと綺麗に描いている人たち(綺麗な絵を描くことを売りにしている人たち)の土俵で戦うことになってしまうということ。
もしそうなったら絶対勝てない自信があります。
僕は2年前に綺麗な絵で戦うことをを捨てて、他のゴリゴリ厚塗り神絵師とは戦わない道を決意しました。
別に実際に戦っているわけではありませんが、見ている人からは勝手に比べられてしまいます。
例えば僕が中途半端な萌え絵を描いたら、「これだったら萌え絵を得意とする絵師に頼めばいいじゃん」となってしまいます。
中途半端なアニメ塗りをしたら、「もっと上手いアニメーターに頼めばいいじゃん」となります。
なので世界観重視、あくまで自分の土俵で戦うというスタンスを崩さないことが大事な気がしています。
ここで大事になってくるのが、過去記事でも書いた「自分を正当化する力」。
今まさにその力が問われているのかなと。
「これ“が”いいんだよ」と周りに押し付ける開き直りが必要という話です。
あえて影塗りを減らす、これが良いんだよ。
あえて線を途切れさせてラフ感を残す、これがいいんだよ。
「自分の表現が正義」というスタンスで押し切ります。
仕事が大きい規模になってくると、どうしても負けそうになるんですよね。
自分のことを知らない人たち何万人、何十万人に届いてしまうわけなので、当然「こんな絵で大丈夫かな」という思考はよぎります。
だから強い意志を持って“ちゃんと描かない選択”をとり続ける必要があるなあと。
そんなことを作業しながら考えていました。
それも含めて、とにかくこの期間はめちゃくちゃ成長に繋がってます。
締め切りに追われながら、大量のイラストを描いていくという状況もそうですし。
なにより、周りを見ると歌もデザインもその他あらゆる領域のプロが携わっています。
これがプロの世界なんだというのを最前列で見させていただいている状態です。
そんな環境で働く経験ができていることが幸せすぎるなあと。
このプロジェクトが終了したら、もうこんな経験を積める機会はやってこないかもしれません。
そう思いながら、とても貴重な目の前の仕事を全力でやり切らせていただきます。
そんなわけで、今回は「世界観を押し付ける勇気が問われている」というお話でした。
あとこれは全然関係ないんですが、最後におまけでSkebの進捗も載せときます。
「背景の長方形を直線じゃなくフリーハンドで描いた方が、手描き感が出て良いのでは?」なんてことを試してみてます。
並行しながらこっちも良い絵に仕上げたい...。
それでは!