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御子柴かきょう
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199.卒業式に際し

こんにちは。御子柴かきょうです。

いつもFANBOXをご覧いただき、ありがとうございます!

本日は、久々に全体公開で近況報告をしたいと思います。自分の振り返りと、今後の活動に対しての自分の考えをまとめたいな~~というのもあります。

ご興味ございましたら、最後までお付き合いください。


なお、エッチな絵は今回の記事は1枚も、ないです!

それでもよければね 見て行ってください。


卒業しました

Xでもご報告をしたんですが、2021年から在学していた通信制のイラストの大学を卒業しました!

4年間在学していたところ、ようやく卒業することができました。

2024年10月からは、卒業制作に追われてFANBOXをはじめ支援サイト、および作家としての御子柴かきょうの活動がおろそかになってしまいました。その期間もご支援くださった皆様には、改めて感謝申し上げます。


3月15日(土)には、卒業式に参加しました。

その前後には京都を少しだけ観光したり。

卒業式では、通信制の大学だったこともあり、その日初めて会う学友たちと交流して新しい出会いもいただきました。

さまざまな年齢の方が一緒に学ばれていたことに驚きつつ、改めて人それぞれの表現の違いというものにも感嘆しました。


大学の課題関係では、もう本当~~にわたしは官公庁にポートフォリオを出しても全く支障ないくらいに『健全』な絵を描いておりまして

なんというか、BLとかエロとかいう要素を自分の中から抜き去ったらこういう感じになるのだなぁ~という驚きも感じながら制作に取り組んでいました。

総合的な画力の向上につながったと思いますし、

絵に関する取り組み方や、考え方といった部分も改めて学ぶことが出来ました。


何回か、機会があるごとに話をあげている気がしますが

わたし自身は幼少期から絵を描くことが好きだったものの、両親からは「絵の道に進もうとしてもらっては困る」と厳しく「絵を描くこと」自体を制限される家庭で育ちまして、

自分が好きな「絵を描くこと」を行うことは、いつも何かの対価を払わなくてはいけないものでした。

例えば、勉強して良い成績を取るとか、運動部に入るとか、生徒会に入るとか、そういう絵に全く関係ない、教育熱心な両親が喜びそうなことです。それらをこなさないと、絵を描いていていいよ、って言ってもらえない。

そういう環境で育ってきていたので、常に「自分が好きなことをするためには、何かを犠牲にしなくてはならない」という思い込みが強くあります。

あと「自分は何かで貢献をしないと、絵を描かせてもらえない」とか。


大学に入ってよかったことは、「絵を描いていて良いという時間」や、「絵を描いていることが良しとされる」環境に少なからず触れられたことだと思います。


自分が好きなことや、やりたいことに一生懸命になっていいし、

それを頑張っている、と応援してもらえる環境と時間。

そういうものに触れられていたことが良かったな~と思います。


なんというか、自分で今、言葉にしていると「そもそもそれがあるべき姿だろう」って思う気がするんですけどね。

なんかよくわかんなかったですし、今も忘れてしまうことがあります。

自分は、もう好きなことに一生懸命取り組んでもいいっていうこと。

ちょっと怖い部分もあります。

この時間がなくなってしまったら、この環境がなくなってしまったら……そんな恐怖に押しつぶされそうになる時が多いです。

それが嫌だから頑張るんだけれど…。


いまだに なんとかして自分の絵を守りたい、という気持ちがあります。

自分が絵を描いていける時間を延ばしたい。環境を守りたい。自分の絵を守りたい。

後述する今後の活動に関しても、この気持ちが非常に強く働いている気がします。一度、自分で絵を描いていくんだっていう人生の転換を決めることが出来た次のステップとして、この深い傷口からどう昇華していくのかっていうところが今後の課題なのかな~と思ったりもしています。

逃げないように頑張りたいと思います。苦しいですけど…


まあ話が脱線してしまいましたが、卒業式では改めて、初めて会う学友たちの「絵に対するまっすぐな姿勢」を感じ入ることになりました。

わ~なんかすごいな~、みんな絵に対して真剣に考えているんだな…ということ。

周囲はもちろん、大学に入ってからはじめてデジタルで絵を描きました、という方や、絵で仕事をしていきたいという方、すでに絵の仕事をされている方、さまざまな方がいらっしゃいましたが、みんなやはり絵が好きで、絵を描くことが好きで、絵で表現することが好きで…


なんか改めて、もっと真剣になってもいいんだなって思いました。

いや、すでに絵を描いてお金をいただいている以上、真剣になるのは当たり前ですし、中途半端な気持ちで仕事をしているつもりはないんですけれど

「もっと簡単に」とか「もっと早く」とか「もっと手軽に」とか、「最短で」「最速で」「稼げる」「バズる」とか、そういうのも大事なのかもしれないけど、それよりももっと根幹にある「何を表現したいのか」「何を伝えたいのか」

もっというと「自分のアイデンティティ」のようなものに『真剣に向き合う』ことを『真剣にやってもいいんだな』という感じ。

卒業式後に、みんなの話を聞いたり、話したりして感じました。

なんかそこには、SNSの数字とか、評価とかそういうものとは関係ないパワーがあって非常に良かったですね。

やっぱりなんか、人と話すことで自分のことが理解できるようになるなぁというか。

発した音の反響で自分の立ち位置が分かるような感覚。


卒業式に際して、一つの区切りとして

そういう感覚が得られたことは貴重な機会でした。


これは京都でフラッと立ち寄ったカフェ。とてもよかったです。



祖母の百か日を終えて

卒業制作に追われたり、色々とありましたが、2024年の末には祖母を亡くすという出来事もありました。

昨日、百か日の法要を終えて、ひと段落といったところです。

祖母は、転倒から腕を骨折し、亡くなる前の2年半は寝たきりの生活をしていました。

97歳の大往生でした。

ケガをする前は、祖父(今年99歳です)とほぼ二人きりで仲良く生活をしていて、わたしは昔から何かとお祖母ちゃんっ子だったのでお世話になっていました。

お盆やお正月といった機会には会いにいっていましたし、一人で泊まりに行くこともありました。まあ一番近くに住んでいる時間が長い孫だったのもあります。


祖母は非常につらく苦しい生活を送らざるを得ない期間が長かった人生だと聞いています。ですが、何があってものんびりとおおらかで、怒ったり苦言を言ったりすることもなく、何事も「しょうがない」と区切って物事のプラスの面に目を向ける人でした。カリカリしている人を見ても「そうやって怒れるだけの元気があるってことやなあ」とか、何かやることが多くても「動ける体があるってことや」「人に頼りにしてもらっとるってことや」みたいな。

なんか、うつむいてても嘆いてても仕方ないから前を向こう、って感じの、すごいですよね。


わたしはそんな祖母の言葉で一生忘れられないものがあります。

「生きとればこそやで」

という言葉。


「どんだけ優秀でも、すごいことをしたとしても、人は死んだら終わりや」

「だからなぁ、生きとればこそやで」

「どんなに嫌なことも、苦しいことがあっても、全部生きとればこそや。死んだら何もないでなぁ」


そういうことを言っていたと思います。なんの話からだったかは分かりません。でもわたしが会いに行くたび、自分の年齢や周囲の人の訃報の話題に絡めて、そういう話を頻繁にしてくれていた記憶があります。

わたしはこの言葉に、陰ながらすごく支えられていたんだろうなあ、というのが祖母を亡くしてからの気づきでした。


わたしは、2020年に重度のうつ病を患って

それまでも主に仕事や、自分の人生そのものに対して大きなストレスを抱えていました。簡単に言うと、中学生くらいからずっと「死にたさ」を抱えていたんですよね。

重度のうつ病と診断されたときも、希死願望が非常に強かったです。早く死んでしまいたかった。でも自傷行為は一度もしたことはないです。

痛いのは嫌だったし、母方の祖父を亡くした時(今回亡くなったのは父方の祖母なんですが)に「どうしてこれだけ死を悔やまれる人が亡くなって、死にたいと思い続けてる自分は死なないのか」ということを考えたというのもあります。

でも今思えば、「生きとればこそやで」っていう祖母の言葉が支えてくれていたのかなあという。


いまだって苦しいことがたくさんあります。嫌なことも。

上手くいかないことも、成果が出ないこともたくさんあって、上を見たらきりがなくて、自分の惨めさや、ふがいなさや、能力のなさに死にたくなることは日常茶飯事です。自分を褒められることなんて全くない。

でもなんか「生きてればこそか」って、祖母の言葉を思い出します。

死んだら何もないんだよな~~~~~~~~~~って。


なんか別に、ここに書いておくべきことでもないですし

誰かに聞いてほしくてたまらない話でもなかったんですけど

でもなんか、これからのわたしの活動を支える言葉でもあると思ったので、

素晴らしい祖母の紹介と、その生きた証を

記しておこうと思いました。


何事も「生きてればこそ」ね。


生きているからこの風景が見れます。この色が感じられます。空気を吸えます。

これは鴨川のようす。まだ寒かった3月。



別名義での活動

前述した「自分の絵を守りたい」という気持ちの話に繋がって、別名義での活動も少し増やしていきたいなと思っています。

まあいってみればエロもBLも抜きにした『健全』な方面での活動になります。

そしてまあ、正直に言うと家族親戚から「何描いてるの?何をやっているの?」という質問に対する隠れ蓑でもありますが。

田舎かつ、前述したようなわりと厳格な家庭環境なので、ある程度自由にさせてもらっているとはいえ、安心してもらえる部分も必要かなと。

すでに友人が経営している学習塾でアルバイトをしていて、それもある程度の隠れ蓑にはなっているんですが。やっぱり堂々と絵を描き続けていく上では、もう少し「見せることのできる」活動も増やしていかなくてはマズイな~~~と。


具体的にどういったことをするかは、身バレに繋がるので書き記すことはできませんが

絵を描き続けることが出来るように、『健全』方面でも活動の範囲を広げていく予定ですという話です。


でもあくまで、やっぱりそっちはデザイン(問題解決)という要素が強くて

何かしらの目的のために描く、みたいな、同じ絵を描く行為でもデザイン的な要素が強くなるのではないかなと考えています。

でもそれに対して、エロとかBLとか普段描いている分野はやっぱり「自分から出た/吐き出す」感覚が強いので

作家としての活動をメインに据えることは変わらずにいくつもりです。


健全な活動も同じ名義でやればいいんじゃないですか?っていう話もあると思うんですけど、やりたいことが地元に近しい活動という極端すぎる感じなので

絶対に混ぜられない壁がそこにはある…。


一方で御子柴かきょうの活動としては、

作家としての活動も、配信者としての活動も、海外の方から評価をいただくことも多く、個人的にもそれは嬉しく思っています。


なので、御子柴かきょうとしてグローバルに活動を希望しつつ、

別名義ではめっちゃローカルに活動をするっていう…

両極端な感じですが、楽しんで取り組んでいけたらなと思っています。


3月中は、そちらの活動の準備等々もありまして

支援サイトでの更新が滞ってしまい申し訳ありませんでした。

4月からは作業時間の見直しを行って、絵に割く時間を増やしていけるように努力します。


ひとまず、自分の思い込みからも「自分の絵を守る」ということで

大学を卒業してからの今後の活動について、もう一段ステップアップできるようにやれることをやっていきたいと思います。



改めて、お話の作り方や絵について勉強中です。

楽しんでいただけるような作品づくりができるように頑張っていきますので

今後も応援していただけると嬉しいです。


 


なんかまだ書くべきことがあるかもしれないけど

ひとまず自分自身も落ち着いたので。この辺で。

いつもご支援いただき、ありがとうございます。

それではまた~~~

こないだ深夜の気づき



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