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ショーダウンⅡ 『14:布石と代償』

14:布石と代償 「ウフフ♥ 下は随分と盛り上がっているみたいね?」  片方の手でウェーブの掛かった長い赤髪を手で撫でつつ逆の手は椅子の肘置きに肘を立て頬杖の姿勢を取っている伊角百合子は、その鋭い目でガラス越しに下の様子を伺いながら……向かいの椅子で足をブラつかせてゲーム機に執心している鈴音へその様に声をかける。 「ったく……うるさくて敵わないわ。何なの、あの下品でうるさい音楽は! いつもこんなに大音量でカジノホールに垂れ流しているんなら、客の耳がおかしくなって苦情の一つでも来てるんじゃない?」  鈴音は不機嫌そうな顔をして手で大袈裟に耳を塞ぐ仕草を取り、部屋まで漏れ聞こえている悪役が聞きそうな重低音の利いたBGMにうんざりした息を零す。 「あら……知らない? 今日の曲はアメリカのスラム街で流行った90年代のヒップホップよ? 貴女達の世代なら一度は耳にした事がある名曲じゃないかしら?」 「知ったこっちゃないわよ! 私にしてみればただうるさくて無駄に長いだけの騒音にしか感じないわ!」 「そう? だったら……ゲームのBGMにしてあげれば良かったかしら? そっちの方が……鈴音さんの好みに合いそうね♥」 「フン! 例えそうでも、こんなに大音量じゃ……耳が潰れてしまうわ!」 「クフフフ♪ 成程……手厳しいわね♥」  鈴音はゲーム機から視線だけをずらし軽く百合子を睨む。  しかし睨まれた百合子の方は涼しい顔をして綾香の居るステージを興味深げに眺めている。 「ねぇ鈴音さん? 綾香さんって二年前もあんな感じにくすぐられたのよね? 貴女達に……」 「あら、よく知ってるじゃない。そうよ……私があの生意気な女をくすぐり殺してやったのよ!」  耳を塞いでいた手を顔の前に出し、指をワキワキさせこの手でくすぐったのだと主張する鈴音に、百合子は呆れ顔で息を吐いて言葉を返した。 「もぅ……! 可愛い顔して物騒な物言いするじゃない。でも、殺したって言う割にはしっかり生きてるように見えるけど?」  そう言って、仏頂面でくすぐるフリをする鈴音と階下に拘束されている綾香をワザとらしく交互に見比べる百合子。鈴音は彼女の指摘にフンと鼻で笑う仕草を取って言葉を続ける。 「くすぐりは……あんたが思っているより残酷な刺激よ? 一度徹底的に責められてくすぐりに屈服してしまえば……身体は過剰にくすぐりを拒否するようになる。あの日私はあいつ(綾香)に徹底的にそれを刻み込んだから、あいつは今も普通の人間よりくすぐりに対して圧倒的に弱くなっている筈よ……」 「くすぐりに弱くする事が……貴女の言う“殺した”って事になるの?」 「そう。まぁ正確に言い直せば“次私がくすぐれば殺す事も出来る”……って意味ね」 「あぁ、成程。くすぐりに弱くした身体なら、次に罰を与えるような事が起きれば死ぬまで笑わせる事も出来るぞ……って脅してる感じかな?」 「あいつの生殺与奪権は私が握ってる……だから、私が殺したのと同意義よ……」 「ふぅん? でも……本当には殺さないでしょ? そんな事したら、警察に捕まっちゃうし♥」 「さぁ~て、どうかしら? 私ってば……生意気な奴は大っ嫌いだから、気に入らなかったらヤり過ぎて笑い死にさせてしまうかもしれないわよ?」 「わぁ~~怖い♥ それなら、綾香さんにはうちの生命保険に入って貰っていた方が良いわね♪ 後でお勧めしておきましょうか……」 「……生命保険? あぁ、そう言えば……あんたんトコの会社……カジノ保険に生命保険を併用させて商品にしていたわね?」 「あらご存じだったのね? そうなのよぉ♥ 格安で生命保険にも加入できるから大好評でね?」 「格安……ねぇ? その安さは……どこで元取ってんのかしら?」 「ウフフ♥ それは企業秘密よ♪」 「あっそ……。ま、別に聞かなくても大体予想は出来るけどさ……」 「あら、その予想とやらを聞かせて下さらないかしら? 正解かどうかくらいは応えてあげなくもないわよ?」 「フン! あんたのトコは“カジノ”も運営している保険会社だからこそ、安く出来たって事でしょ?」 「あら……含みのある言い方してくれるじゃない? その辺……もう少し詳しく聞かせてくれる?」 「安くした保険料をどこで元取っているか……そんなの決まり切ってる! このカジノで搾り取っているって事よ!」 「……! へぇ……それは……面白い考察ねぇ……」 「あんた……あの紅葉って奴が不正を働いてるって知ってて黙ってるでしょ? 普通なら周りからそういう噂が立てば真っ先にオーナーが咎めに入る筈なのにそれをやろうとしてない。それは紅葉が“会社の利益になる”って踏んだから咎めないんじゃないの?」 「紅葉さんが不正ぃ? はて……そんな噂聞いた事もありませんが……」 「とぼけんじゃないわよ! そういう噂が客から流れていたからウチが調査に乗り出したのよ? それを知らなかったとは言わせないわ!」 「何を言っているの? そのイカサマがなんたらかんたらは……お宅が言い回って広めているだけじゃない。こっちはいい迷惑よ? カジノの信用問題にかかわる事だから……」 「よく言うわ! お嬢の調べでは、ここ最近のこのカジノでの被害額は周囲のカジノに比べて3倍以上も開きがあるそうじゃない! これは違法カジノと変わらないレベルの搾取よ!」 「そんな事言われてもねぇ? カジノって運を試すギャンブルでしょう? だったらたまたま運の悪い客が集まって来てたまたま負けて行ったって考えるのが筋じゃない?」 「馬鹿ね……そんな“たまたま”が3か月も続く訳ないっての! それに、被害にあった客はこぞって紅葉の担当したゲームで大敗を喫してた……それが全部偶然だって言うのは苦し過ぎよ!」 「まぁ……紅葉さんは良い意味で目立ちますものね? 日焼けした美人顔に健康的な身体……魅力的な立ち振る舞い……お客様の印象に残るのも無理もないわ」 「目立つから何? そんなのイカサマをしない理由にはならない!」 「目立つから彼女の容姿を記憶され、負けてしまった原因に仕立て上げられた……。本当は他のギャンブルで散々負け散らかしたのに、紅葉さんが強く印象に残っていたから彼女がイカサマをしたと疑われた……。彼女からしてみれば不本意なモノよね? なまじ人気があるから起こる弊害とでも言うのかしら?」 「はぁ? 人気者だから標的にされただけって言いたいの? お嬢があんな負け方をしているのに?」 「そうね。紅葉さんは普通の人より運が良いですから……そう映るのも頷けるわ♥」 「運が良いだけであんな勝ち方はしないわよ! あんなの……イカサマで勝っているに決まってる!」 「だったら……」 「……っ?」 「……早く証拠を見つけて頂きたい所ね?」 「……っく!!」 「貴女方がそこまでイカサマを疑っているのなら……それを証明する“証拠”を提示して頂かないと……。こちらも対処しかねますから……♥」 「うぐ……くっ!」 「貴女のご主人様はそれを見つけようと奮戦されているようですが……まだ見つかっていないご様子じゃない? あんな調子で……果たして何かを掴む事など出来るのかしら? ねぇ? 鈴音さん♥」 「くぅ! ぐっ……。か、必ず見つけてみせるわよ! 首洗って待ってなさい!」 「信頼に厚い部下をお持ちで……麗華さんが羨ましいわぁ♥ 私が逆の立場だったら……土下座して謝って許しを請う事に必死になっていたでしょうけどね? これだけ状況は絶望的なのだから……」 「…………んぐぅぅっ!!」  イカサマを語るのであればその証拠をまず見せろ……百合子のその言葉に鈴音は言い返す言葉を持たない。実際問題、その証拠はおろか手段さえもまだ掴んではいないのだから…… 「ところで……貴女達はココに……何の勝算も無しに再戦を挑みには来てないわよね?」  言い返せない鈴音に不敵な笑みを浮かべて百合子が訊ねる。 「……当たり前じゃない。お嬢は事前に調査を進めて、計画を立てて……勝てる見込みがあると踏んだからこの再戦に挑んでいるわ……」 「そうよね? でも……私にはどうも……彼女が本気で挑んでいるようには見えないのよねぇ? 何か……淡々と勝負して、淡々と負けていってるって気配しか感じられないのよ……」 「フン! そりゃそうでしょうね。だって……お嬢は本命じゃないんだから……」 「本命じゃ……ない?」 「そうよ。不本意だけど……お嬢はあくまで紅葉のイカサマを引き出す為の囮に過ぎない。本命はお嬢が負けた後……全てが予定通りに事を進めた後に……紅葉を成敗する予定よ?」 「負けた後? まさか麗華さんが負ける事も……予定通りだとでも言いたいの?」 「本当はお嬢が全部片付けられればそれに越したことはなかったのだけど……先日のルーレット勝負の時に“自分一人ではイカサマを完全には見破る事が出来ないかもしれない”って思ったから“予備策”を用意する事にしたのよ」 「……予備策?」 「真剣勝負を行っている当人は自分の目の前の事しか集中できなくてイカサマをされても気付かないかもしれない……そう思ったから、離れたところから第三者の立場で勝負を見届けられる人間が必要だと思った……」 「離れたところから第三者の立場で見届ける……って、それは鈴音さん? 自分の事を言っているの?」 「いいえ、私じゃないわ。私以上に適役がちゃんとフロアにいるじゃない♪ お嬢達から適度に距離が取れてて、全体を見渡せる人間が……」 「……フロアにって……まさか……綾香さんの事を言ってるんじゃないでしょうね?」 「フフフ……そうよ。あいつが今となっては本命……。お嬢が負けた時の二の槍としてあの紅葉を叩き伏せる伏兵になる予定なのよ♥」 「な、なにを言っているの? だって彼女は……頑丈な枷に手足を拘束されているのよ? あんなにガチガチに拘束されて……今更何が出来るって言うのよ!」 「あいつは腐ってもマジシャンだからね。アレくらいの拘束なんて簡単に抜け出して見せるわよ……」 「それは不可能よ! だって……あの椅子はマジシャン用に準備した椅子じゃない! それにすぐ傍では牡丹さんもあのバニーだってくすぐりながら見張っているのよ? 怪しい行動をしてたらすぐに咎められるに決まってる!!」  この時、鈴音は百合子の言葉を聞いて内心でほくそ笑んでいた。  あぁ……やっぱりこの女は気付いていなかったか……と、心の中で安堵した。 「紅葉があいつの事を恨んでいたっていうのは調べがついていたわ。連れて来いって言われた時……きっと私刑染みた事をするのだろうと想像もついていた。だから、敢えて紅葉の要求を呑んだのよ……あいつを二の槍に仕立て上げるために……ね……」 「ワザと綾香さんに復讐を受けさせたって事? あのプライドの高い彼女にそれを了承させたの?」 「罰を受けるかどうかは彼女に任せたつもりよ? うちらとしてはお嬢の対戦を少し距離を置いた位置で見てくれさえすればそれでよかったから、別に罰を受けようが受けまいが関係なかった……」 「それじゃあ……綾香さんが罰を受けるって言っていたのは……」 「それはあいつの意思よ。過去の罪滅ぼしでもしたかったんじゃない? 余計な手間が増えるってのに……あいつは罰を受ける方を選んだのよ」 「それは……二の槍を演じるという事を理解してて了承したって事?」 「……そうよ。まぁ、結局……その準備をしてきて正解だったんだけどね? あんた達が夏姫を誘拐するなんていう暴挙に出たせいで綾香はどの道罰を受けざるをえなくなっていたんだから……」 「じゃあ……あの枷を、抜け出す算段がついていたって事? あの厳重に拘束されたは枷を……」 「まぁ、算段を付けたのは“コッチ”だけどね? でも、指示したのはあいつだから……ここはイリュージョニストの顔を立ててあいつの手柄にしてやっても良いわ……。私ってば寛容だから♥」 「馬鹿な……不可能よ! 用意した拘束椅子はマジシャン用に仕掛けを施した小道具じゃないのよ? アレを抜け出せるわけがない!!」 「あら? その口ぶりは……やっぱりあの椅子、あんたが用意したのね? どおりで趣味が悪いと思ってたのよぉ♥」 「う、ぐっ!?」 「普段……どんなプレイを楽しむためにあの椅子を使っているのかしらね? 是非教えて貰いたいところだわ♥」 「か、勘違いしないで頂ける? アレは紅葉さんのリクエストがあったから急ごしらえで作らせたものよ! 最初から持ってた訳じゃない!」 「ふぅ~~ん? ホントかなぁ?」 「くっ!! この……調子に乗って!!」 「ま、んな事はどうでも良いけど……。兎に角、綾香は必ずあの趣味の悪い拘束椅子から抜け出す事になるわ♥」 「不可能よ! そんな事……出来る訳がない!!」 「不可能だと思われる事を可能にしてしまうのがマジシャンというものよ? 私もアイツには散々煮え湯を飲まされてきたから、そういう小癪な事が出来るって部分だけは信用してる。だからあんな馬鹿面晒して笑い悶えていても、今も虎視眈々と狙っている筈よ? 自分の役割を全うするタイミングを……」 「何が役割よ! そんなの彼女に回って来る訳ない! 彼女はあそこで牡丹さん達にくすぐられ続ける運命よ! 貴女のご主人様が負けて罰を受け終えるまで……ずっとだらしなく笑わされるだけの役回りなのよ!」 「フフ……♥ まぁ信じる信じないはあんたの勝手だけどさ。でもほら見て? コッチの準備は着々と進んでいるみたいよ? 最後のピースである“彼”が到着したようだし……」 「……っ!? 最後のピース? ……彼??」  百合子は鈴音に促されカジノの入り口に視線を移す。するとそこには、一人の男が2つのアタッシュケースを抱えて入って来る様子が伺えた。  “少し遅れる”という事だけ伝えられていた、本来の見届け人……  百合子とも因縁の強い若社長……カプセル・ジョイの社長である結城が、ようやくカジノの入り口から姿を現したのだ。 「あのアタッシュケースは……まさか……追加の資金!?」  百合子は彼の重そうに持っているケースを見て眉をしかめた。 「そうよ。別に……軍資金の上限なんて決めてなかったんだから……文句はないわよね?」 「……くっ! 文句など……言うつもりはないけど……」  百合子はその資金の追加に、そこはかとない嫌な予感を感じた。  このタイミングでゲームを更に続けられるだけのお金を用意してきたとなれば……自分の立てた計画にズレが生じてしまう。  本来なら……麗華が用意できる資金などたかが知れていると思っていた。2000万という資金を用意出来たというのも想定外だったが、まさかこの期に及んで更に追加の資金が用意するなど想定し得ていなかった。  あまり時間を掛けたくない……と、考えていた百合子にとってこの追加の資金は不安材料の一つにしかならない。  紅葉ならばその資金も搾り取れるとは思うが……しかし、鈴音の言った言葉も気がかりではある。  この状況で……綾香があの拘束から抜け出す事は有りえない。  あれだけ厳重に拘束を施しているのだから……抜け出すなど不可能な筈だ……  でも、彼女は今や一流のイリュージョニスト……  こうなる事を予測して……何か仕込んでいてもおかしくは……ない?  いや、もしくは……麗華の方が……事前に何かを仕掛けておいた可能性も……?  百合子は先程までの余裕ある表情を浮かべられなくなっていた。その代わりに、そこはかとない不安の色を濃く映す表情を顔に浮かべ直す事を余儀なくされた。  そして改めて思い直す事となった…… 「くっ! うぅぅ……」  もしかすると……自分は……この弱小保険会社の調査員達を下に見過ぎて……大きな油断をしていたのではないか? と……  もしかすると、彼女達の術中に……既に嵌められているのではないか、と……。 ―――――――― ―――――― ―――― …… 「ハァハァ……よう、待たせて悪かったな。今着いたぜ」  重たいアタッシュケースを息を切らして持ち運びながら、青年が麗華の後ろ姿に声をかける。  麗華は負けたショックを引き摺っていたが、その声を聞いて現実に戻されるかのようにハッとなり声の主へと振り返る。  振り返るとそこには……皺ひとつない高そうなグレーのスーツをビシッと着込んだ青年が立っており、その青年はアタッシュケースを二つとも麗華傍に置いてフゥと息を吐く。 「……結城社長……」  麗華は沈んだ声で名前を呼び、今にも泣きそうな顔をその彼に向ける。 「あぁ~~あ、俺の貸した金がもう500万ぽっちになってるじゃねぇか! 全く……どうしようもないお嬢さんだなぁ……」  結城は麗華の残金を確認し苦笑いを浮かべ、軽く咳払いをして見せて麗華の耳元に口を寄せる。 「ところで……本当に良かったのか? 綾香の手前……お前には2千万しか貸さんとは言ったが……もう少し用立ててやっても良かったんだぜ?」  そう言ってケースの片方をガチャっと開け……札束がぎっしり詰まった中身を見せた結城だったが、麗華の方はそれを見ても首を横に振って“問題ない”と返事を返す。 「ふむ……まぁ、そうだよな? 本命は綾香の方だし……」  結城は事前に麗華の計画の一端を聞かされていた。  その計画によると……麗華の勝負は“前座に過ぎない”と明言されており、彼女が勝負に勝てるという想定は織り込まれていなかった。 「しっかし、お前はつくづくギャンブルの神様に見放されているようだな? その様子を見るに……どうせ勝負もストレートで負けちまったんだろ? いくら前座だと言ってもよぉ……そんなに早く負けちまったら意味ないんじゃないのか?」 「う、うぅ……」  麗華の役割はあくまで紅葉からイカサマを引き出す戦いを繰り返す事だった。その為に負けるのは仕方がないとは諦めていたが……勝負した数が少ないとなるとイカサマを見破るどころか、いつそれをされたのかも見当がつけられない。だから結城は、せめて2~3回は勝っていてもらいたいと願っていた…… 「ったく……そこのお嬢ちゃんも容赦がないみたいだな? 徹底的に潰すって面構えしてるぜ……」  しかし現実は勝負が始まって全敗という……考え得る最悪の結果が今の状況である。きっと形振り構わずイカサマを使いまくって麗華の敗北を誘っているのだろうと勝負を見ていない結城でも想像がつく。  例え……麗華がいかに運が無くギャンブルに向いていないと分かっていても、ルーレットの時から一勝も出来ていないと考えると……その敗北率は異常だと言える。  何かヤられていないとこうはならない……結城はそれを麗華の負けっぷりを見て改めて実感させられる。 「ところで……結城社長? これから“上”へあがるのでしょう?」  腕を組んで不機嫌そうに仁王立ちしている紅葉と、目減りしまくった麗華の軍資金を交互に見比べていた結城に……麗華はそのように尋ねてドレスのポケットに手を突っ込む。 「あぁ……俺は見届け人の役だからな……まずは百合子嬢に挨拶しに上へあがらんと……」  結城はアタッシュケースの蓋を閉じてロックをかけ直し、ヤレヤレと言った仕草を大袈裟に取って見せる。 「でしたら……これを彼女に……渡してもらえませんか?」  麗華がポケットから取り出したのは、半分に折り畳まれた1枚の紙だった。 「……? なんだ? メモか何かか?」  紙は手のひらに収まるくらいに小さく、端の方は勢いで千切ったと思わせる斜めに破かれた跡が見受けられる。  結城がその中身を確かめてみるが……メモには意味不明な数字がいくつか書かれてあるだけで、それが何を示しているのか理解は出来ない。 「コレを……誰に渡せばいいんだ? まさか……綾香にとか言わんだろうな?」  結城の問い掛けに麗華は大きく頭を横に振る。  そして、結城の耳元に口を近づけ小さく囁いて渡す相手と言付けて欲しい言葉を伝える。 「あぁ、分かった……これを渡して……そう伝えればいいんだな?」  結城はその様に返して麗華の返事を促す。  麗華はそれに頭を大きく縦に振ってその通りだと態度で示す。 「じゃあ……俺はもう行くぜ?」  結城は麗華からメモを受け取ると綾香の方にチラリと視線を向けながら上へとあがるエレベーターへと向かっていった。  ステージで上では、綾香の背後に立っている牡丹が彼女の脇腹の方へと手を伸ばしていく様子が見て取れた。  顔を真っ青に染める綾香……  その顔には大量の汗が噴き出していて、疲労の色も濃く出ている。  あんな状態まで追い込まれておいて……こっちの勝負の事を見る余裕は本当にあったのだろうか?  いや、そもそも……脱出の準備は本当に進んでいるのか?  見た限りでは手の枷は頑丈に閉じられているし……それが外れる気配すら伺えない。  こんな状態で本当にあの椅子からの脱出など可能なのだろうか?  結城はその様な疑問を頭に浮かべつつ奥のエレベーターへと歩いていった。


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