じりじりと突き刺すように厳しい夏の日差しの下、私たちは岬の先を目指して歩いていた。地元の駅から電車をいくつか乗り継いで行った先にある海辺の田舎町。青々と茂る樹木に囲まれた緩い坂道を登った先にある、観光スポットとしては多少名の知れた景観の良い岬が私たちの目的地だ。人の少ない場所にしようと選んだささやかなデート先ではあったが、一向に衰える気配を見せないこのうだるような熱気と、道中の木々の間で無数に鳴き喚く蝉の煩さにはいささか辟易してしまう。
例年に比べても厳しいと言われる暑さの中、目の前で涼しげに風に揺れる純白のワンピースが目に染みる。少女性を象徴するかのようなその無垢で可憐な衣装は、抜けるように青い空の色彩にくっきりと浮かび上がるように映えて見える。シンプルながらも女性らしさを感じさせるデザインの、これもまたワンピースと同じ純白のサンダルを履いて、息を切らしながら私の前を歩く華奢で小柄な体躯の少女。彼女の頬が上気しているように見えるのは、きっとこの暑さだけのせいではないだろう。
「こんにちは」
「こんにちは」
「暑いですね」
「本当に」
前方から歩いてきた観光客と思わしき中年の夫婦と軽い挨拶を交わしながらすれ違う。私たちのことをきっと仲の良い姉妹か何かだとでも思ったのだろう。こちらに向けられた彼らの顔には、微笑ましいものでも見るかのような穏やかな笑みがたたえられていた。しかしその目をよく凝らせば、少女の股間に形作られた不自然な陰影に気が付いていたかもしれない。先程から彼女が奇妙に先を急ぎたがるのも、私にそれを悟られまいとするためなのだろうが、あいにく彼女の考えはお見通しだ。水色のシュシュで二つに束ねられた、つややかな黒髪が揺れる様を眺めながら、私は彼女の後を追うように岬への道を登っていった。
転落防止のための柵に囲まれた岬先端の広場に辿り着くと、遥か彼方にまで広がる青い海が私たちを出迎える。遠く水平線の向こうには霞がかった島々の影がぼんやりと浮かび上がり、その背後にそびえ立つ白い雲が、空の青と海の青との間でその存在を鮮やかに主張している。ここまで来ると蝉の煩さは多少和らぎ、崖下から聴こえてくる潮騒の響きがはっきりとした輪郭を伴って耳に届いてくる。汗に濡れた肌に吹き抜ける潮風が心地良い。
都会の喧騒を離れた夏の日の中で、少女は何も言わずにただ遠くを見つめていた。目の前に広がる景色を静かに楽しんでいるようでいて、しかしどこか緊張した空気を窺わせる彼女の背中に、私は軽い調子で声をかける。
「気持ちいいねー」
「うん」
「暑いけど、来てよかったね」
「うん」
「どうしたの?さっきからあんまり喋らないけど」
「いや……」
少女は遠い水平線の彼方を見つめたまま、こちらを振り返ることもなくただ歯切れの悪い返答を繰り返すばかり。彼女のどこかつれない態度の理由は私にもよくわかってはいるものの、どうしても余計な意地悪をしたくなってしまうのが私の性分だ。
「ねえ、こっちを向いて?」
「……」
優しく諭すような声色を意識して声をかけてみるが、やはり彼女が振り向く様子はない。
「向きなさい」
私は穏やかな笑みを顔に浮かべながらもあえて語気を強めて命令する。抵抗など意味がないということは彼女自身が一番よく知っている。「命令は絶対」、そう躾けたのは他ならぬこの私だ。一瞬ぴくりと体を震わせた後、おずおずとこちらを振り向く少女。薄く化粧が施された小ぶりな顔は羞恥心に赤く染まり、その股間には不自然な膨らみがはっきりと見て取れた。
「大きくなってるね」
「……はい」
「ふぅ〜ん……」
崖を背にして逃げ場を失くした彼女はまるでか弱い小動物のように萎縮し、もじもじとその身を縮こませている。自分よりも幾分背の低い少女に向かって、私はわざとらしい口調で詰め寄ってみせる。
「女の子みたいな格好して、パンツも履かずに外を出歩いて……その上知らない人に見られて興奮しちゃったんだ」
「……っ」
「ヘンタイさんだね。いやらしい子」
「……!」
同い年の女子に主導権を握られ、完全に上から目線で言葉責めを受ける少女はしかし、その言葉に異を唱えるでもなくむしろ恍惚と煩悶が入り混じったような表情を顔に浮かべ、荒い息を上げている。興奮しているのだ、彼女は。この状況に。
── 彼女、もとい『彼』と付き合い始めてからもうすぐ一年になるだろうか。私からの告白を受け入れてくれたあの日の彼の頬も今のように赤く染まっていたことをよく覚えている。高校のクラスではお互い集団に馴染むことが苦手なタイプで、これといった友達も居場所も持たない孤独な生徒だった。特に彼の方はその体格の貧弱さと顔立ちの幼さ故に周囲の人間から侮られることも多く、軽薄な馴れ合いを嫌う性格のせいで疎まれがちな私と比べても殊更に影の薄い生徒だった。二年生の春に同じクラスになるまでろくに話したことさえなかったのだが、どこか不思議に惹かれるところがあるとお互い心のどこかで感じていたことには、何か運命めいたものを感じないわけにはいかない。
その後、思い切って私から彼に好意を告げ、交際を始めてから発覚した私たちの性格のはっきりとした違いは、やがてその関係性を奇妙な形へと変えていくことになった。元々強気な性格で、生来のSっ気を持つことを自覚しつつもその欲望を持て余していた私と、心優しくも気弱な性格で、自覚こそしていなかったものの無意識下に抑圧されたMっ気を隠し持っていた彼。付き合い始めて間も無く彼の心の内に潜んでいる被虐欲に気付いた私は、それを巧妙に引き出すことを意識して様々な性行為を彼に要求した。
ある時、ふとしたきっかけで女装させた彼がまるで年下の可憐な少女にしか見えないことに気付いて以来、彼は私にとって格好の着せ替え人形になった。私は女装姿の彼を責め、慈しむことに心からの悦びを覚え、彼もはっきりとは口にしないものの、私から女の子扱いされて責められることに明らかな興奮を示していた。私は彼を愛するが故に変態的な調教を彼に施し、最初は抵抗を示していた彼も、やがてそのいびつな愛情を従順に受け入れ、それらを効率的に自らの悦びに変えることを覚えていった。私が何気なく口にした「髪が長かったら色んなアレンジができるのにね」という言葉を受けて自らの髪を伸ばし始めた時はさすがの私も少し驚いたし、急に女の子のように髪を伸ばし始めた彼を周囲の人間は不気味がった。しかし、主人に愛されようと必死になって尽くす仔犬のように従順で健気なその姿は私の心を強く打ったし、それ以来私は彼のことをいっそう愛おしく感じるようになっていた。
今日は私たちが定期的に行っている『女の子同士でのデート』の日だ。彼が着る衣装は毎回私が選び、お化粧もきちんと施してあげることにしている。最近は少しずつ自分で化粧をする技術を覚えてきているみたいだけれど、彼を美しい少女に変身させていく作業は私にとっても心楽しいものなので、やはり私が手ずからその唇に紅をさしてあげることが多い。可憐に変身した鏡の中の自分に見惚れる彼の姿はまるで純真な乙女そのもので、そんな初々しい姿を見る度に、私の胸は『彼女』への愛おしさでいっぱいになってしまう。己を駆り立てる庇護欲と加虐欲のままに、強引に目の前の少女を押し倒してしまおうと考えたことも一度や二度ではなかった。
「ちょうど誰もいないし、今のうちに『写真』撮ろうよ」
私のその言葉を聞いて彼は一瞬ためらいの表情を顔に浮かべてはみたものの、結局さしたる抵抗を示すこともなく黙ってワンピースの裾をつまみ、細い指を微かに震わせながら、ゆっくりとその布地をたくし上げた。下着はあえて履かせておらず、薄い布地を少しめくればすぐに彼の一物があらわになる。本来少女の股間にあるはずのないその器官は今やはしたなく屹立し、彼が今感じている興奮の度合いをこちらに向けてありありと主張してくる。性的興奮が誰からもわかりやすく見て取れるのだから、男の子ってかわいい生き物だな、と私は常々考える。
女装させて外に連れ出す度に、私は彼とこのような写真を撮ることにしている。可憐な少女が実は『彼女』ではなく『彼』であるという事実を、こうして写真を撮るときにしっかりと手に取れる証拠として残しておくこと。私の身勝手な要求から始まった習慣ではあるが、それはもはや私たちの間での暗黙の決め事になっていると言っても良かった。男性器の付いた美少女、もとい女装した彼が見せる背徳的な美しさは私を魅了してやまない。その姿をいつでも見られるように写真に収めておくのは、人に言えない私の大事な趣味のひとつだ。
私はスマートフォンのカメラを起動し、画面越しに彼の姿を眺める。緊張に震える滑らかな太ももをつたう汗が太陽の光を受けてきらめき、地面に落ちて黒く小さな染みになっていく様子までもがはっきりと見て取れた。
「はい、笑ってー」
「表情硬いよ。もっとリラックスリラックス」
「膝頭は合わせて、ファッション誌のモデルさんみたいに女の子らしいポーズでね」
彼に向かって細かくポーズを指定する私。自ら望んで変態的な写真を撮っているように演出してみせるのがコツだ。そういった写真ほど、あとで本人に見せたときに効果的に羞恥心を刺激することができる。
私の命令によってつるつるになるよう処理された無毛のペニスは甘く勃ち続け、熱を帯びて硬くなったその器官を風が涼やかに撫でていく。野外での強制露出行為によって生じる被虐的な快感に彼の肉棒はひくつき、亀頭の先から分泌された透明な粘液がわずかに糸を引き、地面へ向かって垂れ落ちる。
今だ、という瞬間を狙って私はスマホのカメラのボタンを押す。こうしている間にも遠くから絶え間なく聞こえてくる蝉の声。その耳障りな音波の中に無機質なシャッター音が一瞬だけ鳴り響き、すぐに消えた。
「良い子」
私のスマートフォンの中にある、『彼女』の姿を収めた秘密のアルバム。今日、またひとつその写真が増えた。鮮やかに輝く空と海の健康的な色彩を背景にして、女の子らしいポーズで愛らしい笑みを浮かべる白いワンピースの少女。しかしその裾の中に覗くのは興奮に熱く滾った男根で、女性性と男性性のアンバランスな対比がなんとも倒錯的な魅力を放っている。
彼のことを知るクラスの人間がこの写真を見たらどう思うだろうか、と少しだけ想像してみる。普段のいじめられっ子然とした冴えない雰囲気からは想像もつかない美少女ぶりに見惚れ、真面目で物静かな態度からはまるでかけ離れた変態ぶりに驚愕することだろう。それを考えると思わず笑いがこみ上げてきそうになるが、しかしこの写真は私だけの大切な宝物だ。彼の痴態を晒しものにすること自体がまず絶対にあり得ないことだし、あんな連中に私の大事な写真を見せてあげようなんて気持ちはこれっぽっちも持ち合わせていない。
私は満足げに微笑みながらその写真をしばらく眺めた後、スマートフォンをカバンにしまい、彼の側に歩み寄った。いかにも恥ずかしそうに俯く彼をそっと胸の中に受け入れ、ご褒美を与えるように何度も何度も、優しく慈しむように頭を撫でてやる。私の腕の中で彼は一瞬身を竦ませるが、やがて身体の強張りを解き、黙ってその愛撫を受け入れた。
彼氏を女装させて変態的な行為を強要する様は、世の大多数の人にとっていびつな関係性に見えることだろう。私も別にそれを否定しない。どう考えても普通の関係ではない。ごくごく真面目な普通の男の子に異常性癖を植え付けてしまったのだ。今後の彼の人生を考えてみれば、その責任は重大だと言ってもいい。
しかし今、熱い夏の日差しの下でこうして私は彼を求め、彼もそんな私の腕の中に、在るべき居場所を求めている。彼の身体から感じる熱が、興奮に昂る甘い吐息が、いたいけなその感情をはっきりと私に伝えてくる。この愛おしくも儚げな存在が私の熱を求めてくる限りは、いつまでも彼の、彼女の側にいてあげたいと私は強く思う。そして、私たちの関係がどんなに異常で後ろ指刺される行為であったとしても、つまるところそれが私たち二人にとっての愛の形なのだと、私は固く信じている。
「さ、そろそろ行こうか。あんまり暑くて熱中症になっちゃいそう」
私は名残惜しくも彼の身体を放すと、まるで本当に妹の世話を焼く姉になったようなつもりで彼の手を取り、元来た方向へと足を向ける。未だ収まらない勃起を持て余しつつ、彼も私に手を引かれてたどたどしく歩き出す。
ここに来るまでの道の途中に雰囲気の良い喫茶店があったな。あそこで少し休憩でもしようか。ご褒美に何か冷たいものでも奢ってあげよう。そんなことをとりとめもなく考えつつも、私は隣を歩く恋人の小ぶりな手の平をぎゅっと握り、温かく湿った柔肌の感触を愛おしみながら、どこか頼りなさを感じさせる彼の歩調に合わせてゆっくりと歩みを進めた。
やがて潮騒は遠のき、けたたましく鳴り響く蝉の音だけが再び私たちの耳を聾して包み込む。潮の香りを帯びた風は歩き去る私たちの背を見送るようにいっそう強く吹き渡り、疲れを知らない太陽は、人がいなくなった岬の広場に惜しみなくその陽光を降り注ぎ続けていた。