ご来箱の皆様、こんばんは🦒
おいしいご飯を目の前に「待て✋」と言われるワンちゃんのように、待つという動作はそう簡単に維持できるものではないと世間でも証明されておりますが、私も元々は「待つ」ことがいっさい出来ない人種でございました。
メールの返信が遅いことや、よく遅刻してくる仕事仲間のこと、待ち合わせの時間に来ないなど、ことあるごとに苛立ちを抱いてしまい、常に苦手なストレスをため込んでしまっておりました・・・
本日はそんなストレス苦手作者が、どのようにして「待つ」ことを克服することができたのかをお話させていただこうと思います👐
上記での待つあるあるを見た方の中には「いや、誰だってそれされたらイライラしますよ・・・💦」とおっしゃってくれる方もおられると思いますが、私がいけないと思ったのは「相手に期待しすぎている」という点でした。
「この人なら私の為に時間通り動いてくれるはず」という謎の理想を勝手に押し付けていたことがいけなかったのだと、最近になって分かりはじめてまいりました。
以前の記事でもお話させていただいたとおり、私の最近のもっとうは「あたりまえだと思わないこと」なので、時間を守れないのは人それぞれだから特別不自然なことじゃあないと思うようになりました。
・・・かといって、いつまでも「待つ側」になるのは自身がかわいそうなので、そのような時はそもそも「待つ」という事実が生まれないようにすればよいのだと、下記のような対策を練るようになりました。
「メールの返信が遅い」→「その人とメールをしない」
「よく遅刻してくる仕事仲間」→「その人と関わらない仕事先へ移動する」
「待ち合わせの時間に来ない」→「その人と遊ばない」
(※ちなみに信頼している方の為ならば、いくらでも待てます)
・・・と、ここまで「待つ」ことへの克服法をお話させていただいたのですが、ときには「待つ」ということ自体が幸福をもたらしてくれることもあります。
漫画のお話になるのですが、自身が描きたい最高のエンディングがあったとして、そのエンディングの魅力を最高潮まで高めるために、数々の下積みシーンを重ねる技法というものがございます。
最高潮まで熟された高級ワインが美味なように、重要な途中シーンで待たせれば待たせるほど、待ってましたと言わんばかりの最高エンディングで一気に盛り上がることができるというものです。
自身の中の「最高のエンディングを早くみせたい!待てない!」という気持ちが抑えられず、重要な途中経過をすっぽかしたまま披露しても、読者様は違和感を感じてしまうので、この部分は常に気をつけるよう心がけております。
暴走したい気持ちをグッと抑え、ときには首を長くして待つということも、大切な何かを守る為に必要なことなのかもしれません。
今後とも、首を長くしていくと同時に絵描き人生も長くしていけるよう、精進してまいりたいと思います😌
最後までお読みいただき、ありがとうございました🌸🌸🌸
KENSAN
2021-04-15 13:08:47 +0000 UTC